30億の赤字を20億の黒字にした男が挑む、「Bリーグ・川崎」アジアNo.1への道

「彼がいなかったら、30億の赤字が20億の黒字になることはなかったです」――。DeNAの南場智子会長がこう話す男性こそ、Bリーグ・川崎ブレイブサンダースの社長を務める元沢伸夫さんです。

昨年、バスケットボールの名門で東芝が母体となっていた川崎ブレイブサンダースをDeNAが承継すると、元沢さんはプロ野球の横浜DeNAベイスターズの執行役員から社長に就任。チームの歴史を研究し尊重しつつも、「選手とコーチ以外の事業については、ほぼ全部変えました」という大胆な経営手法と強いこだわりで、的確な施策を打ち続け、昨年1年で1試合平均の観客動員数は3,056人から3,701人に増やしてみせました。

横浜DeNAベイスターズで培ってきたマーケティングなどの手法や経験に、同じ川崎市に本拠地を置き成功を収めているJリーグ・川崎フロンターレの地域密着の取り組みなど、良いところをどんどん取り入れたという、元沢流改革。その神髄はどこにあるのでしょうか。


グッズ売り上げは約3倍に増加

昨季、チームは日本代表のニック・ファジーカスや篠山竜青らを擁し、優勝候補に挙げられるも、チャンピオンシップは準々決勝で敗退。チーム成績は残念な結果に終わりましたが、3年後の黒字化を目指す事業計画の1年目は経営面では上々の滑り出しとなっています。

元沢流改革の一丁目一番地は、ファンの心理を巧みにとらえた、本場さながらの演出です。

対戦相手によって価格を変えるチケット戦略も功を奏して、入場料収入は約1.5倍に。日本バスケ界では珍しいレプリカユニホームでの観戦を根づかせ、グッズの売り上げは約3倍増。会場に新設備を作ってまで導入したクラフトビールや、オリジナルフードが好調だったこともあり、飲食の売り上げも約3倍を記録しています。

最寄の武蔵小杉から徒歩25分、バスで10分弱。チームが行った調査でも7割が不満点に挙げるアクセスの悪さを超えて会場に入ると、そこはまるで別世界が広がっています。

ブレイブレッドに囲まれた試合会場

クラブカラーのブレイブレッドの布に囲まれた会場は、同じくチームカラーに近い色の照明で照らされ、おしゃれかつ一体感を醸し出します。そして見上げると、コート中央の上空にはハングモニター。スポーツ、そしてショービジネスの本場、アメリカを思わせるド派手な空間は、一昨季までの川崎にはないものでした。

スタジアムに施したベイスターズ流改革

赤字からの脱却を図りたい川崎ですが、社員削減や設備のコストダウンなど安易な道は選んでいません。クラブの社員数は約30人、Bリーグでは最大級の規模です。「3年後の黒字を目指すには、やることが多いので。逆にもう増やせないよとは言われました」と元沢社長は話します。

設備にも大枚をはたいています。会場の壁を覆うブレイブレッドの布は2000万円、照明などのホワイエ装飾は1000万円、ハングモニターには5000万円がかかっています。

「どうしても市民体育館の匂いと言うか、雰囲気が抜けない。お客さんがゲームに入りきれない」と、専用アリーナではない試合会場の問題点を認識した元沢社長。「費用対効果が絶対出るかはわからない」と考えながらも、自分の責任で巨額の投資を決断しました。

「試合のアリーナに入った時の非日常感を大事にしています。お客さんは2時間半~3時間は会場にいますので、その間にいかに楽しませるか」。エキサイティングバスケットパーク計画と銘打たれたプランの下、会場の改善に始まり、さまざまな趣向を凝らしたイベント、かける音楽も厳選し、チアリーダー、グッズ、飲食物まで、こだわりにこだわって変えていきました。

そのこだわりの1つがビール。ベイスターズにいた時に、プロスポーツ観戦におけるビールの重要性を痛感したといいます。2ヵ月以上にわたる醸造所探しに始まり、保健衛生上の問題で生ビールを出すことはできなかった試合会場に、手洗い所まで新設して販売にこぎつけました。

販売方法にもこだわり、横浜スタジアムのエース売り子というグループ企業が持つ“最高のリソース”も投入。その試合では1杯650円のクラフトビールが1,000杯近く売れたといいます。「古巣の使えるものは、なんでも使わせてもらいます」とベイスターズ時代に培った知識も経験も人脈も、総動員しています。

知名度向上へフロンターレ流どぶ板営業

次々と打つ手が当たり、昨季は大きな盛り上がりを見せたブレイブサンダース。しかしチームには、ある数字が大きな危機感としてのしかかっていました。

「1年前にwebでアンケートをしたら、25%の人しかブレイブサンダースの存在を知らなかった。8割近くが知らないということです」と元沢社長。ちなみに、川崎市にある武蔵小杉駅周辺で、試しにアンケートを行ったところ、知っていると回答した人は100人中15人しかいませんでした。

認知率約2割。ちなみに川崎市で横浜DeNAベイスターズと、Jリーグ・川崎フロンターレの認知度を聞くと8~9割が知っていると回答するといいます。

まずは多く人に知ってもらわないと始まらない。そのため、ブレイブサンダースには、Bリーグではかなり多い、4人の広報スタッフがいます。そして取っている手法は、目指すべき手本ともなっているベイスターズとフロンターレのハイブリッド。前者が得意とするマスマーケティングで大きな露出を狙いつつ、後者が実践してきた地域密着のやり取りを並行しているのです。

川崎ブレイブサンダースを率いる元沢社長

「どんなに多く見積もっても横浜DeNAベイスターズの10分の1もない」と元沢社長が話すほど少ないマーケティング予算を有効に使い、ユニホームお披露目式を、なんとライブハウスでもある「クラブチッタ」で、ファン400人を招待して大々的に行いました。

多くのメディアにも取材されて知名度も上がると同時に、その場で販売されたレプリカユニホームの売り上げは予想を大幅に超え、大成功となりました。またプロ野球では恒例となっている必勝祈願も川崎大師で行うなどして、シーズン前からマスメディアへの露出に成功しています。

一方で、地元との強い結びつきを武器にしているフロンターレにも学び、元沢社長は地域の会合などには積極的に顔を出します。社員も若手同士の交流会など、地元企業の集まりがあれば参加しているといいます。先輩スポーツクラブの良いところは、貪欲に取り入れて改善の歩みを進めています。

平均動員4000人への道

八村塁選手のNBA入りや、自力では21年ぶりとなる日本代表のワールドカップ出場、そして来年の東京五輪もあり、日本のバスケットボールはこれまで以上に盛り上がることが予想されます。今年は観客動員1試合平均4,000人以上を目指していますが、自クラブでの地道な経営努力に日本バスケ界全体の流れを加えれば、十分可能な数字です。

しかし、元沢社長の目はその先、再来年の黒字化、リーグ制覇、そしてアジアNo.1クラブへの道に向いています。

すでに川崎は、自前のアリーナを建設する構想を発表。横浜DeNAベイスターズは横浜スタジアムの運営会社を買収して、収益増強や効果的な利用に成功しています。グループ会社がチームと試合を行う施設を一括で運用するノウハウ、そしてメリットを理解しているからこそ打てる次なる一手なのです。

一方でスポーツビジネス全体のことも考え、従業員の給与などについても意欲的に上げていこうとしています。今でも横浜DeNAベイスターズと変わらない評価基準で運営されているので、業界内では決して安いことはないですが、スポーツビジネスに優秀な人間が入ってくるためにも必要なことだと認識しています。

国も成長分野ととらえているスポーツ産業。経済産業省とスポーツ庁が共同で設置した「スポーツ未来開拓会議」は、2012年に5.5兆円だったものを2025年までに15兆円まで拡大させることを目標として設定しています。そのロールモデルの1つとして川崎ブレイブサンダースが名を連ねられれば、Bリーグ、そして日本のスポーツ界はさらに盛り上がっていくはずです。

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