矢沢永吉「It's Just Rock'n Roll」その先にある、まだ見ぬ新境地へ 1982年 12月4日 矢沢永吉のアルバム「YAZAWA It's Just Rock'n Roll」がリリースされた日

矢沢永吉が長者番付で1位を獲得した78年に刊行された矢沢永吉激論集『成りあがり』は80年代になっても、多くの不良少年の魂の導火線として、多大な影響を与え続けた。そして、ここに書かれている生き様は、彼が率いたキャロルのロックンロールと同じく、初期衝動の熱さをそのままに、センチメンタルでドリーミーだった。

キャロルは、72年、イギリスで起こったロックンロールリバイバルのムーブメントを日本に持ち込むかたちでデビューした。

革ジャン、革パン、リーゼントというグラマラスなスタイルで長髪のミュージシャンが溢れる日本の音楽業界に風穴を空けるように。

内田裕也、ミッキー・カーティスに見出されてデビューした彼らは、73年に5ヵ月連続シングルリリースなどの快挙を成し、75年4月13日の日比谷野外音楽堂のステージを最後に解散。

4と13。この最悪な数字が並ぶ日をサイコーのステージにと矢沢はベースに日本酒を吹きかけステージに登ったという。

ほぼインプロビゼーションの演奏が続く中で、最年少メンバー内海利勝のブルースフィーリング溢れる前のめりなギターは冴えまくり、キャロルもうひとつの顔、ジョニー大倉は、これまでの活動を述懐するように「もう一度踊ろよ」とロックンロールの本質である初期衝動を見せつけ、一発かました。

切なくもメロディアス。リーゼントと革ジャンというベールでは隠し切れない内面を持ち合わせたキャロル。そして、そのルックスは、反逆の象徴であったことは言うまでもない。

そんな矢沢が、ファンの前に再び姿を現したのは75年9月21日。デビューから5か月後のことである。デビュー曲は「I LOVE YOU OK」。キャロルのイメージからは大きくかけ離れた、タキシードを着てバラードを歌う矢沢の姿があった。

キャロルで終わらなかった矢沢。「キャデラックに乗って10メートル先のタバコ屋にハイライト買いにいくことが夢です」と語った矢沢。

70年代後半から80年代の不良少年にとって、なによりのバイブルだった『成りあがり』。どんな自己啓発本やビジネス書を束ねても、これに勝るものはないと僕は今でも思っている。

ファンは、美しい矢沢のメロディの中で、『成りあがり』のサクセスストーリーに思いを馳せる。

そして、矢沢は80年代、再び勝負にでる。日本人アーティスト初の武道館単独公演を成功し、長者番付1位を獲得した後も、矢沢の夢の続きは終わらなかった。

海外進出を視野に入れて、それまでの CBSソニーから、ワーナーパイオニアに移籍。この時まだ弱小だったレコード会社に移籍してゼロからのスタートを始めた。

当時の矢沢は、トレードマークであったリーゼントの姿はなく、頬に髭をたくわえていた。服装もジーンズにTシャツといったシンプルなものをよく見かけた。余計な贅肉をすべて削ぎ落し、真向から勝負に出る矢沢。その内面が精悍な顔つきに表れていた。

そんな中、82年10月9日にリリースされた「ROCKIN’ MY HEART」も衝撃だった。そこには、タキシードを着て甘いバラードを歌う矢沢の面影は微塵もなかった。

82年といえば、まだまだ、ドメスティックなニューミュージックや、花の82年組と称されたアイドルが全盛だった時代。そんな時代に海外に目を向けて、楽曲の中に取り込んでいった代表が沢田研二と矢沢永吉だろう。

沢田研二がアダム・アントやストレイキャッツなどのイギリスニューウエィブをお茶の間に持ち込み、「ストリッパー」や「晴れのちブルーボーイ」などのヒットを放つ中、矢沢はドゥービー・ブラザーズのジョン・マクフィーらをプロデューサーとして迎え、この曲が収録された海外発売向けアルバム『YAZAWA Its just ROCK’N ROLL』を発売。より骨太なアメリカンロックを取り入れた。

驚くべきところは、このアルバムの中に収録されている「ROCKIN’ MY HEART」が矢沢が手掛けた楽曲ではないということ。自分の楽曲しか歌わないという印象が強い矢沢だが、あえてソングライティングを本場のプロに任せ、新たな挑戦を試みたところに懐の深さを感じる。

躍動感あふれるキャッチーなメロディ、アメリカの生活の中で洗練され、LAの乾いた風と大陸的なスケールの大きさを感じられるこの曲は、日本のロックという小さな枠ではくくれない、新しい扉を僕らに見せつけてくれた。

そして、飽くなき挑戦を続ける矢沢の “成りあがり” 伝説は現在進行中だ。矢沢の夢の続きは、僕らの夢の続きだ。

14歳で『成りあがり』を手にしたその日から、困難が立ちはだかった時、「矢沢ならどうする?」というのが脳裏をよぎる。だから、今日も僕はカバンの中に『成りあがり』を忍ばせる。まだまだ、これからじゃないかと自分に言い聞かせるために。

そして、ロックンロールの先にある、まだ見ぬ新境地にたどり着くために。

(敬愛を込めて敬称略。これが流儀だと思う)

※2017年6月12日に掲載された記事をアップデート

カタリベ: 本田隆

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