白髪の時代に

 人をうらやんだ、作者不詳の一首が万葉集の巻七にある。〈福(さきわい)のいかなる人か黒髪の白くなるまで妹(いも)が声を聞く〉。どんなに幸せな人なんだろう、黒髪が白くなるまで妻の声が聞けるとは…。早くに連れ合いを亡くした人が詠んだらしい▲夫妻が共に白髪になるまで長生きするのを「ともしらが」という。一首はそのさまをうらやんだのだろう。思えば昨今、そろって長命であるのを「ともしらが」と言うことは、まずない▲日本人の平均寿命が女性で87歳を超え、男性では81歳を超えている。100歳以上は全国で7万人に初めて及んだと、先ごろの記事にある。髪の白いことが長寿を表す時代では、とうにない▲やがて「人生100年」が当たり前になるという。70歳まで雇われ、働ける社会にしようと政府は呼び掛けている。働き手の不足といった事情もあり、希望すれば長く働ける社会へとどうやら向かっている▲きょうは「敬老の日」で、お年寄りを敬い、長寿を祝う日であり、長くご壮健であることを願う日でもある。長く社会でご活躍を、と願う日にも、いずれなるのかどうか▲第二の人生を好きに歩んだり、「いつまでも現役」だったりと、人生の「白髪の時代」の過ごし方、生き方はもっと多様になるのだろう。敬い、いたわる心は変わらず持っていたい。(徹)

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