錦織圭ら一流テニス選手支える70歳「ストリンガー」  世界有数の調整力、岡山市から四大大会サポート

 ガットの素材の組み合わせや張りの強さを調整する。ラケットに重りを付けバランスを変える。日々道具が進化し、プレースタイルも変わるテニスの世界で、選手が求める使用感を柔軟に追い求める職人が岡山市にいる。市内にテニス用具店を構える檮木徹(ゆすき・とおる)さん(70)は、テニスのラケットにガットを張る世界有数の「ストリンガー」だ。

 職人歴は40年以上。「1球が思ったところに決まるかどうかで選手の人生が変わる」。全仏オープンなどの四大大会に参加し、ウィンブルドン選手権で2年連続の8強入りを果たした錦織圭選手らをサポートしてきた。大坂なおみ選手や伊達公子選手ら、携わった一流選手は多い。

 檮木さんがテニスを始めたのは20代後半から。目的は健康維持だった。店でラケットの調整を頼むと感覚がうまく合わず、次第に自分でガットを張るように。気がつくとストリンガーの仕事の奥深さに取りつかれていた。「自分以外のラケットも上手に仕上げたい」。29歳で職人になり、33歳で店を構えた。

テニスのラケットにガットを張る檮木徹さん=岡山市

 実際に仕事場を見学させてもらった。専用の器具にラケットを固定すると、縦と横の糸を慣れた手つきで絡める。普段は朗らかな印象の檮木さんだが「正しく調整しないとけがにつながる」と、作業中の表情は厳しく、真剣そのものだ。一通り張り終えると、ガットの目の形をきれいに整えた。作業は20分ほどで終わった。

 店には県内のみならず、中四国を始めとして、首都圏や東海、近畿、九州からも依頼が舞い込む。「様々なラケットやストリングに合わせ、正確な仕事を続けてきた」ことが信頼の理由。同じくストリンガーで、ウィンブルドンにも参加経験がある従業員の伊東丈典(いとう・たけのり)さん(60)とも協力しながら、依頼をこなす。

 四大大会には、世界中から屈指のストリンガーが集まって選手を支える。1993年のウィンブルドン選手権以来、檮木さんは毎年いずれかの大会に参加している。期間中、多いときは1日30本以上のラケットを調整する。

 錦織選手とはジュニア時代から親交があり、今年の全仏でも担当した。7月のウィンブルドンは自宅で観戦。「上位の牙城を崩す一歩手前。近い将来、もっと上に行くのでは」と期待する。

 必要なのは「相手が求めるものを理解できるコミュニケーション能力と洞察力」。繊細な感覚を持つ一流選手の要望を、いかに的確に実現するか。動きを見れば、自分の仕事の仕上がり具合が分かるといい「のびのびとしたプレーを見ることができると幸せ」と笑う。古希を迎えた現在も、新製品の研究や実際にボールを打って使用感を確かめることを欠かさない。

 ストリンガーの技術向上などを目指す「日本ラケットストリンガーズ協会」を90年代初めに設立した。会員は各地のコーチや用品、用具店などの関係者約130人で、現在は最高顧問を務める。「今まで蓄積してきたノウハウを伝えたい。求められたら何でもやる」

 

テニスのラケットにガットを張る檮木徹さん=岡山市

▽取材を終えて

 四大大会のほか、五輪や国内の大会にも参加し、数多くの選手に携わる檮木さん。関わったトップ選手の裏話も教えてくれた。選手の状態は道具の使い方を見れば分かる…といった内容。具体的に書けないのは非常に残念だが、ストリンガーに求められるという高度な「洞察力」と、目の肥えた職人の力がテニス界を支えていることを実感した。(共同通信=間庭智仁)

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