毎日動く81歳の「貴婦人」

(上)ローラーの上で動輪が空転する仕組み、(下)花壇に包まれ大切に展示されている

 【汐留鉄道倶楽部】戦前から終戦後まで旧国鉄で大量に製造された蒸気機関車(SL)。中でもC57は、その洗練された設計、容姿から「貴婦人」の愛称を持つ。その66号機が東京都大田区の公園で大切に静態保存されている。

 静態と書いてみたが、実は「動く」とうわさに聞いて、どういうことだろうと不思議に思い、訪ねてみた。

 JR京浜東北線大森駅東口から南に徒歩5分。東海道本線、京浜東北両線が複々線で走る線路のすぐ脇、大田区が管理する入新井西公園に到着する。それほど広くはないので、大きなSLはすぐ目に入る。ほかに真っ赤な消防車、貸し出し用の自転車を備えた子ども用周回コースや遊具などがあり、コンパクトにまとまった公園だ。

 「機関車発車時刻表」と書かれた掲示を見つけた。事前に調べておいた通り、毎日「午前12時」と「午後3時」の2回、動くらしい。

 11時50分に到着し、炭水車と合わせ全長20メートルのSLの周囲をぐるっと歩いてみた。車体は手入れが行き届いており、夏の強い日差しを受けた黒光りが映える。周囲の安全柵は低く、車体を花壇で囲んでいるため、見やすいし大切にされているのがよく分かる。階段で運転台に登ると、遊園地のアトラクションとは違う本物の大きさを体感できる。

 12時ちょうど。「ぐぐっ」とにぶい音がしたかと思うと、高さが175センチもある左右3つの動輪が静かに回り始めた。動輪をつなぐピストンがしっかり前後に大きく動いている。どうなっているのか。よく見ると動輪の下は線路でなく、直径20センチほどの鉄のローラー2つでそれぞれの動輪を支え、動輪が回ると下のローラーが逆回転するという仕組み。つまりSL全体は動かないけど、動輪が空転しているのだ。

 「ポー!」「ポー!」とけたたましく汽笛が2回鳴ると、少し離れたところで遊んでいた子どもたちが駆け寄ってきた。ご近所さんには慣れた風景なのだろうが、こうでなくちゃ。

(上)運転台に登ると大きさを実感する、(下)平日、休日ともに毎日2回の運行だ

 説明看板によると、圧縮空気でピストンを動かし動輪を回転させているのだとか。部品の摩耗を防ぐため「動輪は1分間で約6回転」と書いてあったが、実際に計ったら約16回転しており、時速で5キロちょっと。早歩きの速度だ。

 こうした動く展示方法は、1973(昭和48)年に国鉄の現役を引退し公園に保存されて以来、長く続いているのだそうだ。管理人の話では、数十カ所ポイントがある油差しは欠かさず行い、年1回、旧国鉄の技術者がやってきてメンテナンスしている。

 かつての幹線用SLは見ただけでも迫力あるが、動く動輪を間近にみられるのはなかなかなく大人でも楽しめる趣向だ。

 SLは、置いておくだけでも日々雨風に打たれ続ければさびなどで劣化は避けられず、いま全国あちこちの公園でその保存をめぐって問題になっているのが実情だ。1938年製の貴婦人66号機は、毎日動かすことで81歳とは思えない風格と艶を保っている。

 ☆共同通信・篠原啓一

 ※汐留鉄道倶楽部は、鉄道好きの共同通信社の記者、カメラマンが書いたコラム、エッセーです。

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