12年間で7回、4種類の選挙に挑戦した女性。(吉羽美華 寝屋川市議会議員へのインタビュー・聞き手:池田麻里)

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「女性議員が増えることで、本当に、暮らしやまちは良くなるのか?」
2018年5月に成立した「候補者男女均等法」では、女性候補の割合を50%にするよう政党に努力義務を求めています。女性議員の増加は、政治や社会にどんな変化をもたらすのでしょうか。7月に行われた参院選では全候補者に占める女性候補者の割合は過去最高の28.1%でしたが、当選者に占める女性の割合は前回よりも低い22.6%という結果でした。
地方政治の現場で活躍している女性議員の、政治や選挙に対する想いを聞きます。

今回は寝屋川市議会に再当選を果たした「吉羽美華」氏。
2007年大阪府寝屋川市議会議員選挙に初当選。2011年に再選を果たすも市議会議員を辞任し、2012年には民主党から大阪1区で衆議院議員選挙に出馬。2013年には新党大地から、大阪選挙区で参議院議員選挙に挑戦。その後、2013年に自民党代議士と結婚し、出産するも2016年に離婚。その2016年には阪南市長選挙に挑戦。2017年の衆議院議員選挙では東京24区で「希望の党」公認の候補者として挑戦するも惜敗。地元に帰って、2019年4月の統一地方選挙で、寝屋川市議会に当選し、再び自治体議員として歩き始めた彼女に話を聞きました。

選挙規模による違い、場所による違い、政党による違い。

聞き手・池田麻里(以下、池田)
―市議会議員の選挙、国政選挙も経験しているけど、選挙の規模による違いはあります?

寝屋川市議会議員・吉羽美華氏(以下、吉羽氏)
リアルな話、お金の額は二桁違う。市議会議員選挙でも、自治体によっても、やり方によっても、候補者の年齢によっても、かかる金額は違うと思うんだけど、私の場合は市議会議員選挙では100万円かけるかかけないか。正直、2012年の2度目の市議会議員選挙と2017年、今回の選挙は50万円もかけてない。供託金(市議会議員選挙の場合は30万円)込みの50万円以内でやっているけど、国政選挙は数百万ではできない。4桁(1000万円以上)になってきちゃう。
あと、市議会議員選挙の場合は、お手伝いしてくださる人員が少なくても、自分さえ汗をかけば、なんとかカタチになるとこまで積み上げることができるけれども、国政選挙の場合はポスター貼りひとつにしても衆議院議員選挙だと何百箇所、参議院議員選挙だと大阪の場合だと一万三千箇所、自分ひとりではなんともならない。そのあたりは正直想像を絶するくらい違う。

池田
―市議会議員として国政選挙にもお手伝いとかで関わっていたと思うんだけど、それでも想像以上だったの?

吉羽氏
はい。私も浪人中の国会議員の秘書もしていたので、国政選挙も経験していたし、分かってはいたんだけど(笑)
1回目の衆議院議員選挙は民主党の公認候補だったので、政党もついているし、組合も応援してくれているので、人手不足で選挙が回らないという苦労は少なかったです。ポスター貼り、選挙カーの遊説の日程を組んで、選挙カーを回してもらったり、おんぶに抱っこで、お世話になりました。

2013年の参議院議員選挙の時は、ほぼほぼ自前というか、ポスター貼りの人集めなども自力だったので、主要政党無しで自分でやろうと思うと国政選挙ってこんなに大変なんだなぁと。主要政党ががっちり付いて、バックアップ体制がきちっとないと。自前では正直、難しいと思いました。

池田
―大阪でも、東京でも、選挙を経験しているけど、その違いは感じたかな?

吉羽氏
私自身はそんなに感じなかった。
大阪、東京と言っても、私の出た選挙区はどっちも都会なので。2013年に大阪で衆議院議員を戦ったのは大阪1区。2017年の東京24区と比べたら、大阪1区はさらに都会ですから。
ただ、やっぱり生まれ育ったところ以外で選挙に出るのって、勢いとか風がある時は、「よそ者」というのは吹っ飛ばせるけど、逆風になったときは「よそ者」っていうのは、すごいネガティブなキャンペーンを誘発しちゃう。それは精神的にすごくしんどいかな。よそ者、よそ者、って言われちゃうのは。

池田
―もうひとつ。民主党、新党大地、希望の党、と所属が変わったり、元の旦那様は自民党の方だけど、政党の違いによる風土ややり方の違いはありました?

吉羽氏
やっぱり政党によって気質が全然違う。
自民党では私自身は議員ではなかったけど、元夫の関係で議員の奥様方もたくさん見てきた。民主党は政権交代前も、交代後の陥落していく姿も見てきたけど、政党によっても違うし、置かれた立場で中の雰囲気も違う。
個人的な感想ですけど、やっぱり自民党は地方組織も強いですし、政権をこれだけ維持するだけの、政党としてのパワーがあるというか、抑えがある。ダメなところもありますけど、強さの秘訣っていうのは間違いなくあるな、というのは感じます。自民党国会議員の場合は良くも悪くも派閥政治なので、派閥の集まりだとか縛りも厳しいし、たまたま元夫が所属していた清和会なんかは一番大きな派閥で、さらに、清和レディースといって議員婦人だけの会があって、勉強会もして、奥様方の中でも先輩、後輩があって、「夫で1票、妻で1票」というのを徹底してやれる。そういう強さを感じました。

2017年、追い風が逆風に。

池田
―2017年のあの(希望の党騒動)ときは、どうだった?やっぱり、風がガラッと変わってしまった感じ?

吉羽氏
正直、あの選挙のとき、私が話を頂いたのは夏の終わりくらいだったので、希望の党とかが出来るより全然前だったんですよね。
小池百合子さん、若狭勝さんと、女性候補者をとにかく擁立しようと。
都民ファーストじゃないけれど、東京圏、関東圏を中心にとにかく女性候補者を集めた新しい勢力を作ろうといった話を若狭勝さんから聞かされて、それだったら私も今まで女性の政治家を増やしたかったし、女性が一人で立ち向かうにはしんどい世界だから、みんなでタッグ組んでいこうっていうところから始まったんですけど・・・。

それが、本当に選挙が始まるちょっと前、10月の1週間前、2週間前くらいから、当時の民進党を飲み込むぞっていう空気になって……。私なんかは、最初から一緒の思いで始めたつもりだったので、なんだか流れが変わってきてしまっているなぁと。

私が希望を持ったのは、そこじゃなかったのにな、って思った。最後の最後は、行くか引くか(出馬するか否か)迷うところまで悩んだんですけど、もう名前とかも公に出ていたし、いまさら引くっていうのも・・・という気持ちもあって、衆議院選挙に突っ込みましたけど。
結果的に、私は引く勇気がなかったですね。引けたら良かったと思った。引きたかったですね、本当は。

池田
―難しい判断だったねぇ・・・。

吉羽氏
やっぱり、自分の選挙も、元夫の選挙もそうだったけど、事前のマスコミ調査ってすごく見てしまいます。まだマスコミとの繋がりのない時、新人の頃とかはそういうデータも入ってこないですけど、お陰様で色々な方とつながるとデータや情報が入るじゃないですか。データは嘘つかないっていうのを、この5、6年で身にしみて分かったので。
選挙も回数を重ねて、政治の世界で10何年いるからこそ、「負け戦」に出るのって無駄だなとも思った。無駄と言ったら失礼だけど、このあと自分の城としてその選挙区がガッチリもらえるなら出馬するのもありだけど、やっぱり落下傘で、選挙後に城になるかわからない選挙区に、負け戦で突っ込むというリスクをすごく私は感じましたよ。

この夏の参議院議員選挙でも、大阪の選挙区だと、冷静に国民民主党は厳しいと思っていました。その他の政党も厳しい。立憲民主党ですら厳しいと。もしも、今の大阪の状況で、野党から出馬しないか?っていう話があっても、負け戦だと分かっているので、私だったら出ない選択をする。逆に言うと、今回、出馬された方はどういう思いで出馬を決意されたのかな、って。知りたいですね。初めてだから、選挙の怖さを知らないから、選挙に突っ込めているんじゃないかなって。それくらい冷静に見れています。

池田
―衆議院選挙の後、東京24区に残らなかったのは何か理由があって?

吉羽氏
あの時、希望の党はしっかりと総支部長認定もしなかったし、特に東京に関しては立憲民主党と話し合いしてください、とお願いしても無視。希望の党は政党としての機能が無かった。私もこれまで色々な政党を見てきて、これでは厳しいなというのが結論でしたね。

池田
―政党本部が機能してなかったんだねぇ。

吉羽氏
そうですね。希望の党としては党本部自体も無かったようなもの。
その後、代表が玉木雄一郎さんに変わって。政権交代ができる政党になる希望は見いだせなかった。というのが本音。実際にあれから2年が経とうとしていますけど、世論調査の数字にも現れている通り、希望の党がスライドして出来た国民民主党は厳しい状況なので、冷静に自分の力で出来る範囲で仕事をする(自治体議員に戻る)という選択をして、私は正解だったなと思っている。

女性は得?それとも、損?――「妊婦に投票するのは税金の無駄だ」と言われ。

池田
―これまで7回の選挙に挑戦している訳だけど、女性であるということで、得をしたなという経験はありますか?

吉羽氏
得をしたなという部分はほとんどない。
女性だから票が集まると思う人は多いけれど、実際にはボーッとしていても票は集まらない。
私自身も、2007年の1回目の選挙では、誰よりも一軒一軒ご挨拶回りもしたし、駅での街頭演説にも立った。当選し、現職議員になった時も、誰よりも市政報告を配ったし。毎日ジョギングをするかのように。華やかそうに見えて結構地味なことを積み重ねてきたという自負がある。
逆に、女性だから票が入りにくいところをどうやってカバーするかって考えていたかな。特に若かったし。政治の世界では今でも「お前みたいな若いやつに」と言われる。若いから頼りないというのも払拭したい。
それに、どの選挙のときでも「女なんかに政治を任せていられるか」とか「女性の政治家なんて信用できない」とか、そういう言葉を沢山言われるから、女性であることはマイナスにしか感じていないかな。特に、今回の寝屋川市議会議員選挙は妊娠中だったので、選挙中に「妊娠しているやつに票を入れるのは最初から税金の無駄だ」と結構言われたんです。「当選したらいきなり産休とるんじゃないか、育休とるんじゃないか」とも言われましたね。

だから、私は絶対に、のんびり産休も育休も取らない、って決めました。出産後、退院して傷さえふさがったら、すぐ議会に出ますって選挙期間中にも伝えていました。
少子高齢社会で、「子供を産め産め」と言われているのとは真逆なんだけれども、若い女の人は産休とるんじゃないか、育休とるんじゃないかって思われてしまう。だから、本当に女性であることで得をしたことないですね。
今、女性を半分以上出しましょうという流れで、政党が女性の候補者を擁立したいというのがあるので、女性に国政選挙の候補者として白羽の矢が立ちやすいっていうのはある。そこはメリット。だけど、コツコツ国政目指して頑張っている男性政治家からは、「なんであいつは候補者になれるんだ」といった政治家同士のやっかみが出てくる。だから、結局そこもメリットとは言えない。

池田
―女性には任せられないって言われる、ってことだけど、選挙の規模によって、その声の大きさに違いは感じました?

吉羽氏
うーん、割合としては選挙の規模が小さいなりには小さく、大きいなりに大きく一定割合あるのかな。女性なんかには任せられないという声と、若い世代になんか任せられないという声が両方ある。裏返せば女性にやってほしいという声もあるし、若い世代に頑張ってほしいという声もある。それは裏表である。

池田
―今、票ハラとか、セクハラで女性議員が苦しんでいるという報道もあるけれど、美華ちゃん自身は感じていますか?

吉羽氏
確かに、1期目で26歳の頃には、駅で街頭演説をしていても、男性がベタベタ触ってくると言ったら語弊があるかもですが、肩へ手を回してきたりとか、握手の手を離してくれないとか、「わしは何票持ってるんだよ」とか、そういうことは確かにありました。
12年前って、票ハラはなかなか話題にはならなかったので、嫌だなと思いながらもこれも乗り越えないといけないかなと我慢してた部分もあるし、当選した後も他の議員さんからのセクハラ、パワハラみたいなことだったり、宴席でもお酒は女性が作るもの、みたいな空気感もあったりました。ただ、性格的に私はそういう空気に屈しないタイプなので(笑)。飲み会でも、「私はほかの人のお酒作りません」ってはっきり最初から言って、「飲む人本人が作ってください、飲む人が自分のペースで作ったほうがいいでしょ」って。お店の人にも、「私は飲まないので、ここにお酒のセットを置かないでください。あの人が飲むからあの人のところに置いて」って。最初から私はそういうのは強気で行きましたね。

今、色々悩んでる若い議員さんとかに、私が直接アドバイスするとしたら、「強気にいったらいいよ、何か言われても、ICレコーダーを持っていたら、バンバン録音とっちゃいな」って言いますね。
規模の大きい選挙だと、女性だからっていう理由意外にもハラスメントはあって、古株の地元の議員さんから「(私の後援会に)いくら寄付できるの」って。「うちの後援会動かすのにお金いるよ」とか。そういうのも、「それって表に出すお金ですか?出さないお金ですか?一緒にブタ箱入りますか?(逮捕されますか?)」とか言っちゃうので。すごく嫌われますけど。自分の身はきれいにしておかないとなって思っています。でもパワハラも票ハラもまだまだありますよ。

やっぱり私自身が議員、候補者でいたい

池田
―ちなみに候補者の妻業はどうでした?

吉羽氏
まぁこれも得手不得手あるんだろうけど(笑)。
陳情を受けたり、自分で気になる案件の時に、省庁を呼んで話をしたり、という意味合いではお得意分野なので、やっちゃうんですよね。政治パーティーを開いたり、パーティー券を売ったりも。やれるんだけど、好きでやっているかというと違いました。やっぱり私は自分が政治家として、自分の政策で勝負したかった。ゴーストライターではなくやりたかったので、すごくストレスでしたね。

池田
―自分自身が候補者であることの方が向いているかなという感じ?

吉羽氏
そうそう、やっぱり、例えば駅立ちでも「私だったらこの頻度でやるのにな」とか、訪問活動とかでも「自分だったら何百軒いけるのにな」とか、自分だったらと経験から置き換えちゃうんですよ。陳情への対応や物事の調整とかもやり方が違うので、全部気がつけば「私だったら」になっちゃう。

池田
―2012年に市議会議員を辞職してから、7年ぶりに市議会議員に復帰して、今、どうですか?

吉羽氏
復帰してみて……。前回12年前に初当選させてもらった時よりも、(物事が)分かっているって言うこともあるけど、断然仕事がスムーズ。スムーズだからやりやすいこともあって、やりがいがあるし、自分のモチベーションがすごく高い。自分でも意外でした。

池田
―意外というのは?

吉羽氏
ブランクがあるから、有権者との距離感も変わって、しんどいかなとか。再開して色々やってみるまでは悩みの方が多かったけど、実際やってみると、自分が心配していたのが馬鹿みたいでした。明るく元気に接した皆さんも応えてくれたので、すごくやりやすいです。

もうひとつ。
正直、市議会議員1期、2期のときは、年金制度にしても何にしても、地方議員では何もできないじゃないかと思っていたんです。国の制度を変えなきゃいけないのに、地方議員のままだと何にも役立てないなと思ったんです。
でも、この数年間、国会議員の先生方や元夫をみて、単なる賛成要員だったら、国会議員でももっと意味ないと気が付き、国会でも閣僚レベルにならないと物事を動かせない、っていうのを感じました。

そうであれば、小さいことであっても、自分の目の見える範囲で政策を実現していくことによって、喜ぶ人たちの姿を見続けることができる。規模は小さいのかもしれないけれども、充足感が大きい。継続して経過を見ていけるという時間も大切だし、色んな意味で自治体議員の方がやりがいがあると今は感じられている。

きっとあのまま市議会議員だけの経験を年数を重ねていても、今の思いには至ってなかったと思うし、国政に出たからこそ出来たパイプとかもありますし。自分が情報をどうやってとってきたらいいかとか、どうやって立ち振舞、動けばいいかとか、どうやって市の課題を突破出来るかとかいうことも、様々な選挙にチャレンジしたからこそわかると思う。国政にチャレンジしてなかったらなんの成長もなく、4期目をやっていたかもしれません。

この感覚は、大学4年のときに一回大学やめて、社会人になって、その後大学に戻ったときにめっちゃ勉強が楽しくて、単位を取りまくった時期があるんだけど、それと似ています。無いものねだりです。一度、外の世界を見てきたら、今までやってきていたことは、本当はすごかった、有意義なことだったと気づくし、戻ってきたときのエネルギーの爆発の仕方っていうのは、自分でも意外なほど楽しい、本当にびっくりしてる(笑)

池田
―最後に。今、美華ちゃん自身が思う選挙の勝ち方を聞かせてください。

吉羽氏
市議会議員という選挙で話をすると、2500票を目指す選挙。ボーダーがはっきりわかっているわけで、広く万遍なくとりにいかなくてもいい。例えば今私だったら子育て世代、対ママをターゲットにしてそこの票を確実に取りにいく。そういう戦略が大切ですね。

そういう戦略の下に、ポスターもわざと政治家らしいガッツポーズのポスターではなく、息子と一緒に微笑ましく。この人子育てしているんだな、とアピールすること。それと、同時に単に子育てしているだけではなくて、市議会議員3期目だということもきっちり強調する。3期目、吉羽美華、子育て世代っていうのが全てリンクするように、即戦力で働けるっていうところに絞りました。
勝つのに必要な数以上の票は要らない。もちろん1万票とれば自己満足にはなるかもしれませんけど、正直その後仕事をやるにあたっては票の多少は議会では全く関係ないので。票は当選するだけの票を確実にとるという戦略にすれば女性は確実に勝てると思う。

だから、今後の選挙は、私は私のターゲット層で戦っていくから、本人(新人)は自分のターゲット層で戦ってもらえるような女性を選挙に出していきたい。この春の市議会議員選挙では、私は妊娠中でもあったので、駅立ちも街頭演説もしていないですけど、前回も市議会議員選挙では選挙カー回していないんです。
任期中の4年間コツコツと活動すればいい。ちゃんと活動すれば、2000票、3000票っていう支援者はついてきてくださるので、サボらず、この4年間しっかり市政報告をつくり、息子も一緒に駅に立つといってくれているので、「一緒に駅立ちしようね」って言っているので、親子三人で立ってもいいかなと思っています(笑)。私は良いも悪いも含めて、選挙区でも選挙区外でも、悪名も高いので、目立ってなんぼ!という思いもある。目立ってでもなんでもやって、とにかくそのパワーで役立てる仕事をして、政策実現していくのが何よりかなと思っているので、楽しみながら。今すごく楽しいので。がんばります(笑)