広島市安佐北区の東部に位置する狩留家(かるが)地区。写真愛好家にも人気の「湯坂の棚田」を有し、夏には町の中央を流れる三篠川に蛍が飛び交う自然豊かな町だ。有志でNPO狩留家という団体を作り、積極的に町おこしも行なっている。そんな風光明媚な狩留家の街を、2018年7月6日、あの未曾有の豪雨が襲った。
狩留家は“町(まち)町内会、北部町内会、湯坂町内会、西町内会”の4つの集落からなる。
今回の豪雨で、狩留家だけで橋の流出7件、建物の全壊6軒、半壊3軒、床上浸水10軒、床下浸水多数という被害に見舞われた。
あれから1年以上の月日が経過したが、町内を走る芸備線の狩留家駅から中三田駅までの4.5キロ区間はJR西日本管轄内で今も唯一、不通が続いている。
NPO狩留家の理事長であり、狩留家地区社会福祉協議会会長も務める黒川章男さんに、1年が経過しての町の復興状況の取材をお願いしたところ、「実際現場を見てもらった方がいいから」と、特に被害の大きかった湯坂と北部の2つの集落を案内いただけることになった。
複雑な権利関係が復旧工事を阻む
まず訪れたのは一番被害の大きかった湯坂。対応してくださったのは湯坂町内会長の冨原政成さん。普段は町外に勤めている。仕事の休みを使って、町内の要望を取りまとめ、広島市役所と復旧工事について協議を重ねているという。
これらの写真は全て、取材の際に撮影した2019年8月現在の写真だ。
湯坂では、南東方向の谷間から流れてくる谷川の湯坂川沿いの被害が最も大きく、湯坂川に架けられていた小さな橋が5つ流された。1年たった今も全て崩壊したままだ。
橋を利用できないため資材を車で運ぶことができず、農機具を使えない、家の修理もできないなど不便を強いられている。
復旧工事が進まない背景には、川の管理は県、道路の管理は市、橋は私物という複雑な権利関係の問題がある。
復旧だけでなく今後同じレベルの災害が起きたときに最小の被害となるような防災対策工事も必要だと考えるが、個人負担でもいいから一刻も早く橋を直したいという意見も出ており、協議が続いているそうだ。
住民は町外にアパートを借りて避難しているが早期帰宅を望んでいるが、家を修理するためには川の護岸工事を完了させる必要がある。梅雨が終わってやっと護岸工事が始まったばかりだという。
毎年夏にはこの川に蛍が飛び交っていたというが、豪雨で蛍の幼虫の餌になるカワニナが全て流されたため今年の夏は蛍の姿は見られなかったそうだ。
町のシンボルも豪雨に流されて…
次に訪れたのは三篠川沿いの北部。こちらは北部町内会会長藤永敏雄さんに案内いただいた。
藤永さんが立つのは三篠川に架けられた青いつり橋があった場所。今回の豪雨で崩落してしまった。
写真左は、まさに7月7日に崩落した時に撮影された写真だ。(画像提供:狩留家地区社会福祉協議会)
狩留家の名所の一つであり、地元の人に愛されていた橋だったが、今のところ、再建の予定はないという。
「夏になると子どもたちが集まってここから飛び込んだりして川遊びをする姿が見られたけど、それももう見られんね」
つり橋の上流では護岸が複数箇所崩落し、JR芸備線の三田鉄橋が崩落した。2つの橋桁がなぎ倒され、それにより計画水位を大きく上回るほど水かさが増し、越水した箇所もあったようだ。
今回の豪雨でJR西日本管内では14路線が被災したが、順次復旧工事が進む中で唯一不通が続いているのがこの三田鉄橋が崩落した区間(狩留家―中三田)だ。
やっと橋台や橋脚の工事が進み、10月下旬には運行再開できる見通しだという。
急がれる危険箇所の対応
続いて訪れたのは、白木山にある林道。その途中の道沿いの斜面がごっそり崩れ落ちたが、未だに手付かずの状態。電信柱もなぎ倒されたままだ。
この崖崩れがあった場所のすぐ下に、採石場がある。もしそこに土砂が流れ込んでいたら採石場に積まれている石や砂までもが下の町に流れて大きな被害になっていた可能性がある。
「今回は無事だったけれど、次にもし同等の豪雨が降ったらどうなるかわからない」と藤永さん。
一刻も早く防御措置を考えてくれとお願いしているというが、1年以上たった今も進展はないそうだ。
「それでも町は元気だ」と発信したい
最後に黒川さんが連れて行ってくれたのは、水車小屋。
狩留家はかつて三篠川の舟運(米などの集積地)や油絞り業によって大変栄えていたという歴史があり、NPO狩留家が町おこしの一環として、2014年に湯坂峠の近くに油絞りの水車を復元したのだそう。
その水車小屋を前に、黒川さんが現在の想いを聞かせてくれた。
「災害から1年が経過した今も、ご覧の通り問題は山積している。そういう状況も伝えてほしいけれど、私たちは長い年月をかけて狩留家という町のよさ、素晴らしさを伝える活動に取り組んできた。「狩留家はいい所だ」という情報もぜひ、合わせて伝えてほしい」
今回の災害を乗り越え、元気を取り戻しつつある狩留家を背負って立つ黒川さんの気概を感じた。
いまできること取材班
写真・文 イソナガアキコ