学生時代から好きだった彼女は、手の届かない存在だった
ウサギは淋しくても死なない。きっと淋しくて仕方のない人が作った逸話なのだろうが、「淋しい」という感情が原因で死んでしまう生物なんて存在しない。しかしある人は、「淋しくて死んじゃいそう」と、よく口にする。俺としては、死なれては困るので、今週末、この人をドライブに誘った。今年買ったばかりの新型ジープ・ラングラー。陽気な雰囲気の赤いオフロード車は、この人の淋しさを、すこしでも紛らわせることができるだろうか───。
(この物語はフィクションです。)
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秋の匂いが漂ってきた頃。都内の一角で、俺はその人が到着するのを待っていた。「紗久羅」という、日本人らしさとエスニックな雰囲気を併せ持つ名のその人は、ジープ・ラングラーの横に立つ俺の姿を見つけると、はにかみながら手を振ってきた。
紗久羅は、スタイルが良くないと着こなせないような美しいシルエットのワンピースを着ていて、手には小さなボストンバッグを持っている。寂れた街景はやはりこの人には不似合いだ。ただ、どうして人もまばらな駅で待ち合わせをしたのかといえば、この人が人妻で、俺たちが会っていることをあまり人に見られたくないからである。
紗久羅は、ラングラーに近づくなり、ジロジロとクルマの周囲をチェックし始めた。
「あ~やっぱりフェンダーが素敵だね」
「7スロットグリルは絶対にやめないんだ」
「このライトってラングラー史上初のLEDなんでしょ」
などと、俺に話しかけているのか、ひとりでつぶやいているのがよく分からないが、11年ぶりの全面改良でも印象の変わらないジープ伝統のスタイリングや新しい装備などについて、知識と実車とを照らし合わせている。その情報量は下手なカーマニア顔負けである。
「そろそろ出ようか」と声をかけても、「あと5分だけ!」と、まるで子どもがファミコンをやめろと親に言われて言い返す、決まり文句のようなセリフを発している。
仕方がないので気が済むまでじっくり見てもらう。最後には、「今日はヒールだから運転ができない」ことを、すごく悔やんでいた。
高校のクラスメイト時代からずっと恋心を抱いていた
これまで付き合った女性は、いつも「ジープって初めて乗るけど、やっぱり素敵ね」と言ってくれた。
しかし数ヶ月もすると、「乗り心地がいいクルマが好きなの」とか、「もう少し静かならよかったのに」とか言い出すようになる。
それは、愛車のラングラーのモデルが代わっても、付き合う人が代わっても、同じ言葉を繰り返し聞かされ、淋しい思いをしてきた。
世の中の多くの人はクルマを買う時に悩むものだが、俺の場合はファミレスへ行った時のほうがまだ悩む。それくらいこのラングラーというクルマが好きなのだ。
子どもの頃からの憧れだったし、免許を取ってから今まで、ラングラー以外のクルマを買ったことがない。だから紗久羅の反応は、素直に嬉しかった。
ラングラーが走り出しても、しばらくの間、インパネや天井、各種装備などを嬉々として眺め、いろいろつぶやいている。元々クルマが好きな女性だということは知っていたが、今日初めてラングラーの助手席に座ったこの人は、まるでTVでアイドルグループの歌謡曲を眺める小学生の女の子のように、瞳をキラキラさせていた。
たしかにこのクルマは、他の多くのクルマとは異なる、独自の世界観を持っている。伝説の「CJ5」から受け継ぐ、独自性の強いスタイリングはもとより、日頃、いわゆるフツーの乗用車に乗っている人にとっては珍しいと思える各部のカタチや装備の塊でもある。
そしてなによりこのクルマは、ブランドとしても、車種としても、唯一無二の歴史を背負っている。俺が愛車として乗ってきた時間はたいして長くないが、それでも、プライドのようなものを持つことができるし、周囲から憧れのような思いも受け取ることができた。
そういえば、ラングラーを見て瞳を輝かせているこの人との関係も長い歴史があるといえばある。
紗久羅とは同郷で、高校時代のクラスメイトだ。学生時代からスッとしたスタイルで学年でも目立っていた一方、本人は高校生とは思えないほどしっかりした自我を持っていて、他人や周囲の評価や言動に影響されることがなかった。雰囲気がいつまでも変わらないのはラングラーと同じで、俺はこの頃からずっと恋心を抱いていた。
だが、紗久羅が2学年上の先輩と付き合っていたことは学校中に知られていたし、短大を卒業してすぐ、その先輩と結婚した。そのことを初めて知らされた時、諦めのような、安堵のような、淋しい感情を抱いたことを今でも覚えている。
車が変わっていくように、人の気持ちも変わってしまうもの─
なぜか紗久羅は、既婚者となってからも俺との連絡を取り続けた。
たまに会うことがあっても、近況を話したりする程度だったし、俺も思いを伝えることはなかった。
ただ、この人が幸せでいてくれればそれでいい。あまり友人が多くない紗久羅にとって、俺は異性の茶飲み友達であり、それ以上仲を深めることは許されないのだ。
ジープ・ラングラーは新型になって、外観はともかく、中身は多くの部分がブラッシュアップされた。現代レベルの快適性や安全性、燃費性能を手に入れ、実用性、居住性、乗り心地は一様に向上した。なんだか走行ノイズも低減された気がする。
紗久羅:「ラングラー、変わってないように見えて、中身は変わったね」
俺 :「変わったよ。すべてのクルマの常だと思うけど、現代的になった」
紗久羅:「……人の気持ちも変わっちゃうんだよね」
俺 :「そんなの、ラングラーに比べたらよっぽど変わるさ」
紗久羅:「そんなものか」
俺 :「そんなもんさ」
紗久羅:「……。淋しいな……あなたの気持ちはどう?」
俺の気持ちは変わらない。高校生の頃から、ずっと。その時の紗久羅は、さっきまでの瞳を輝かせていた女の子のような雰囲気とはまったく別人のようになっていた。長いまつ毛が、唇が、艶かしい。
思わず、本当の気持ちが口をでそうになった。俺だって淋しい! しかし、このラングラーのスタイリングのように、世の中には“変わらないことが正しい”ことだってあるのだ。
俺 :「……キミの美しさは変わらないな、と思ってるよ」
紗久羅:「それだけ?」
俺 :「淋しかろうとなんだろうと、やはり君には旦那がいて、夫婦という関係が成り立っている。それだけは変わらないほうがいいって、俺は思うんだ」
そこに俺の気持ちを挟んで、波風を立ててもいいことは何もない。自分の気持ちを押し殺しつつ、いい男気取りで、当たり前のことをごく当たり前に話したつもりだった。だが、紗久羅は一瞬驚きの表情を見せ、ひと呼吸開けた後で、こう言ったのだ。
紗久羅:「……あの人は、今、他の女の人と住んでいるの。もう、ずっと前から」
知らなかった。そんな単純な事実を俺は考えることすらしなかった。この人のことを思う気持ちは強いが、この人のことを何も知らなかったのだ。しかし、このひと言で、すべてが変わった。
俺 :「そんなにラングラーのことが好きなら、これからもずっとこのラングラーに乗ってたらいいさ」
彼女の笑顔がこぼれた。そこに、淋しさは感じられなかった───。
[Text:安藤 修也/Photo:小林 岳夫/Model:林 紗久羅]
Bonus track
林 紗久羅(Sakura Hayashi)
1989年12月10日生まれ(29歳) 血液型:A型
出身地:東京都
2018/2019 D'STATION フレッシュエンジェルス
2018-2019 raffinee Lady
★2018 日本レースクイーン大賞 グランプリ 受賞