以前 BOØWY デビューライブの話を書いたが、その数年後、私と BOØWY の間には再び奇妙な縁が生じる。
1984年、九州の親戚娘が猛勉強し、無事に大学に合格した。合格祝いに原宿にでも連れて行きブランド服とバックでも買ってあげるつもりだったのだが、満面の笑みで「ここに連れて行って欲しい!」と見せられたのは中央線阿佐ヶ谷駅のカフェバーの地図。
「ここに行きたいの? いいよ」
生まれが高円寺の私は阿佐ヶ谷の地図を見て、一目である程度場所が分かった。
「やったー! 合格したら絶対ここに行くって決めて勉強した甲斐があった!」
高揚した彼女曰く、
「BOØWY って知ってる? そのバンドの人がやっているバーなの!メンバーがいたらどうしょう!」との事。
例の先輩(高校中退スナック勤務のレディース隊長)の顔がすぐさま蘇った。先輩と鉢合わせしたらどうしよう!
一抹の不安があるがお祝い事だし、意を決して姪とその友人とで阿佐ヶ谷に向かう。阿佐ヶ谷駅からすぐの商店街、雑居ビルの中にある “mint” と書かれた店のドアを開けた。
カウンターだけの細長い店。カフェバーというよりスナックな内装―― 客は誰もいない。店内は間接照明で BOØWY のポスターやフライヤーが貼ってある。
カウンターから「いらっしゃい!」と声をかけてきたのはベースの松井(恒松)さん。
私は姪たちを紹介し席に座り、私以外は未成年なので、ソフトドリンクをオーダー。松井さんは「毎日店開けて掃除や接客は俺しか無理だから、俺が店長をやる事になった」と名刺を差し出した。
「氷室さんや布袋さんは? いつ来たら会えますか?」と聞くと、「まず来ないよ」とあっさり即答。
落胆する姪たち。
雰囲気を変えるために私は食事をオーダーする事にした。松井さんに「おすすめは何ですか?」と聞くと「オムレツ」とまた即答。
カフェバーでオムレツ?
「じゃあ、3つ」と頼むと、「3つ作るから少し時間かかるよ」とオムレツを作り出した。一心不乱、かなり集中した様子でカウンター越しにも緊張感が伝わってくる。
店内には小さな音で「INSTANT LOVE」がかかっている。姪たちはリズムを取りながら待ち続け、気が付けばグラスは空だ。
しかし、間違っても「オレンジジュースお代わり」とは言い出せない空気。そして、ようやくオムレツ3つが湯気を上げて出来上がった。
松井さんの額にはうっすら汗。
綺麗に成形されたオムレツは中身トロトロ、「美味しい!」と言ったら、「卵料理は火力と手際勝負」とこの日始めて松井さんが満面の笑みを見せた。丁寧で真面目なリズム隊のこだわりはこういう所に現れる。
程無くして “mint” は残念ながら閉店するが、あの日の美味しいオムレツと「INSTANT LOVE」は今でも阿佐ヶ谷を通る度に思い出す。
※2018年5月12日に掲載された記事をアップデート
カタリベ: ロニー田中