長崎の痕

 顔に深いしわが刻まれた男性は、柔らかな笑みを浮かべている。これという表情をつくるでもなく、白髪の女性が娘さんと2人、こちらを見ている。何かを訴えるように一点を凝視する高齢の男性がいる。71点の写真にある、一つ一つの顔に見入る▲写真家、大石芳野さん(東京)の本紙創刊130周年記念展「長崎の痕(きずあと)」が、長崎新聞文化ホール・アストピアで17日まで開かれている。1997年から長崎で被爆者を撮り続け、写真集を今春、出版した。その中から大石さんが選んだ写真をパネル展示している▲「それでも、ほほ笑みを湛(たた)えて、生きる。」と、写真展には副題がある。笑顔ばかりではないが、笑い顔の印象的な写真も多い▲被爆者やその家族を撮り、話を聞くのに、半日ということもあれば、何日かを要する場合もある。その間に一人一人、浮かべる表情は数限りなくあって、その人をよく表していると思う写真を選んだという▲写真には短い文が添えられ、被爆当時のことや、その後の人生を説明している。笑顔の写真もそうで、どんな表情の奥にもあの時の記憶があり、想像に余る悲しみ、苦しみがあることに思い至る▲撮り始めてから22年、もう亡くなった方の写真もある。一瞬の表情を切り取った一枚一枚に歳月が積もっている。(徹)

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