全国の「無借金企業」8万4,000社調査

 東京商工リサーチの保有する2018年(1‐12月期)以降の約34万社の財務データで、借入金のない「無借金企業」は全国で8万3,978社(構成比24.4%)あることがわかった。
 無借金経営は収益力やビジネスモデルの評価でもある。不況や金融機関による「貸し渋り」や「貸し剥がし」を経て、企業は現預金が非常時の安全弁という認識を強めた反面、生産や事業の拡大局面では借入金が必要なシーンもある。
 地区別で、無借金企業の比率(以下、無借金率)トップは九州(無借金率28.0%)だったが、四国、中国、近畿も無借金率が高く、「西高東低」が顕著に表れた。一方で、最低は中部(同21.0%)で、堅実経営が多いとみられていた中京圏の意外な側面も浮かび上がった。
 県別では、高知県(同31.6%)が全国トップ。逆に、最低は長野県(同17.1%)だった。
 産業別では、サービス業他が全体の45.8%と無借金企業の約半分を占めた。また、金融・保険業、情報通信業など、第3次産業で無借金率が高かった。一方、設備投資や不動産投資など事業資金の需要が活発な製造業、不動産業は無借金率が低かった。
 無借金企業の売上高トップは郵政民営化で発足した日本郵便、利益トップは東京エレクトロンなど、売上高、利益の上位企業は各業界を代表する大手企業が顔をそろえた。

  • ※本調査は東京商工リサーチが保有する財務データ(約34万社)のうち、貸借対照表の長短借入金、社債の項目がゼロの企業を「無借金企業」と定義し、抽出した。対象は2018年(1-12月期)以降の財務データ取得企業。

無借金率は全国平均24.4%、地区別では九州がトップ

 東京商工リサーチの保有する約34万社の財務データから、無借金企業は8万3,978社だった。全体の無借金率は24.4%で、4社に1社が金融機関等からの借入金がゼロだった。
 地区別の無借金企業数は、最多が関東の2万5,713社(構成比30.6%)で、3割を占めた。次いで、九州が1万3,410社(同15.9%)、近畿1万1,998社(同14.2%)、中部8,425社(同10.0%)と続き、最も少なかったのは北陸の2,691社(同3.2%)だった。
 各地区の企業数(保有財務データ企業)を母数として算出した無借金率は、トップが九州の28.0%だった。以下、四国27.9%、中国25.9%、近畿25.3%など、西日本地区が上位に並び「西高東低」の実態が浮かび上がった。一方、無借金率が最も低かったのは中部の21.0%だった。
 九州と中部は、無借金率で6.9ポイントの開きがあった。九州は佐賀県(無借金率31.2%、全国2位)をはじめ、沖縄県(同30.7%、同3位)、長崎県(同29.8%、同6位)、宮崎県(同28.7%、同8位)など、8県すべてが全国平均の無借金率24.4%を上回った。
 一方、中部は全国で最も低かった長野県(無借金率17.1%、全国47位)のほか、静岡県(同19.2%、同44位)、三重県(同20.0%、同42位)など下位ランクの県が多く、5県すべてが全国平均を下回り、九州と好対照となった。

無借金企業 地区別

都道府県別の最多は東京都

 都道府県別の無借金企業は、最多が東京都の1万82社(構成比12.0%)。2位の大阪府5,411社(同6.4%)の約2倍に達した。以下、3位は北海道4,319社(同5.1%)、4位福岡県4,101社(同4.8%)、5位埼玉県3,844社(同4.5%)と、大都市を抱える都道府県が上位に並んだ。

無借金率トップは高知県の31.6%、西日本の県が上位

 無借金率のトップは、高知県(31.6%)で、全国平均(24.4%)を大きく上回った。蓄財に頓着せず豪放磊落の県民性とされるが、無借金率は全国トップ。工業統計調査(経済産業省)によると、高知県は製造品出荷額が全国で2番目に少ない。資金需要が旺盛な製造業の比率が低く、建設業も公共工事が中心で「前受金などを利用して自己資金で回せる業者が多い」(地元建設関係者)との指摘もある。以下、2位佐賀県(31.2%)、3位沖縄県(30.7%)、4位島根県(30.6%)、5位徳島県(30.4%)までが無借金率30%を上回った。
 無借金率の最低は長野県の17.14%だった。都道府県別の赤字法人率(国税庁発表)で5年連続ワースト2位という情勢に加え、サービス業も宿泊業やスキー場など装置産業が多く、資金需要が旺盛な点なども要因として考えられる。以下、46位山梨県(17.19%)、45位茨城県(17.8%)、44位静岡県(19.2%)、43位群馬県(19.5%)までが無借金率20%を下回った。

意外と低い中京圏の無借金率

 地区別は、最も無借金率が低かった中部に低順位の県が集まった。堅実経営の代名詞である「名古屋式経営」、他地域より低いとされる「名古屋金利」で知られる中京圏が含まれるが、無借金率では愛知県が31位(23.6%)、岐阜県が35位(22.4%)、三重県が42位(20.0%)といずれも全国平均を下回った。
 データは若干古いが、東京商工リサーチが調査した全国27万社の都道府県別財務データ分析(2015年3月調査)でも、中京3県は有利子負債構成率順(中央値)で愛知県が13位、岐阜県が14位、三重県が12位と高位に位置する。経営環境の変化や自動車産業など、設備投資を要する製造業が集積し、低金利が逆に借入を促している可能性もある。いずれにしても「無借金企業=中京圏に多い」という既成概念はデータ上では実証されなかった。

無借金率はサービス業他が最高

 無借金企業の産業別は、最多がサービス業他で3万8,537社(構成比45.8%)。次いで、建設業が2万7,554社(同32.8%)で、上位2産業で全体の約8割(同78.7%)を占めた。
 以下、卸売業5,312社(同6.3%)、製造業4,135社(同4.9%)、情報通信業2,300社(同2.7%)と続く。
 無借金率は、サービス業他が54.8%でトップとなり、医療機関などが比率を押し上げた。
 次いで、金融・保険業(37.6%)、情報通信業(29.2%)までが無借金率20%を超え、第3次産業が高い傾向がみられた。
 一方、無借金率の最低は、機械装置など設備投資の資金需要が旺盛な製造業で13.1%。このほか、土地仕入などの事業資金を借入で手当てするビジネスモデルの不動産業(13.8%)なども低かった。

無借金企業 産業別

業種別上位に医療機関などが目立つ

 産業を細分化した業種別は、最多が一般診療所で1万9,985社(構成比23.8%)とダントツ。
 一般診療所はクリニックなどの無床診療所や小規模の入院施設がある開業医が中心。安定した収益構造を背景に、設備の大半をリース導入し多額の設備投資に借入金を必要としないことが多い。また、3位の歯科診療所(6,205社)、4位の病院(3,836社)など、医療機関が上位に並んだ。
 このほか、土木工事業や建築工事業など建設関連業種も多かった。事業協同組合(10位)、ソフトウェア業(11位)、経営コンサルタント業,純粋持株会社(19位)なども目立った。

無借金企業は黒字約8割、赤字約2割

 無借金企業の損益別(直近決算)は「黒字」が77.0%と約8割を占め、「赤字」は22.9%と2割にとどまった。
 国税庁が2019年2月に公表した「国税庁統計法人税表(2017年度)」によると、全国の普通法人271万6,818社のうち、赤字法人(欠損企業)は181万977社で、赤字法人率は66.6%にのぼる。堅実な利益体質が強固な財務体質に繋がり、無借金経営を維持する構図がみてとれる。

  • ※直近決算の損益が判明した無借金企業8万3,365社が対象。

売上高別 5億円未満が約8割占める

 無借金企業の売上高別は、最多が「1億円未満」で3万3,420社(構成比40.5%)だった。
 次いで「1億円以上5億円未満」が3万1,214社(同37.8%)で、売上高5億円未満の小・零細規模は合計78.3%と、約8割を占めた。

  • ※直近決算の無借金企業8万2,448社が対象
無借金企業 売上高別

売上、利益の上位は日本郵便、東京エレクトロン、任天堂、ユニクロなどの高収益大手

 無借金企業の売上高ランキングのトップは、日本郵便(売上高3兆1,196億円)。郵政民営化で日本郵政(TSR企業コード:296555827)の100%子会社として発足した巨大民間企業だ。
 次いで、JRAの日本中央競馬会(同2兆8,352億円)、食品専門商社では最大手の三菱食品(同2兆5,438億円)が続く。日産自動車(TSR企業コード:350103569)の傘下で再生中の4位三菱自動車工業は、連結決算ベースでは2,287億円の有利子負債を抱えるが、単体決算では借入金はゼロになっている。

 利益ランキングのトップは、半導体装置大手の東京エレクトロン(利益3,127億円)。
 以下、2位東京海上ホールディングス(同2,783億円)、3位キーエンス(同2,060億円)、4位任天堂(同1,636億円)などが続く。
 売上高、利益がそろってトップ10にランクインしたのは、日本郵便、東京エレクトロン、任天堂、ユニクロの4社。高収益で知られ、業界を代表する大手企業が並んだ。

無借金企業 売上高ランキング

 無借金経営は、優良企業の代名詞でもある。信用向上や利息支出のないメリットもあり、多くの経営者が目標の一つにしている。実際、無借金で、かつ売上高や利益の上位には高収益に裏打ちされた大手企業が顔をそろえている。
 ただ、企業の成長のうえでは金融機関からの借入金など、他人資本の導入が欠かせない側面もある。金融機関と取引実績がない場合、受注増による資金需要や取引先破綻による回収難など、不測の事態に対応できないリスクも存在する。金融機関との良好な関係を維持し、必要に応じて資金調達できる体制作りは経営のセオリーでもある。小・零細企業では、金融機関から借入できること自体が信用力の裏付けともいえ、あながち間違いではない。
 一方、出資や増資、最近はクラウドファンディングなど、企業の資金調達の手段が多様化するなか、低金利が続く金融機関の収益力の低下も懸念される。また、9月2日に財務省が発表した法人企業統計で、2018年度の利益剰余金は446兆円を超え、7年連続で過去最大を更新した。これは企業の資金需要の停滞を示唆しており、金融機関の存在意義にも関わってくる。
 企業と金融機関を取り巻く関係は今後、大きく変容する可能性を孕んでいる。無借金企業の動向は、企業の将来像を示すバロメーターとして注目すべき指標でもある。

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