台風の中でも京アニ犠牲者悼み続けた 京都の寺の1カ月

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事件犠牲者を悼むため清浄華院で営まれた法要

 京都市伏見区の「京都アニメーション」(京アニ)第1スタジオの放火殺人事件から40日余りが経過した。京都市上京区の浄土宗大本山・清浄華院は事件発生の1週間後から定期的に犠牲者を悼み法要を営んできた。僧侶の有志者による追善として、読経し続けた1カ月余りを追った。

 「僧侶として何かしなければと初七日に臨んだ」。8月28日の法要のあいさつで松田道観さん(37)は最初の法要を振り返った。仏教では7日ごとに四十九日まで法要を営む。「初七日だけでも」と同僚の僧侶職員に発案し、他の5人の職員が賛同した。

 清浄華院は平安時代の創建。1788(天明8)年の「天明の大火」や1864(元治元)年の「元治の大火」の際に犠牲者を悼む法要を執り行ってきた歴史がある。

 7月25日の初七日は正午から行われた。阿弥陀如来像を祭る大方丈に祭壇が組まれ「京都アニメーション火災物故者精霊」と書かれた水塔婆が立てられた。ツイッターで法要を告知したが参拝者はいなかった。

 以降の法要は「出勤前に参加できる人もいるだろう」と毎木曜日の午前8時開始を原則とした。二七日は8月1日午前8時から営まれた。他宗の僧侶ら5人が参拝した。

 三七日を終え、盆のさなかの15日が四七日。台風10号が接近し京都市内も強風が吹き荒れた。木造の大方丈は強い風が吹く度にきしんだ。僧侶にとって盆は檀家(だんか)参りがあり、一年で最も忙しい。僧侶たちは法要後、足早に自坊に戻った。

 翌16日。盆に迎えた故人の精霊はこの日の送り火で、あの世に帰るとされる。清浄華院では年間行事の一つ「盆施餓鬼・献灯供養法要」の日にあたる。境内に檀家たちが奉納した灯籠が並んだ。中には「清浄華院有志一同」による「京都アニメーション第一スタジオ火災物故者」と書かれた大型の灯籠もあった。

 事件発生から1カ月の18日は「初月忌」があった。会場は空調設備のない御影堂。僧侶や参拝者は汗を浮かべながら、法要に臨んだ。22日には五七日の法要が営まれた。

 毎年8月28日は境内の地蔵堂に安置されている「染殿地蔵尊」の大祭だ。より多くの人に参拝してもらおうと、六七日の法要は大祭に合わせて行った。御影堂の祭壇には犠牲者1人につき1枚の水塔婆が用意された。法要には11人の僧侶が参列した。いつもの法要とは違い大きな声の読経や念仏の声が堂内に響いた。

 終了後、松田さんがあいさつした。「今日は犠牲者の人数分の水塔婆を書きました。遺族が会見し35分の一じゃないとおっしゃってるのを見て、35人分用意して本当に良かった」。詰まりながら言葉を継いだ。

 翌29日にも六七日が営まれた。僧侶小林龍生さん(35)は次週の四十九日を見据えて言う。「仏教では四十九日が一つの区切り。京アニさんには一つの契機としてまた新しい作品を生み出してほしい」。清浄華院の四十九日法要は9月5日午前8時から営む予定だ。