麥田俊一の偏愛的モード私観 第8話「アキヒデ ナカチ」

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左:2018-19秋冬コレクション PHOTO:Nanako Koyama 右:2019-20秋冬コレクション PHOTO:Hinata Ishizawa

 劈頭第一に風変わりな見立て。これには驚いた。「2人で着られる服」を標榜するブランドデビュー(2018-19年秋冬)は、作り手固有の思索に根差したものだった。流行と不即不離にあるのがファッションの常。但し表層を追い求めると本質を見失うことがある。表層は屡々蛇行するものだが、底流は蛇行するものではない、とまぁ、こんな四角張った論を展開するつもりは毛頭ない。況して売れるの売れないのジャッジは、(私ではなく)並み居るジャーナリスト諸氏の領分。リーマン稼業をよしてからこっち、そうした眼は端よりモテない性分だから、面白いか面白くないかの、唯その目線の純粋なるを恃みとする禿びた筆。所詮ファッションもエンターテインメントと、良い意味での開き直りが禿筆の拠り所と云う次第。ファッションのデザインは、流行をなぞってみたり、奇抜だけを狙ってみたりと、いくら道具立てが素晴らしくたってダメな場合もあって、エンターテインメントとして完全に割り切っている分、少なくともデザインとして洗練されてくることがあり得る。このあたりの覚悟があるや否や。甚だ以て面白い服には、作り手の覚悟が透いて見えてくるのだから愉快。

 今回の主役は「アキヒデ ナカチ」の名嘉地明秀。「you are(were) here」と冠したデビューは新鮮だった。新人にありがちな稚拙さは、これからの経験で補うことが出来るから、粗探しは扨措くとして、なによりも思索的な服作りに、作り手の個性がキッチリ見てとれて期待が持てる。面白い。デビューのテーマは「他者と分かち合う服」と換言出来る。即ち「2人で着られる服」と。2人のモデルが抱き合うように着るドレス。1着を2人が共有する設計である。勿論、1人で着ることも出来る。その時は、余った服地がドレープになるよう按配されている。たとえば、パリ・コレクションに於いては、2着の服の左右の袖が繋がっていたり、身頃の一部が結合しているドレスなど、「異形」を以て漫然としたデザインを挑発するチャレンジングな提言はこれまでもあったから、名嘉地の形が一等新しいかと云うとそうではない。では、何故に惹かれるのかと云うと、この形に唖然としながら、その唖然が快感なのだ。彼の言葉は極めて普通なのだけれど、その言葉に包まれた内容の普通が、やはり稀有の普通なのである。まさに「けぶ」と云ったところ。

 名嘉地は1990年兵庫県生まれ。徳島大学総合科学部人間文化学科にて心理学を専攻した後、文化服装学院で服作りを学びながら、2つのコレクションブランドでインターンを経験。卒業後は他のブランドでパタンナーのアシスタントと販売職を経験。2018-19年秋冬シーズンよりウィメンズブランドを開始。来歴の通りのフレッシュなブランドである。

 上述した「他者と分かち合う服」と云うところの「他者」とは、この場合、服を着る「自分」にとって親密な「誰か」を指す。つまり「抱擁」の形を、コートやドレス、シャツのデザインに落とし込んでいる。一枚の服に仕込まれた、このインティメートな空間は、たとえば、男女の恋愛感情とか、家族愛とか、広義では人間愛の表象とも云えそうだ。そもそも抱擁の形は、抱き合う2人の距離が極めて近く、殆ど隙間がない。こうした、親しい者同士が触れ合う状況にあって、屡々我々の体内には「オキシトシン(脳下垂体後葉ホルモンの一種)が分泌される」と名嘉地は云う。オキシトシンは、親密な関係にある者同士とか、家族のスキンシップに深く関わるホルモンの一つ。分泌されると、優しい気持ちになり、幸せな気分になれる愛情ホルモン。名嘉地は、こうした生理学的な現象に積極的にも眼を向けている。大学で心理学を学んだ彼ならではの目配りだ。

「you are(were) here」と云う題名も含蓄がある。抱擁がもたらす満ち足りた気持ちは上述の通りだが、少しく想像を飛躍させるなら…「were」は、いざ独りになった時の喪失感や悲しい気分、つまり、独りになった後の「虚ろ」の暗示…ともなろう。その伝で云えば、純白のシャツとかピンクのフリルが、俄然メランコリックな心情を掻き乱す道具立てに豹変する。まぁ、このあたりは作り手の真意ではないかも知れないし、「自由な解釈があっても良いと思っています。実際、様々な反響を頂いて嬉しかった」と名嘉地も語っている。けして過剰には語らない。単に云い切らないと云うのではなくして、そこに見る者が埋めざるを得ない余白を設えている。一方、見る者は知らず知らずのうちにその術中に嵌り、楽しみながら余白を埋める仕儀になる。この駆け引きは巧みで、新人らしからぬ独特の冴えがあり、一口に云ってしまえば、一種の間の良さ。

 この「2人で着る」のプロットは、初々しい形は勿論だが、個性を形成する自己としての「存在自身」と「自分と他者」の関係性に加えられた深い考察が、既視感を凌駕していたし、直近のコレクション(2019-20年秋冬)の主題「reach out」にも通底している。以下、名嘉地の言葉を引用しておく。

「人は服を着る以上、誰かと対面する際には、双方の間に必ず布(服)が存在します。この布を、人と人を分け隔てる『壁』と捉えてみました。そこから派生して、服を『ダム』に喩えたイメージが生まれました。人工のダムには、治水や利水の役割があり、水量を調節することで私たちの生活を保ってくれる存在です。服も同様に、人に与える印象を調整することで、人間関係を円滑にし、自身の精神をも安定させることが可能。でも、これは同時に、本当の自分を隠すことにもなりかねない。服と云う壁を超えた向こう側にある、相手の核心に触れるために『手を伸ばす』所作を主題に重ねています。本心を隠し、他者に同調することで保たれる環境や生活。核心に触れないことで維持される人間関係。そして、表面的な笑顔の裏にある各々が抱えたそれぞれの苦悩。そこから、壁や境界、内と外、ダムなどの手掛かりとなる言葉を抽出し、服地、形、色柄、細部のデザインに落とし込んでいます。これは人間観察を通して生まれた主題であり、後付けではない、私自身が今思うことでもあるのです」(麥田俊一、ファッションジャーナリスト)