村田諒太はなぜ社会貢献を続けるのか? プロボクサーとしての信念と生き様を訊く

2019年7月、ロブ・ブラントとのリベンジマッチを制し、WBA世界ミドル級王座を奪還した村田諒太。昨年、防衛戦に敗れたことで一度は引退も考えた男は今、再び前を向いてプロボクサーとしての道を走っている。

その一方で、村田はリング外での活動も精力的に続けている。なぜ村田は社会貢献活動を行うのか。そこから何を感じてきたのか。そして、村田にとって「チャレンジ」とは何か。

そこには、村田諒太というプロボクサーとしての、そして一人の人間としての信念と生き様が垣間見えた――。

(インタビュー・構成=野口学[REAL SPORTS副編集長])

目の前のことを積み重ねることが大事「振り返ると点と点がつながる」

8月25日、その男は光と音に彩られたLEDコートの上に立っていた。

「頭が全然働いてない。ダメっすね」

北海道での講演会から帰京したばかりの村田諒太は、苦笑いを浮かべてそう口にする。

この日、渋谷・公園通り沿いの特設スペースで、ナイキジャパンによる「TOKYO AFTER DARK AT SHIBUYA」のオープニングイベントが開催されていた。“IF YOU HAVE A BODY, YOU ARE AN ATHLETE(身体さえあれば誰もがアスリートである)”の理念のもと、変幻自在に変化するLEDコートでさまざまなスポーツ体験が提供された。村田はパラリンピック競技のボッチャを進化させた“サイバーボッチャ”を体験し、「下手だな」と自分のプレーを振り返りながら、話を始めた。

ボッチャを体験していかがでしたか?

村田:いいんじゃないですか。ゲーム性としてすごく面白いと思いますし、カーリングにも似てますよね。カーリングは(平昌)オリンピックのときも盛り上がったじゃないですか。そういう可能性を秘めていると思います。

(体験することで)競技に興味を持ちますよね。テレビで見てても面白いと思いますし、(こういう機会に)どんどん広げていけば、パラリンピアンの露出にもつながると思いますし。老若男女できるので、今日のように誰でも参加しやすいスポーツとしてもいいんじゃないですかね。

今回のイベントのテーマが「動き出そう。ここから一緒に。」となっています。「動き出す」ということを「チャレンジ」だと考えるとすると、村田選手にとって「チャレンジ」というものをどのように捉えていますか?

村田:「チャレンジ」って言ってもあんまり難しく考えなくていいと思っていて、「継続すること」が実はチャレンジだと思っています。チャレンジと言うと、大きいことのように考えられるじゃないですか。例えば、ものすごく大きな目標を立てるだとか。そういうことばかりをチャレンジと言わずに、毎日毎日の積み重ねを続けていくことが、実はチャレンジ。僕の中で、チャレンジはそういう捉え方をしています。

毎日毎日、先を見過ぎずに、一歩一歩を積み重ねていくと。

村田:はい、そしてそれをクリアしていくことが、一つのチャレンジにつながる。それをしないで、チャレンジ、チャレンジと大きなことを言っているのは、現実性がないと思います。

まずは目の前の自分がやるべきことを見つけていくのが大事だと。

村田:そうです。一つひとつをやっていくことが、チャレンジへの一歩なんで。先のことを考えすぎると不安にもつながりますし、今できることをやっていくのが大事だと思います。スティーブ・ジョブズのスピーチに、「未来を予想してドット(点)をつなぐことはできない。今のドットをずっとつくっていって、振り返ると点と点がつながるんだ」と。僕もそういうものだなと思っているので、一つひとつのドットをつくっていくことって大事だなと思います。

そうすると、今、村田選手にとってのチャレンジというのは?

村田:ちゃんと練習を続けることですね、まず。もちろん大きな目標というのもありますけど、それ以上に大事なのが毎日続けていくことで、いくら大きな目標を持ったって、次の試合に勝てなかったらその次の試合は絶対開かれないので、次の試合に勝つためにベストを尽くしていくということが、僕にとってチャレンジだと思っています。初めて世界タイトルを取ったときは、そういう気持ちにはなれずに、すぐ大きな試合したいなと思ってて、それで足をすくわれたこともあるので、しっかり気持ちを引き締めていこうと思います。

村田選手のボクサーとしてのキャリアの中で、今はどういう位置づけですか?村田:どうなんでしょうね、そればかりは結果論の話になるので、上り坂だと言われるのか、下り坂だと言われるのかわからないですけど、今は(WBA世界ミドル級王座に)返り咲いたばかりなんで、ここからだとは思っています。

これからのキャリアにおいての目標は?

村田:やっぱり、一つのベルトだけじゃなくて、大きい試合したいですね。ミドル級で一番と言われたいですし、(ゲンナジー・)ゴロフキンやカネロ(サウル・アルバレス)とは、やっぱりやりたいですね。

社会貢献活動は「必要とされるから行く」「だからそこに喜びが生まれる」

村田選手は以前から、児童福祉施設への訪問を続けています。そうしたリング外での活動を継続的にやっている理由を教えてください。

村田:理由は、結局、必要としてくれるからなんですよね。今朝まで北海道で講演の仕事をしていましたけど、必要とされるから行くわけであって。その上で自分の意義を見いだしていくんだと思っています。必要としてくれる人がいるから、そこに喜びが生まれる。この人たちのために頑張ろうって思いますし、視野も広がります。それが、自分のアイデンティティ、ボクシングをやる意味やモチベーションにもつながっています。

そうした活動を通して、自分が学んだことはありますか?

村田:どうなんだろう……。そうですね、いろんな境遇の子たちもいるけれど、それでも諦めてない。板橋の児童福祉施設に行ったときに、二十歳くらいの女の子で、その施設の卒園生がいたんですが、「私は幼いころに両親が自殺しちゃって、ここの施設にいました」と。でも、「私は感謝しています」と。「親とはいつか別れる日がくるけれど、私の場合はそれが早く来ただけであって、そのおかげでこの施設に入って、今の私がいる。だから私は感謝している」と言っていて。そういうのをみると、やっぱり自分の人生に感謝するべきだと思いますし、常に選択は自分でできるから、その状況に負けてしまうのか、負けないで前に進むのか。彼女のような子に出会えると、自分も強くなれるんで。(リング外での活動を続けることで)逆に良い影響をもらっていますね。

それこそさっき言っていたような、振り返って点と点がつながっていくようなイメージですね。

村田:そうですね、本当に。

社会貢献活動をすることは、自分のためにもなっている。

村田:結果として、最終的にはそうだと思います。例えば試合に勝って、一人で「よっしゃ! 勝ったぞ、俺は強いぞ! 見たか?」とか言っても、そこで喜んでくれる人がいなかったら、虚しいだけなんですよ。だからそうではなくて、ちゃんと一緒に喜びを分かち合える人は必要だと思うし、そういう人が自分の活動を通じて増えるというのは事実としてありますけど、増やすために行ってるのかというとそうではない。それはたぶん、もともと人間の性善説的なところだと思うんですけど、集団に対して何か貢献したいという思いは持っているものだと思うので、そういうところが動かしてくれています。

今の世の中で、社会のため、誰かのために何かをやりたいと思いながら、なかなか行動に移せないという人も少なからずいると思います。そういう人たちに何か伝えることがあるとすれば?

村田:まずは「自分のことを認めてあげること」ですね。自分に否定的になってしまうのは絶対よくない。自分の良いところも悪いところも含めて、自分の存在さえちゃんと認めてあげれば、その上で、何かしようと思えるようになってくる。自分で自分を認めてあげられていない状況で、人から何かを言われたりしても(社会貢献活動を続けていくことは)難しいので、まずは自分を認めてあげることが大事だと思うし、その上で何か行動をしていくと、社会に対しての貢献というのも自然と出てくると思うので。

最後に、村田選手の次の目標を教えてください。

村田:年内に試合をやりたいと思っているので、まずはその試合に勝つことですね。今はこうしたいろんな活動をしていますけど、そろそろ本職に集中したいなという気持ちがすごくあります。年内に試合をやると考えるとあと3カ月なので、一回合宿に行って走り込みとかをしておきたい。9月に(母校の)東洋大学の(関東大学ボクシング)リーグ戦優勝の祝勝会があるので、そこでスイッチを切り替えて、気持ちをボクシング一本に絞っていきたいなと考えています。

<了>

PROFILE
村田諒太(むらた・りょうた)
1986年生まれ、奈良県出身。プロボクサー。中学でボクシングを始め、南京都高校(現・京都廣学館高校)で高校5冠達成。2004年東洋大学へ進学、全日本選手権初優勝。北京オリンピック出場を逃し、一度、現役引退。2009年現役復帰後、2011年世界アマチュアボクシング選手権優勝。2012年ロンドンオリンピックで日本人48年ぶりとなる金メダルを獲得。2013年プロ転向。同年8月プロデビュー戦で東洋太平洋ミドル級チャンピオンを2RTKOで破り、鮮烈なデビューを飾る。その後、連勝を重ね、2017年10月WBAミドル級世界王座獲得。2018年4月、日本人初の王座防衛に成功。同年10月ロブ・ブラントに敗れるも、翌2019年7月の再戦に勝利し世界王座を奪還した。

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