デッド・オア・アライヴがやって来た!ラフォーレ原宿に鳴り響くハイエナジー 1987年 10月8日 デッド・オア・アライヴが来日公演を日本武道館で開催した日

先日『back to the 80s東亜』と言うイベントに行って来た。

80年代、いわゆるディスコしか入ってない新宿の東亜会館ディスコ復活イベントで、当時中高生の溜まり場だった東亜会館を懐かしむ大人が集結。この辺の話はカタリベの本田隆氏のコラムが分かりやすいので、そちらも是非ご覧いただきたい。

8時間近いイベントの一番の盛り上がりは、やはりデッド・オア・アライヴの「ユー・スピン・ミー・ラウンド」だった。フロアが揺れる程の熱気は、当時も今も変わらない。

私は未見だが、85年に彼らがプロモーション来日してシークレットライヴを演ったディスコは、ニューヨーク・ニューヨークだった。

86年、私はラフォーレ原宿パート2というファッションビルのオープニングスタッフとしてお店を任された。

ビルのコンセプトはやはり、今は無きマガジンハウスの『オリーブ』とタイアップし、若年層狙いの比較的低価格で、フレッシュで、ガーリーな、できたばかりのブランドが多かった。

ラフォーレ原宿に比べ、フロアは小さく客層も10代中心。ロック系、古着テイスト系、元祖ロリータ系などのブランドが入っていて皆仲が良かった。

翌87年のある日、1階のショップの子から2階の私のいたショップに電話が入った。

「大変です!ボブ・マーリーみたいな人が来てそっちに行きました~!」

場所柄芸能人やモデルには慣れてるが、ボブ・マーリーは既に亡くなっているし一体誰だろう? … なんて考えていて電話を切るやいなや、凄い頭の外人が2人やって来た。

デッド・オア・アライヴのピート・バーンズとドラムのスティーブ・コイだ!

ピートはアイパッチにスパイラルパーマ、ベロアの紫のコートにエナメルのホットパンツ。フルメイクで見えてる方の目で私を凝視。かたや、スティーブはオレンジ色の髪にゴブラン柄ジャケットに革のパンツ。

「いらっしゃいませ!」と私が言うと、スティーブは「ハイ」と言ってくれたが、ピートはずっと商品といちいち私を睨む様に凝視する。

東亜会館やニューヨーク・ニューヨーク、当時ディスコでヤンキーや暴走族に睨まれる=ガンを飛ばされるより緊張感が走った。

凝視されながら先ずは私から。

「ハイ。貴方ピート・バーンズですよね。東京にはライヴで来たのですか?」と英語で言ってみた。

すると、「君の髪、本物?」

意味が分からなかった…。

当時私は黒髪ロングストレートに短い前髪、太い眉毛だった。

「本物です。地毛です」と言うと次にピートが「それ、何処で買った? 売り物か?」と聞いて来た。

“それ” とはビビアン・ウエストウッドのネックレスだ。

「私物です」

「売ってくれないか?」

「はっ? 無理です」

溜息が出る程美しい容姿とは裏腹にドスの効いた声。

多分10分位押し問答で、彼はビビアン・ウエストウッドが大好きで、友人だし、どうしてもそれが欲しいと諦めない。私は断り続け、そんなこんなしてるうちにお店の外は黒山の人だかり。制服着た中学生から多分ラフォーレにデッド・オア・アライヴがいる!と聞いて駆け付けたファン達まで、固唾を飲んで私とピートのやり取りを見ていた。

すると、隣の店から彼らの「ユー・スピン・ミー・ラウンド」が大音量でかかり、私は一気に東亜会館モードになり、ピートに「ここならまだあるかも」と、恵比寿のビビアンのショップカードを渡し踊り始めた。

ピートはファンに握手やサインを求められもみくちゃ。フロアのほとんどの店が次々とデッド・オア・アライヴをかけだした。

小さなフロアの各店に響き渡る自分の曲でピートは初めて笑った。そしてエナメルのホットパンツを見せながら上機嫌に各店をファンを引き連れて練り歩き出した。

彼らはこの時、東京は武道館での公演をはじめ、テレビの歌番組にも沢山出演。89年には、なんと東京ドームで公演している。

いわゆる洋楽ファン、ディスコからクラブ好き、おしゃれ命の美容師やファッション関係、ヤンキー系不良まで巻きこんで、パチンコ屋でもファーストフード店でもデッド・オア・アライヴがかかりまくり、皆が夢中で踊り歌う。レコードが、しかも洋楽が凄く売れていた時代だった。

さて、ラフォーレ・パート2、通称オリーブ館は1990年に閉館し、子供服のビルになる。

奇しくも同時期、デッド・オア・アライヴも活動休止からピートは整形依存になり2016年に亡くなった。そして、ずっと彼のバンドメンバーで後年も一緒にいたスティーブも2018年に亡くなっている。

ガーリーなラフォーレ・パート2で妖艶に練り歩くピートは、後々ロリータがゴスロリに枝分かれしていくきっかけになったように思えてならない。

そして、あくまでも当時のアパレル界での仮説だが、後のジュリアナ等のお立ち台で扇子を振り回していたワンレンボディコンや、とさか前髪のルーツも、ピート・バーンズの女装からの影響と見ている。

カタリベ: ロニー田中

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