噴火災害の継承再認識 28年前の教訓 忘れないで

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「生きていたんだね」を合唱する児童=南島原市立大野木場小

 雲仙・普賢岳噴火の大火砕流により旧校舎が焼失して28年となる長崎県南島原市深江町の市立大野木場小(大草修三校長、122人)で13日、集会「メモリアルデー2019」があり、児童らは被災体験継承の大切さを再認識した。
 旧校舎は1991年9月15日の大火砕流で骨組みを残して焼失。現在は災害遺構として保存している。同校は噴火災害の記憶を後世に伝えようと、98年から毎年9月15日ごろに集会を開いている。
 集会は体育館であり、5年生12人が噴火による被害など学習の成果を発表。災害当時、同校5年生だった保育士の大山秀樹さん(38)が講話した。「いつか戻れると思っていた自宅と校舎が燃えたと知った時は悲しかった」と振り返り「全国からの励ましや救援物資、地域の方々の支えもあり笑顔で生活できた。28年前の噴火災害から学び、忘れないで」と呼び掛けた。
 最後に、大火砕流に焼かれながら生き残ったイチョウを歌詞にした同校の第二校歌「生きていたんだね」を児童全員で合唱。大山さんの長女で6年の華美さん(12)が「改めて噴火の恐ろしさや復興の大変さを学んだ。過去の災害や防災を学び、未来へつなげていく」と決意を述べた。