情熱の所産

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 本紙を調べると、その言葉が初めて紙面に載ったのは12年前で、あまり目立つ記事ではなかった。がん研究に貢献した人に与えられる賞を人工多能性幹細胞(iPS細胞)を作った京都大の山中伸弥教授が受けた、とある▲さまざまな細胞になる能力を持つ「iPS細胞」の名が一気に広まったのは、言うまでもなく山中教授らが7年前、ノーベル医学生理学賞に決まったときからで、当時は「開発から6年のスピード受賞」と騒がれた▲ご当人はそれでも「急げ、もっと急げ」と気が休まらなかったらしい。授賞式の前後、「早く応用を実現したい」と語り、「ノーベル賞は過去形」とまで言い切っている▲研修医だった遠い昔、脊髄を損傷して苦しむ人に接し、治療法がないのがつらかったと、山中教授は著書で回想している。「急げ」の原動力となった体験だろう▲大阪大の研究チームが先ごろ、iPS細胞から作った角膜の組織を初めて患者に移植したと発表した。失明に近かった女性は今のところ、本が読めるほど良くなっているという▲角膜の細胞を厚さ0.05ミリのシート状にして移植したらしい。なにも山中教授に限らない。「1ミリの20分の1」というその膜は、奥歯を食いしばって「急げ」と再生医療に懸けてきた人々の、熱い心の所産でもあるのだろう。(徹)