天空は海のように

 高く、広い天空を大海原になぞらえている。万葉集巻七に〈天(あめ)の海に雲の波立ち月の船 星の林に漕(こ)ぎ隠る見ゆ〉という柿本人麻呂の一首がある。天上の海には雲の波が立ち、月の船が星の林に隠れ入るのが見える、と古人は詠んだ▲万葉の歌の情趣はまるっきり伴わないが、今まさに天が海になったように感じられる。九州北部を襲った記録的な大雨は、各地で著しい被害をもたらした▲天に水門があるとすれば、それが一気に開いたようでもある。県北を中心に猛烈な雨が降り、家屋の浸水や崖崩れがあった。3日前から避難を続ける人もいる。ご自宅の様子が気になって眠れないという▲お隣の佐賀県では、大町町の病院が冠水で孤立したり、鉄工所から油が流れ出たりと、ただならぬ事態になった。テレビのニュースで、命からがら避難したという年配の女性が手を合わせていた。「命をもらいました」と▲「九州北部豪雨」と聞けば、おととし夏の悲痛な雨を思い起こすが、現状を知るにつけ、名ばかりでなく被害のさまも二重写しになってくる▲きょう夕方にかけて、また激しく降る可能性があるという。情報を聞き漏らさずに備える、場合によっては素早く避難する。海原と化してやまない天の下で、私たちは過去と今とを重ね合わせ、教訓を生かすしかない。(徹)

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