智弁学園でも主将の坂下翔馬内野手、死球後も出場し大会初安打マーク
■日本 16-7 アメリカ(1日・機張)
韓国・機張(きじゃん)で開催中の「第29回 WBSC U-18ベースボールワールドカップ」(全試合テレビ朝日系列・BS朝日・AbemaTVで放送)。侍ジャパン高校日本代表はオープニングラウンド3日目で5連覇を目指す強豪・米国と対戦し、16-7で勝利した。大きな白星の裏には主将の坂下翔馬内野手(智弁学園)の意地と気迫があった。
右腕に見たことのない剛速球がぶち当たった。1-1の3回。打席で死球を受けた坂下は顔をしかめ、うずくまった。「大丈夫か!」。ベンチから心配する永田裕治監督の声が響く。次の瞬間、腕を抑えながら、一塁へ走っていった。激痛が走る。痛みを振り払うように何度も腕を上下させたが、消えるはずはない。
だが、ここで引き下がるわけにはいかない。心配するベンチをよそに「大丈夫です」「大丈夫です」と出場継続を訴えた。ガッツだけは誰にも負けない。そのあと、投手のヘルナンデスは3度も一塁へ牽制球を投げてきた。必死に歯を食いしばって、一塁に戻った。
主将の気迫に仲間が応えた。1番の森が繋ぎ、2番の武岡、4番の石川、6番の熊田にタイムリーが飛び出し、この回、一挙に5得点。坂下の死球が流れを呼び、始まった打者一巡の猛攻だった。
「こんなに打てない時期が続くのは初めてです…」
苦しいのは右腕の痛みだけではない。今夏の奈良大会では通算5本塁打と大会記録を更新するなど打率.682を誇った打撃が影を潜めた。甲子園での八戸学院光星との試合も全打席出塁した。しかし、木製バットへの対応が遅れ、初戦のスペイン戦、2戦目の南アフリカ戦はノーヒット。定位置だった打順も2番から8番に下がり、米国戦は9番だった。
「こんなに打てない時期が続くのは初めてです……」
1日1200スイングしてきた男に訪れた試練。スイング数だけでは解消されない大きな課題だった。南アフリカ戦後、永田監督は小針崇宏コーチ(作新学院)に「坂下のバッティングを見てやってくれ」と頼んだ。試合後、他の選手が引き上げる中、すぐにネットに向かってティー打撃が始まった。
「ボールに入るまでの動きはいいけど(打つ瞬間に)力が抜けてしまっていました。だから、もっとヘッドを走らせよう、という話をしていただきました。もっと使っていけば打てるから、と。練習でつかめたので、焦りがなくなりました」
木製バットはしっかりと芯に当てないとそう飛ばない。飛ばそうという意識が強くて、力を入れたからと言っても、飛ぶわけでもない。そのバランスが重要だ。坂下の輝きを取り戻そうと、コーチも必死だった。
三塁コーチャーズボックスから聞こえた声「坂下! 昨日を思い出せ!」
そして死球から2打席後の4回2死満塁。坂下が左打席に入ると、声が聞こえた。
「坂下! 昨日を思い出せ!」
視線を向けると、三塁コーチャーボックスの小針コーチが叫んでいた。緊張と不安が消えた。あとは信じてスイングするだけだった。
ボールをうまく払った坂下の打球は快音を残し、右前で弾んだ。待望の初安打は2点タイムリーに。8回も満塁から中前へ大きな2点適時打を放ち、2安打4打点の大活躍だった。
「チームに迷惑をかけてしまっていたので打ててよかったです」
感じたことのないプレッシャーから解き放たれた。これが国際大会の難しさでもある。坂下は主将としてチームをまとめ、グラウンド外でも目配り、気配りを絶やさない。試合後は声の出しすぎで、いつも枯れている。それでも、誰もこの男を迷惑だなんて思ってはいない。
宿敵・米国に打ち勝った。死球を受けた右手はテーピングでガチガチに固められていた。
「(米国投手の)球、速いっすよ。でも不思議と試合中は痛みが出てこなかったんですよね……」
痛みを忘れさせるほどの激闘だった。(楢崎豊 / Yutaka Narasaki)