置き土産は「ドラギ・バズーカ」、日本人も無視できない欧州経済の深刻度

通貨「ユーロ」の番人、欧州中央銀行(ECB)が昨年12月に打ち切ったばかりの量的緩和政策の再開へ踏み切りました。

ECBは9月12日に開いた定例の理事会で金融緩和を決定。銀行が中央銀行に余剰資金を預ける際の金利を、現在のマイナス0.4%からマイナス0.5%へ引き下げました。同時に、11月から月200億ユーロのペースで国債などを買い入れる量的緩和政策に再び乗り出すことも決めました。

マイナス金利の深掘りをめぐっては金融市場の関係者の間でも「織り込み済み」との受け止め方が大半を占めていましたが、量的緩和の再開に関しては「サプライズ感」もあったようです。なぜ、ECBはこのタイミングで量的緩和の再開に踏み込んだのでしょうか。


ドイツ経済は「エンスト状態」?

ECBのマリオ・ドラギ総裁は11月に国際通貨基金(IMF)のクリスティーヌ・ラガルド総裁へバトンタッチします。「バズーカ砲を放って任期を終える」(フランスの新聞「ル・モンド」の電子版)のは、ユーロ圏景気の現状を厳しく見ているからです。

理事会後の会見でドラギ総裁は「景気後退(リセッション)のリスクは乏しい」としながらも「予想以上に減速感が強い」との認識を示しました。ECBは同日、今年の実質成長率見通しを従来の1.2%から1.1%、来年についても1.4%から1.2%へそれぞれ下方修正。いずれも昨年の1.9%を下回る見込みです。

会見では、財政政策への言及も目立ちました。「財政面で出動の余地がある国の政権は迅速に行動すべき」「(リーマンショック後の)危機以来、1,100万人の雇用が創出された。これは金融政策による面が大きかった。今は財政政策がバトンを引き継ぐ重要なタイミングである」……。

ドラギ総裁が念頭に置いているのは、ユーロ圏随一の経済大国であるドイツとみられます。同国の経済は「エンスト状態」(「ル・モンド」電子版)。今年4~6月期の実質国内総生産(GDP)は前期比0.1%減と、3四半期ぶりのマイナス成長を記録しました。

続く7~9月期もマイナスと2四半期連続で前期実績を割り込めば、定義上はリセッション局面入りとなります。経済分析の専門家からは「リセッションに陥るか否かの瀬戸際」などと懸念する声が上がっています。

ドイツ失速の2つの要因

ドイツ経済失速の主因は輸出の落ち込みです。米国と中国の通商摩擦激化や、英国の欧州連合(EU)離脱、いわゆる「ブレグジット」問題の長期化によって、製造業の生産が大打撃を受けています。

ユーロ圏屈指の「輸出大国」であるドイツ。GDPに対する輸出の割合は48%に達し、ライバル国であるフランス(31%)を大幅に上回っています。

高水準の輸出を支えてきたのは自動車、化学、工作機械の“御三家”です。特に自動車にはBMW、フォルクスワーゲン、高級車のメルセデスベンツでおなじみのダイムラーなど、聞き覚えのある会社が多いことと思います。

世界の自動車市場は縮小傾向。特に、米中貿易戦争のあおりでドイツ車の主要なマーケットである中国の冷え込みは深刻です。新車販売は8月で14ヵ月連続の前年割れとなりました。

「ドイツは構造的脅威に直面している」

ブレグジットの影響も軽視できません。いわゆる「合意なき離脱」の可能性が高まるのに伴い、英国への投資を手控えようとの機運が台頭。化学や工作機械などのメーカーには逆風が吹きつけています。

こうした中で勢いを増しているのが、ドイツの財政出動のシナリオ。その根底にあるのは、「世界全体に産業のサービス化の流れが強まる中で、過度に輸出へ依拠したドイツの経済モデルは陳腐化している」という見方です。

「ドイツは周期的なショックではなく、非常に大きな構造的脅威に直面している」――。著名なエコノミストはフランスの経済紙「レ・ゼコー」とのインタビューで、こう指摘しています。

「構造問題を短期間で解決するのは難しいから、ひとまず財政刺激策で景気浮揚を図るしかない」。ECBのドラギ総裁の真意は定かでありませんが、財政出動論者にはそう考えている人が少なくないかもしれません。しかし、財政規律を重んじるドイツは、今のところ、財政出動に慎重な構えをみせています。

ドラギ総裁が伝えたかったメッセージ

ECBの金融緩和決定を受けて、外国為替市場ではユーロが一時、値下がり。ところが、ドラギ総裁の会見後には、一転して買い直される展開になりました。チャート上では、下げ止まりを示唆する、長い下ヒゲを示現した格好です。

「財政出動の必要性に何度も触れたのが一因」。長年にわたって外為市場を見続けてきた専門家はそう説明します。つまり、「ドラギ総裁自身が“金融政策でできることは限られている”と思っているのではないか」と市場は解釈したというわけです。

一部の海外メディアの報道によれば、理事会ではフランス、ドイツ、オランダ、オーストリアの中銀総裁が量的緩和再開に反対したといいます。ECBが“手詰まり”状態に陥ってしまうことを恐れたのでしょうか。

ユーロ景気の“機関車”であるドイツ経済の変調、そして量的緩和政策をめぐる不協和音……。ラガルド新総裁は多くの懸案を抱えての船出になりそうです。

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