藤田菜七子フィーバーに沸く日本競馬界、 NZの56倍“男女格差”は改善される?

2019年2月、日本の競馬の歴史に新たな1ページが加わった。藤田菜七子騎手が、日本中央競馬会(JRA)所属の女性騎手として初めてG1レースでの騎乗を果たしたのだ。歴史上、女性騎手は存在していたものの、長らく「圧倒的男性社会」だった日本競馬界は藤田の活躍によって変わるのか? 世界の女性騎手事情は? 日本と世界の女性騎手事情を掘り下げる。

(文=岡田大、写真=Getty Images)

実力に裏付けられた“菜七子フィーバー”

今、JRAが主催する中央競馬でファンの期待を一身に背負っている一人の騎手がいる。藤田菜七子、キャリア4年目の21歳。JRAに所属する約140人の騎手のなかで、唯一の女性である。

JRAの競馬学校(騎手養成所)の生え抜きとして、16年ぶりに誕生した女性騎手という話題性の高さとキュートなルックスが相まって、2016年3月のデビュー前から大注目の存在に。藤田がレースに出場する競馬場にファンが押し寄せて声援を送り、騎乗する馬の馬券が実績・能力以上に売れる“菜七子フィーバー”が巻き起こった。

もし、実力がまったく伴わず、成績も伸びない状況が続いたとしたらファンの熱はほどなくして冷めただろうが、藤田は違った。過度のプレッシャーがかかるなか、それに押しつぶされずに順調に勝ち星を重ね、JRA女性騎手の年間最多勝、通算最多勝、最高峰クラスのG1レース初騎乗など、数々の記録を打ち立てていったのだ。

デビュー当初ほどの熱狂的な盛り上がりはないものの、今なお現在進行形で“菜七子フィーバー”は続いている。

日本には中央競馬以外にも、地方自治体が主催する地方競馬が存在し、目立った活躍を見せた、あるいは見せている女性騎手もいるにはいるのだが、地方競馬はプロ野球でいうところのマイナーリーグ的な立場ゆえに、世間の注目度は低い。

日本の女性騎手と言えば藤田菜七子―――それが競馬ファンの共通認識である。

かつてJRAに所属していた6人の女性騎手が期待以上の成績を残せなかっただけに、多くのファンや関係者が、藤田に輝かしい未来が訪れることを願っている。そしてその思いに応えるべく、彼女はこの先、数多くの“史上初”を成し遂げていくことだろう。

ニュージーランドでは4割が女性? 驚くべき実績を誇る海外女性騎手事情

しかしながら、海外に目を向けると、藤田の活躍は「まだまだ」と言わざるを得ない。男社会と揶揄される競馬の世界で長らく女性の進出が阻まれてきた歴史を持ち、男尊女卑の風潮が昨今まで根強く残っていた日本と諸外国とでは、状況がまったく異なる。こと欧米諸国においては日本よりも早くから女性に活躍の場が用意され、騎手のみならず、調教師や裏方スタッフに至るまで、女性が競馬に携わる職業に就くことはごく一般的になっているのだ(ちなみに、JRAに所属する女性調教師は一人もいない)。

トップレベルで男性騎手と対等に渡り合っている女性騎手も枚挙にいとまがない。

代表格はアメリカのジュリー・クローン。93年のベルモントステークスをはじめ、いくつものG1レースに勝利し、81年の騎手デビューから引退する04年までに3704勝を挙げた。その実績が評価され、00年には女性騎手として初めて同国の競馬殿堂入りを果たしている。「史上最高の女性ジョッキー」と評される、紛れもないレジェンドだ。

イギリスのヘイリー・ターナー(15年に一度引退するも17年にフランスを拠点に現役復帰)も、世界的に有名な女性騎手の一人。08年にイギリスの女性騎手初となる年間100勝を達成、11年にはG1レースを年間2勝するなど、常に第一線で存在感を放っている。

これ以外にも、カナダ、オーストラリアなどでも女性騎手がG1レースを制しているほか、17年1月には「孫が18人、ひ孫も4人いる62歳の現役女性騎手が勝利」という衝撃のニュースがアメリカから届いた。女性騎手を取り巻く環境が、日本と諸外国とでは別物であることをご理解いただけるだろう。

極めつきはニュージーランドで、同国では78年より女性騎手がレースで騎乗するようになり、19年現在、騎手全体のなんと約4割を女性が占めるに至っている。JRAは140人に1人。これに対し、ニュージーランドは5人に2人。もはや“別世界”と表現しても言い過ぎではない。女性騎手は完全に市民権を獲得したのだ。

また、ただ単に人数が多いだけでなく、男性騎手を上回る成績を残す女性騎手が当たり前のように存在するところも特筆すべき点。先に挙げたアメリカのジュリー・クローンやイギリスのヘイリー・ターナーは自国のリーディングジョッキー(年間の勝利数や獲得賞金額などのランキングがナンバーワンのチャンピオン騎手)の称号を手にしたことはないが、ニュージーランドではリーディングジョッキーに輝いた女性騎手が2人(延べ5回)も誕生しているのだ。

04-05年シーズン(南半球の多くの国は年度をまたいでワンシーズンを構成)、05-06年シーズン、06-07年シーズンと、3年連続その座に就いたリサ・クロップ。11-12年シーズン、15-16年シーズンと2度にわたってリーディングのタイトルを獲得し、今シーズンも首位争いを演じているリサ・オールプレス。両者ともに来日して日本の競馬で勝利した経験があり、後者は同国女性騎手初の通算1000勝をマークし、藤田が「憧れの存在」としてその名前を挙げるなど、同業者からも別格視されている。

JRAにおける「男女格差」は改善されるのか?

このように、同じ女性騎手でも、国によって立場や扱いに大きな隔たりがある。残念ながら日本は、女性騎手を育む土壌という点においては欧米諸国に比べ、著しく後れをとっていると言わざるを得ない。

ただし、藤田の登場と活躍により、女性騎手に対する見方は少しずつ変わってきた。さすがにニュージーランドのような状況が訪れることはないだろうが、ジェンダー平等が叫ばれる時代の後押しもあり、女性騎手をめぐる日本の競馬界の環境は明らかに改善されつつある。

いちばんの追い風になったのは、19年3月より中央競馬のレース騎乗時の負担重量(騎手自身の体重、馬具、重りなどの合計のキロ数)に関するルールが変更されたことだ。それまでは男女一律だったのだが、重賞レースなどの一部の上級クラスのレースを除き、女性騎手には男性騎手よりも永続的に2キロ減量(体重や重りで調整)される特典が与えられた。

サラブレッドは背に乗る人間の重さの違いに敏感な動物で、競馬格言では俗に「1キロ1馬身」と言われる。これは、同じ能力の馬に同じ実力の騎手が跨ったら、トラックを1周回ると1キロ軽いほうが1馬身先着するという考えを示すもの。馬にとっても騎手にとっても、この2キロ差は非常に大きいのだ。

事実、藤田の成績にもプラスの影響が出始めている。ルール変更前の18年1月~19年2月と、変更後の19年3月以降(5月12日まで)の成績を比較したデータをご覧いただこう(新ルールの減量特典が与えられない上級クラスのレースを除く)。

【変更前】勝率4.7% 複勝率12.4% 1日の平均騎乗数5.16 平均人気7.9 平均着順9.5

【変更後】勝率6.2% 複勝率20.0% 1日の平均騎乗数6.30 平均人気6.1 平均着順7.9

※複勝率……馬券の対象となる3着以内入着率

一目瞭然、騎乗依頼の数が増え、騎乗馬の質が上がり(強い馬ほど上位人気になり、平均人気の数値は下がる)、上位に好走する確率が上がったのだ。藤田の技術が磨かれ、それにともない関係者からの信頼度もアップし、ルール変更の追い風を受けてさらに成績を伸ばしていくという、この上ない好循環。今後の藤田の活躍いかんによっては、騎手に憧れる小中学生女子が増え、女性騎手が珍しい存在ではなくなる時代が訪れるかもしれない。

果たして、日本の競馬は変わっていくのか?

日本人女性騎手がG1レースを勝つという歴史的偉業が達成される瞬間を、早くこの目で見てみたいものである。

<了>

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