渋野日向子の“笑顔”を奪うな! 繰り返される無責任なフィーバーへの危惧

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日本人女子選手として42年ぶりのメジャー制覇。プロ2年目のプロゴルファー、渋野日向子選手の全英女子オープン制覇という偉業は、世界的にも「シンデレラ・ストーリー」として大々的に報じられた。
凱旋試合となった北海道meijiカップ、先週行われたNEC軽井沢72ゴルフトーナメントの2試合には多くのギャラリー、メディアが詰めかけることになった。渋野選手の強さの源でもある “シンデレラ・スマイル”を、メディアやファンが曇らせるようなことがあってはならない。

(文=大塚一樹、写真=GettyImages)

渋野の強さを支える「大叩きのあとのバーディー」

激戦となった全英女子オープンを制覇したのは、プロ2年目の日本人選手だった。日本女子ゴルフ界では、1998年4月から99年3月までに生まれた選手が“黄金世代”として以前から注目されていた。渋野選手もこの世代だが、アメリカツアーですでに3勝を挙げ、国内でも3勝している畑岡奈紗選手、国内4勝の勝みなみ選手らに比べると、渋野選手個人への期待と注目はそれほど高くなかった。

2018年、2回目のプロテストに合格した渋野選手は、ワールドレディスチャンピオンシップサロンパスカップ、資生堂アネッサレディスオープンを制し、AIG全英女子オープンに挑戦。全英では、終始安定したゴルフ見せ、1977年に全米女子プロを制した樋口久子さん以来、2人目のメジャー優勝を成し遂げた。

ゴルフ関係者、ファン以外にしてみれば、ほとんどノーマークの状態から一躍世界一に上り詰めた印象のある渋野選手だが、今季のLPGAツアーのデータを見ると、全英での活躍は持ち味を発揮した結果であり、フロックではないことが窺い知れる。

まず目を引くのが、ボギーかそれより悪いスコアを叩いた直後のホールの挽回率の高さだ。

【(ボギーかそれより悪いスコアとしたホールの直後のホールで、バーディーかそれより良いスコアを獲得した総ホール数÷ボギーかそれより悪いスコアとした総ホール数)×100】

この数式で示されるバウンスバック率は、27.4510で1位。2位はプロテスト合格同期で、こちらも今季ツアー優勝を果たしている河本結選手の23.1638、3位は23.1250のイ・ボミ選手。この数字は渡英前から1位をキープしていたので、渋野選手が大叩きの後バーディーが取れるゴルファーであることを証明している。

全英を制したリカバリー力と“笑顔”の真価

ゴルフは「メンタルのスポーツ」とも言われ、うまくいかなかったときのリカバリーをいかに行うか、気持ちの切り替えをするのかが勝敗を大きく左右する。

ソフトボール、軟式野球など渋野選手の少女時代のスポーツ遍歴が身体面、技術面の基礎をつくったという逸話も多く報道されたが、やはり渋野選手と言えば、人々を惹きつける“シンデレラ・スマイル”だろう。

笑顔でプレーする彼女を見ていると悪い気持ちがしないのは当たり前のことだが、あの笑顔は、プレー面でも大きな役割を果たしている。

全英女子オープンの最終日、3番ホール。渋野選手は4パットのダブルボギーを叩いてしまう。朝方の中継を見ていた人は、「あのとき寝なくて良かった」と心から思っているだろうが、外野が「ここまでか」と思うような状況でも、「悔しいを通り越して笑けてきた」と、落ち込むことなく、切り替えるどころかミスを糧にして次のホールに向かった。

そして、運命の18番ホール。バーディーを取ればメジャータイトルというシチュエーションでも、渋野選手から笑顔が消えることはなかった。

「追い込まれやすい」と言われる日本人アスリートの基準ではない。メンタルトレーニングを当たり前に取り入れている歴戦の強者でも日々のトレーニングを忘れて顔が引きつり、手が震えるような場面で、渋野選手は笑顔でキャディと会話を交わしていた。その様は何人ものチャンピオン、歴史の誕生を見てきた全英のギャラリーや実況、解説者の度肝を抜いた。

彼女の強さを心理面から読み解けば、やはり笑顔は重要な要因だ。笑顔そのものというより、失敗を引きずらない、さらにはミスを次の良い結果に変える思考が笑顔に象徴されていると言っていい。

浅田真央の豪快なジャンプを支えた「ノーミスする」という思考

コロンビア大学の心理学者、トーリー・ヒギンズによると、人間の思考は「失敗回避型」と「成功志向型」に二分されるという。失敗回避型の思考では、物事に夢中になったり、楽観視することを避けたり、リスクを冒すこと、ミスを犯すことを極端に回避しようとする傾向にあるという。一方、成功志向型は成功のためにはリスクを厭わず、果敢にチャレンジすることができる。

渋野選手はもちろん成功志向型。

失敗回避型と成功志向型をわかりやすく説明すると、失敗回避型は「○○しないためにどうするか?」を考え、成功志向型は「○○するためにはどうするか?」を考える。渋野選手の笑顔は、本来落ち込みやすい性格を矯正するために両親やコーチから意識するように指導された、いわば“養殖”の笑顔だと言われている。

落ち込みやすいから「落ち込んではいけない」「くよくよしない」「引きずらない」と否定形の対策を取るのではなく、「笑う」というアクションを取ったことで、成功志向型の思考が育まれた可能性が高い。

日本のスポーツ現場では、欠点を指摘して、それを修正する指導が実に多い。結果として、選手たちはミスを恐れ、「~しない」ためにプレーをするようになり、失敗回避型の思考の罠に陥っていく。

では、成功志向型の渋野選手は安泰か? 実はこの失敗回避型と成功志向型、二種類のまったく別タイプの思考をする人がいるわけではない。局面によって、同じ人があるときは失敗回避型になったり、成功志向型になったりするのだ。

失敗回避型と成功志向型がよくわかる例がある。男女ともに有望選手を次々に生んでいるフィギュアスケートでの例だ。

トリプルアクセルを武器にジュニア時代から世界を席巻した浅田真央さんは、かつて試合後のコメントで「ノーミスして」というフレーズを多用していた。「ミスをしないこと」がノーミスだから、日本語的にはおかしいのだが、浅田さんにとって「ノーミス」は「する」ものだったのだ。

しかし、国民の期待を一身に浴び、GPシリーズや世界選手権、オリンピックを戦ううちに、浅田さんから「ノーミスをする」というフレーズは聞かれなくなった。誰かが日本語の誤りを指摘したのかもしれないが、「ノーミスをする」は、いつしか「ミスをしない」に置き換わり、同時に言葉の上では、成功志向型から失敗回避型に変わっていった。ちなみにこれは後輩スケーターたちにも共通して見られる、“成長”の通過儀礼になった。

もちろん、その後もバンクーバーオリンピック銀メダル、世界選手権三度制覇を果たした浅田さんのパフォーマンスが落ちたと断じるのは失礼だろう。

だが、たとえジャンプのミスがあっても「次の演技でノーミスするために」と上気した顔で語っていたはずの浅田さんが「ミスをしないように」と厳しい表情で語るようになった姿に悲壮感を感じた人は少なくないはずだ。

フィーバーに浮かれるだけでいい? 渋野の笑顔を奪うもの

渋野選手の全英制覇の朗報から、日本では“シブコ・フィーバー”が炸裂している。快挙の報が繰り返し報道され、凱旋試合に注目が集まるのはなかば宿命のようなものだし、プロである以上、結果で注目されることはある意味健全なことだ。しかし、報道の過熱は20歳のアスリートを追い込む可能性もある。

競技周辺情報が出尽くしたら、取材は次第に脇道へと逸れ、プライベートを浸食していく。これは杞憂などではなく、先週のNEC軽井沢72ゴルフトーナメントを終え休養に入る渋野の帰郷に際し、マネージメント会社が取材への配慮を求めるコメントを発表する事態が起きている。

「すでに多くの報道関係の方々が、ご家族、ご親戚、ご近所の方々への取材等で、現地まで足を運ばれていらっしゃると聞いています。渋野プロ本人は、全英オープン終了後も休まずトーナメントに出場し、心身ともにかなり疲弊している状況です。また、ご家族もこれまでと状況が一変し困惑しており、何よりもご近所の方々にご迷惑をかけることに関して、とても心配をしております。皆様のご希望もあるとは思いますが、現地での直接の訪問、電話などの取材については、お控えいただきますようお願い申し上げます」

この「お願い」が果たしてどこまで通じるか。視聴者・読者が求めるニューヒロインの新情報、最新動向、知られざるエピソードを届けることは公共性があり、「知る権利」なのだと考えているマスメディア関係者は多い。

全英優勝の熱が冷めてくれば、次の優勝に興味が集中する。現時点での渋野選手の強さは疑いようがないが、仮に周囲が期待する結果が出なかったとき、果たして彼女の最大の武器である笑顔が曇ってしまうことはないのか。

無邪気で無責任な“フィーバー”が選手に必要以上のプレッシャーを掛けた事例は枚挙に暇がない。ゴルフ界でも、日米24勝、メジャータイトルになる前のエビアン選手権(2013年からANAインスピレーション、女子PGA選手権、全米女子オープン、全英女子オープンと並んで、女子ゴルフのメジャー選手権に)を二度制覇している宮里藍さんの例がある。女子プロゴルフ選手のメディアやファンに対する“神対応”の元祖とも言える宮里さんは、フィーバーにも笑顔で真摯に応えていたが、そのプレッシャーで調子を崩した時期も当然あった。

すでに十分な実績を引っ提げて参戦したアメリカツアー参戦2シーズン目、宮里さんはドライバーが打てないほどの深刻なイップスに悩まされた。これは初の高校生女子ゴルファーとして脚光を浴び、“黄金世代”にも大きな影響を与えた“藍ちゃんフィーバー”が数年続いた後の出来事だった。その後見事復活を遂げ、世界ランキング1位の偉業を成し遂げることになるが、キャリア終盤にもパットのイップスを経験している。

男子選手でも、ツアー最年少優勝、最年少賞金記録保持者の石川遼選手が“ハニカミ王子フィーバー”を経て、先日の日本プロ選手権で3年ぶりの優勝を果たしたが、勝てない時期の周囲の目は冷ややかだった。

ノープレッシャー状態から突如現れ、その笑顔で多くの人を魅了した渋野選手は、ここまでのところ過剰とも言える報道合戦に持ち前の明るさでうまく受け答えをしているように見える。しかし、20歳、プロ2年目の彼女のキャリアはまだ始まったばかり。彼女から笑顔を奪うものがあるとすれば、間違いなくそれは過剰な報道、過度な期待、そして必要以上に「知りたがる」人たちの横やりだろう。

<了>