「寄稿」自殺対策の透明・公平な発展を願う 新法は寄与できるか(下) 竹島正

心理学的剖検に取り組んだ自殺予防総合対策センターでセンター長を務めた竹島正さん

 新学期を控え、子どもたちの自殺が懸念される。自殺対策については、新たな法律が6月に成立し、9月に施行される。新法によって何が変わるのか。自殺対策の前進は期待できるのか。長年、この問題に取り組んできた遺族の田中幸子さん、研究者の竹島正さんの考えを紹介する。(47NEWS編集部)  

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 2006年制定の自殺対策基本法に加えて、今年6月に「自殺対策の総合的かつ効果的な実施に資するための調査研究及びその成果の活用等に関する法律」(以下「新法」)が制定された。

 新法は、一般社団法人または一般財団法人を、全国一個に限って「指定調査研究等法人」(以下「指定法人」)に指定し、この法人が自殺対策の調査研究、情報発信、地方公共団体の援助、研修等に当たるとする。一部報道によれば、国立精神・神経医療研究センターにある「自殺総合対策推進センター」(JSSC)が独立し、国の指定を受けるという。

 国会の委員会の趣旨説明では、現状を「精神保健や研究の枠に活動が縛られがち」などとして、福祉、教育、労働などの関連分野と連動し、地域レベルの取り組みへの支援を推進する仕組みが必要だと結論付けた。これが立法事実(理由)ということになる。

 立法事実と処方箋(立法内容)を見る限り、自殺対策の中心組織(現状ではJSSC)が、国立精神・神経医療研究センターに置かれた状態では、活動が低調にならざるを得ないという認識が、新法の基本にある。

 筆者は06年10月から15年3月まで8年半にわたり、JSSCの前身である自殺予防総合対策センター(CSP)のセンター長を務めた。CSPも国立精神・神経医療研究センターにあった。

 本稿においては、当時のCSPの活動を紹介し、国立精神・神経医療研究センターにあることによって「精神保健や研究の枠に活動が縛られていたかどうか」を検証する。

 CSPは、自殺予防に向けての政府の総合的な対策を支援することを目的として設置された。その業務は「調査研究」「情報発信」「研修」「ネットワーク・民間支援」「政策提言」であった。(この枠組みは奇しくも、今回の指定法人の業務にほぼ一致しているうえに、調査研究等を行う者に助成を行うというCSPより強い権限が付与されていることを付記する)。

 以下、上述の業務の枠組みに沿って検証する。

 CSPにおける「調査研究」は①人口動態統計の分析により市区町村・二次医療圏別の自殺統計を公表した②「心理学的剖検」に取り組み、わが国における自殺の危険性を高める要因や男女別の自殺の特徴、中高年の自殺の背景にアルコールの問題があることなどを明らかにした③都道府県・市町村を対象にした自殺対策の取り組み状況調査を毎年行った―などである。ここに「心理学的剖検」とは、ご遺族から亡くなった方の生前のお話をうかがい、そこから将来の自殺予防や、ご遺族の支援のあり方を明らかにする調査手法である。

 「情報発信」については、ウエブサイト「いきる」を開設、14年のアクセス数は月間2万5千件を超えた。報道関係者と研究者・実務者の対話の場として、メディアカンファレンスも30回以上開催した。さらに、自殺対策ブックレットシリーズを9号まで刊行し、海外の重要な取組や情報を紹介した。

 「研修」としては「自殺総合対策企画研修」「精神科医療従事者自殺予防研修」など、毎年5コースくらいを設定し、14年までの8年間で3千人以上が受講した。

 「ネットワーク・民間支援」は大きく3つ。全国保健所長会、日本社会福祉士会、全国社会福祉協議会、日本司法書士会連合会、日本弁護士連合会、日本精神科病院協会、日本精神神経科診療所協会などの15以上の団体が参加する「自殺対策ネットワーク協議会」を開催。問題の共有と打開策や支援策を検討した。

 2つめは、学術団体、研究機関、地方公共団体、関係団体等の連携による「自殺予防コンソーシアム準備会」の発足である。自殺対策に関する科学的根拠の集約および情報発信を目指した。68の学術団体等が参加した。

 WHO(世界保健機関)との連携も進めた。14年9月の「世界自殺レポート」の刊行に協力し、15年5月には自殺予防におけるWHO協力センターとなった。

 「政策提言」では、2012年の自殺総合対策大綱見直しのときに、「自殺予防コンソーシアム準備会」の参加団体と協働して、提言をまとめた。また、15年3月には若年者の自殺対策のあり方に関する報告書を出している。

 残念ながら、これらの取組は、現在のJSSCのウエブサイトからは見ることができない。

 CSPのこのような経験からいうと、国立精神・神経医療研究センターにあっても、関連分野と連動し、地域レベルの取り組みへの支援を推進することは十分可能であった。

 当時も一部の政治家もしくは民間団体から「研究にしか関心がない」などの批判があったが、事実に反する。ネットワークをつくり、情報発信し、自殺対策の科学的根拠を収集することにおいて、組織の小ささにかかわらず貢献してきた(センター長、副センター長1人、室長2人、非常勤研究者4人、非常勤等の事務担当者4人、しかもセンター長と副センター長は国立精神・神経医療センターの他の部署と併任であった)。

 今、証拠に基づく政策立案(EBPM)の推進が求められている。EBPMとは、政策目的を明確にし、その目的のために本当に効果が上がる「政策の基本的な枠組み」を証拠に基づいて示す取り組みである。

 自殺対策のような多様な領域の関係する政策には、CSPにおける自殺予防コンソーシアム準備会をさらに発展させた幅広いネットワークが必要である。新法はその形成に寄与するだろうか。

 寄与するためには、新法による指定法人の運営が、自殺対策に関係する多くの組織・団体に透明・公平な、ネットワークの下支えとなることが求められる。

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 たけしま・ただし 川崎市精神保健福祉センター所長。1954年高知市生まれ。自治医大卒、1997年国立精神・神経センター精神保健研究所精神保健計画部長、2006~15年同研究所自殺予防総合対策センター長、15年全国精神保健福祉連絡協議会会長(現在まで)「寄稿」当事者の声聞かぬ自殺対策とは

「寄稿」当事者の声聞かぬ自殺対策とは 新法は寄与できるか(上) 田中幸子

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