亡き母の姿 問い掛け 防空指揮所時代の同僚女性に

長崎新聞で写真を見つけた 馬郡 謙一さん

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防空指揮所での体験を大町さんに尋ねる馬郡さん(右)=佐世保市常盤町

 海上自衛隊佐世保地方総監部内にあった旧日本軍の防空指揮所に勤めていた佐世保市の大町光代さん(91)と、同じ時期に母親が防空指揮所に勤務していた会社社長、馬郡謙一さん(66)=佐世保市=が6日、市内で面会した。馬郡さんが、大町さんの体験を伝える本紙記事の写真に母親の姿を見つけたことがきっかけ。馬郡さんは大町さんの体験に耳を傾けた。
 馬郡さんによると、母親の薫さん=旧姓岩永=は、総監部の前を通るたびに「昔、ここの下におったとよ」と話していたが、事実なのか疑問を抱いていたという。薫さんは2017年に89歳で他界した。
 馬郡さんは、8月23日付の本紙で、防空指揮所の東口で「海軍体操」をする様子をとらえた写真に、薫さんの姿を発見。記事にあった大町さんの経験談を読み、母親の口から聞けなかった当時の生活を尋ねることにした。
 大町さんが所有している写真には、2人が並んでいた。大町さんは「月が出たら一緒に歌った。薫さんは何でもできる人で、私はいつもついて回っていた」と振り返った。
 馬郡さんは「母が大町さんと仲が良かったことを初めて知った。母が生きているときに大町さんに会わせたかった」と話し、「また会いましょう」と大町さんと握手を交わした。