臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(142)

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 その年は偶数の年で、房子は1934年以来、2年毎に定期的に妊娠している。7回目の妊娠だが、妊娠初期のため房子も正輝も確信はもてずにいた。
 日本の勝利を信じるアララクァーラの彼やその仲間ら勝ち組が大規模な祝賀会を行うことは大いに意味あることだった。
 ところが、ブラジルの反対側日本では同日、1月1日、移民たちが絶対に信じられないことが起っていた。1946年1月1日、裕仁天皇が「人間天皇」を宣言したのだ。

 「朕ト爾等国民トノ間ノ紐帯ハ始終相互信頼ト敬愛トニ依テ結バレ単ナル神話ト伝説トニ依リテ生ゼルモノニ非ズ。天皇ヲモッテ依テ現御神トシ、且日本国民ヲ依テ、他ノ民族ニ優起セル民族ニテ、延テ世界ヲ支配スベキ運命ヲ有スルノ架空ナル観念ニ基ズクモノニ非ズ」

 その勅書は「天皇の人間宣言」とよばれるもので、短い文ではあったが、天皇の神聖と日本帝国の不滅の念の上に立つ日本人の固い信念を揺るがすものだった。ブラジルの報道機関はこのことを伝えたが、ごくわずかの移民にしか伝わらなかった。が、そのことを知ったわずかな移民も日本帝国に対するいやがらせにすぎないと思った。
 1946年3月に臣道聯盟の支部に配布された情報書に根来良太郎幹部は次のように反論している。

 「1月1日に負け組同胞により報道された帝国の詔書と称するものはよく読み返してみると、まったくのデマで、わが国日本を侮辱する報道だ。許しがたい破潰分子による仕業だ。今本部ではこれらグループの本性を突き止めるため捜索を始めた。そのため、各支部において、会員の氏名、住所、出生地を調べ、結果を至急本部に連絡していただきたい」

 このような情報を流したものは国賊で、当然罰せられなければならないという理由で、臣道聯盟は裏切り者とみなされる者たちに脅迫状を送った。そのひとつには
「おまえたち二人は尊き主君、天皇の悪口を言った。したがって、我らはおまえたちを罰するために銃剣で襲う。犯した罪を後悔し、自決せよ。さもなくば、我らが殺す。だから、首を洗って、待っておけ」と書かれてあった。他の脅迫状には「日本とアメリカの戦争が済んで以来、おまえは天皇家に対し、無礼なことばかり言い、在住同胞を牢屋に送り、彼らを苦しめた。その行為は大罪に価する。我々は天皇家への忠誠心をつらぬき、また、獄中の苦しみの仕返しを誓う。大帝国、日本万歳!!! 日本の大勝利 万歳!!!」と書かれてあった。
 たしかに脅迫状ではあるが、幼稚な文でもある。(はじめの脅迫状にある「首を洗って、待っておけ」は切腹する勇気のない人間を斬首することだ)
 冷静に読めば愚かな表現ではある。しかし、これらの脅迫状をかわきりに非常事態が発生したのは厳然たる事実である。