「サッカーコラム」J1清水、最大の武器 それがドウグラス

川崎―清水 前半、オーバーヘッドでゴールを狙う清水・ドウグラス=等々力

 後半立ち上がりから試合を見た人は、次のように思ったのではないだろうか。ここまで一方的に押し込まれたら、どのようにして打開するのか予想もつかない。最終的に“黄色のチーム”は「座して死を待つ」より他はない―と。

 8月24日に行われたJ1第24節・川崎対清水は、両チームにとって重要な試合であることはもちろん変わりない。だが、清水にとっての方がより重要な一戦だった気がする。前節の札幌戦では、ホームにもかかわらず0―8の大敗を喫していたからだ。この失点数はチームワーストだという。

 訳が分からない間に、次々と失点して大敗する。このような場合、チームを立て直すのは容易ではない。守備ラインを組織する個々の選手の迷いや不安といったものは短期間ではなかなか拭い去るできないからだ。一人でも迷いを抱いた選手がいると、相手の攻撃に対する反応が遅くなる。当然、守備組織は機能しなくなる。結果、失点が止まらずJ2に降格したチームはいくらでもある。

 1―1で折り返した後半立ち上がりの4分、清水はペナルティーエリアの右から河井陽介がシュートを放った。だが、それ以降は清水にとって「耐える」時間が続いてしまう。なんと言っても、相手はリーグ屈指のポゼッション力を誇る川崎。攻撃の主導権を取り戻すと、清水をゴール前にくぎづけにする。

 押し込まれたチームが、守備一辺倒になる悪循環のパターンはこうだ。失点を防ぐために守備に人数をかけ、DFラインに中盤が吸収される。加えて、FWも自陣深く下がってしまう状態だ。これではせっかくボールを回収しても、前方にターゲットとなる味方がいない。相手選手のプレッシャーもあって、相手陣内に向けてボールを蹴り出しかない。とはいえ、これは“その場しのぎ”。ボールは再び相手に渡り、また守備に追いやられることになる。

 この日の清水はまさにそれだった。試合開始には4バックだった陣形が5バックになり、中盤の選手もペナルティーエリアの近くまで戻らされている。これでは、たとえボールを奪っても、川崎のゴールはあまりにも遠い。攻めに出ていくには、膨大なエネルギーを使うのだ。正直、ゴールの期待は限りなくゼロに近かった。

 ところが、サッカーくじの「toto」を的中させるのが困難なように、サッカーの試合がどういう展開になるかを予測するのは至難の業だ。多くの人が、この日の清水を見誤っただろう。三国志の諸葛孔明が残した言葉に由来する「座して死を待つ」というフレーズ。それは、武器をとって戦おうとせず、手をこまねいて滅んでいくという意味だ。しかし、清水にはすごい武器があったのを忘れていた。劣勢にあっても、ドウグラスを中心に一発でゴールを奪うという方法だ。

 そして、もう一人のブラジル人がチャンスを虎視眈々(こしたんたん)と狙っていた。具体的には、相手DFが縦パスを入れてくる瞬間。インターセプトと同時に残されたエネルギーを攻めに注ごうとしていたのが、ボランチのヘナトアウグストだった。後半20分、その狙いが結実する。ヘナトアウグストは川崎のCB谷口彰悟のパスを抜群の反応でボールを奪う。すぐさま、前方のドウグラスに預けると勢いそのままにゴールに向かってダッシュ。リターンパスを受けると、GK鄭成龍(チョン・ソンリョン)との1対1に持ち込み2―1となる勝ち越し点を決めた。

 「ドウグラス選手の素晴らしいパス。僕は決めるだけだった」

 ヘナトアウグストが絶賛したように、ドウグラスのスルーパスはほれぼれするものだった。ヘナトアウグストの左側に並走し自陣ゴール側に戻る谷口。その谷口の左側を通したパスは、右側から抜け出たヘナトアウグストにスピード、距離ともにピタリと合った。守る谷口からすれば、ボールを見れば相手は見えず、相手を見ればボールは見えない。守備側からすれば、これほど嫌らしいパスはない。

 それにしてもここまで頼りになる選手はいない。2015年に広島でリーグ2位の21点を挙げた左利きのストライカーは、昨年途中、3シーズンぶりに日本に復帰。15試合で11得点を決め、清水をJ2降格から救った。そして、この日の川崎戦でも1得点1アシスト。最終的に2―2と勝つことはならなかったが、王者・川崎の本拠で貴重な勝ち点を手にする立役者となった。

 状況によっては2試合連続で大崩れする可能性はあった。川崎戦でも前半の早い時間帯で失点してしまったからだ。ただ、そこで踏みとどまれたのは、1―1の同点に追いつけたことが大きい。前半30分、ドウグラスが左足で27メートルのFKを直接たたき込んだのだ。

 「いつもより少し距離があったけど、自信があった。自信があったから狙った」

 今シーズンもゴール数を10点の2桁に乗せながらも、笑顔を見せたのは自らの得点より、むしろチームのことだ。

 「残念ながら2―2になったけど、最終的にうまく守れてアウェーでの勝ち点1を得られた。結果的に良かったと思っている」

 順位を13位に上げたとはいえ、清水の苦しい状況に変わりはない。それでも、頼もしい存在がある。独力でもゴールを生み出せる最大の武器ドウグラス。一撃必殺の破壊力は、瞬時にして試合の流れを一変させる。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はロシア大会で7大会目。

© 一般社団法人共同通信社