【世界から】NZ 「メガ・ストライキ」で勝ち取ったものとは

ニュージーランド国内の47カ所で開かれた「メガ・ストライキ」の様子(C)NZPPTA

 今年5月29日、ニュージーランドで同国史上最大規模の「メガ・ストライキ」が行われた。小学校から高校まで全公立校に勤務する5万人以上の教師が、政府に現在の教育システムの改善を求めて立ち上がったのだ。

 ストライキ当日は当然、授業はなくなる。結果、全国で「休み」となった生徒の数は70万人以上にもなった。言うまでもなく、最も影響を受けたのが子どものいる家庭。大きな混乱が起こった。

▼子どもをどうする?

 実は、教師によるストライキは昨年8月から散発的に行われていた。「メガ・ストライキ」もその一環だった。彼らが求めていたのは、「1クラス当たりの生徒数の削減」や「特別な支援を必要とする生徒へのサポートの強化」、「給与増」などだ。

 背景にあるのは、教師たちの強い危機感だ。慢性的な教師不足と、その影響による恒常的な過重勤務は近年とみに深刻化している。このため、教育の質が低下することを教師たちは憂慮している。要求が通れば、こうした問題解決に一歩近づけるだけでなく、教員のなり手が増えるのではないかという期待もあった。

 一方、学校に通う子どもがいる親には、何とも頭が痛い問題があった。それは、ストが行われると休みになる子どもの面倒を誰がどう見るか、だ。ニュージーランドでは、14歳未満の子どもが留守番をすることが法律で禁じられている。加えて、夫婦共働きやひとり親という家庭が非常に多く、親が休みを取るのも容易ではない。そんな事情も相まって、「子どもの預け先に困る」と文句が出ても不思議はなかった。しかし、そんな声はどこからも聞かれなかった。

▼親も後押し

 ニュージーランドの教育スタイルは、先生が教室の前にあるホワイトボードの前で、クラス全体に同じことを教えるタイプのものではない。生徒はおのおの能力も興味も違うという前提のもと、クラスはあっても一人一人、もしくはグループごとに勉強は進められる。これは、生徒たちには大きなプラスだが、教える側には重労働。教育はまさに教師の情熱と献身のたまものなのだ。

 筆者も、娘が通う学校の先生たちの頑張りには本当に頭が下がる。例えば、新入生を教える小学校の先生。驚いたことに、どの子がどのアルファベットを書けるか、数字を幾つまで数えられるかといった細かなことまで把握していた。心配事や質問があれば、直接メールを入れる。すぐに返事をくれ、希望すれば快く面会に応じてくれる。校長先生も同様だ。

 今回のストが発表になり、当日子どもをどうするかで苦労した人が多かったにもかかわらず、クレームを出さなかったのは、その働きに感謝する親たちの、教師に対するサポートだったのだ。

「メガ・ストライキ」には教師や親だけでなく、子どもたちの姿も数多く見られた(C)Meredith Biberstein

 スト当日、運よく休みが取れた親の中には、子ども連れでのデモ行進に参加し、教師への支持を表した人もいた。行進が、子どもたちにとって楽しく民主主義の仕組みを学ぶ絶好のチャンスになったと、ストをポジティブに受け止める姿もあった。

 オンライン上でも、教師を後押しする動きが広まった。「メガ・ストライキ」をきっかけに、全国規模で小中高校教師を支援するグループ「アイ・バック・ザ・ティーチャーズ」が創設された。個々の支援者がつながり、さらに機運は高まった。グループのフェイスブックには、1万人以上の人が参加した。

▼一致する教師と市民

 スト当日、企業を含む社会全体が間接的に応援の姿勢を表した。教師をさまざまな形でサポートする親たちに柔軟な対応をとったのだ。中でも好評だったのは、子どもの預け先に困る従業員には子連れ勤務を許可したことだった。フレックスタイム制を取り入れている企業では、社員がそれを最大限活用しただけでなく、特例として自宅勤務を許したところもあった。

 各地の図書館やプールも力を貸した。スト当日に休みを取る親の負担軽減を目的にした子ども用の特別なアクティビティを用意したのだ。おかげで、行き場を失わずに済んだ親たちはストレスを感じることなく1日を乗り切ることができた。

 全国の小中学校教師が加盟する教職員組合「NZEI テ・リウ・ロア」と高校教師の組合「ポスト・プライマリー・ティーチャーズ・アソシエーション(PPTA)」が、「メガ・ストライキ」前に教員と教育についての世論調査を行った。すると、ストにおける教師による要求事項と人々が求める教育像が一致していることが明らかになった。

 世論調査の結果は以下の通りだ。政府が教育分野により多くの予算を取るべきだと考える人は約90%。教師不足を認めている人も90%近くおり、教師の給与増額の必要性を感じている人は83%に上った。学級規模の縮小を支持する人は小中学校では76%、高校では73%だった。特別支援を必要とする生徒への支援を増やすことに91%が賛成している。

▼大きな価値

 政府から提示された12億NZドル(日本円で約820億円)という額を不満として決行された「メガ・ストライキ」。これ以上の予算は取れないとしていた政府だが、向こう4年間にわたって14億7000万NZドル(同約1000億円)を支給することを、スト後新たに提示した。これを小中高校教師は受諾し、今回の一連のストに終止符が打たれた。

 「本当は生徒たちといたいんだけど…」。そんなためらいを胸に秘めながら教師たちが決行したストには、金額面での勝利だけでない大きな価値があった。それは皆で協力し、良い結果を勝ち取ったことだ。教師、親、社会のどれが欠けても、ストは決着を見なかっただろう。教育投資は、世界のどの国でも重要だと考えられている。しかし、人々が自分の意見を大切にし周囲と団結してもたらした教育向上に向けての投資には、より意義があるに違いない。(ニュージーランド在住ジャーナリスト クローディアー真理=共同通信特約)

ニュージーランドの首都ウェリントンの国会前に詰めかけた教師たちにスピーチをする同国のクリス・ヒプキンズ教育省大臣(C)Meredith Biberstein

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