阪神・近本光司、赤星級の快足に侮れぬパンチ力 不遇の大学時代を乗り越え新人王候補に

今年のドラ1はものが違う。阪神タイガースのドラフト1位、近本光司は1番・センターに定着すると、自慢の快足を活かして盗塁王争いにも食い込み、セ・リーグの新人王候補として注目集めている。虎党を唸らせるルーキーは、1年目にして39盗塁を達成し盗塁王のタイトルを獲得した球団のレジェンド、赤星憲広の再来として注目を集めている。
身長170㎝の社会人野手を1位指名した阪神ドラフト戦略はここまでの活躍を見る限り大成功。“遅れてきた小柄なルーキー”のルーツに迫る。

(文=菊地高弘、写真=Getty Images)

社会人時代は5番で実績 パンチ力も侮れない

ルーキーながら今や阪神タイガースの1番打者に定着した近本光司。今季ここまで(7月1日時点)74試合に出場して18盗塁を決めている快足に注目が集まりがちだが、社会人・大阪ガスでは5番打者を任されていたことはあまり知られていない。

昨年夏、大阪ガスの橋口博一監督に、なぜ近本を5番で使うのかを聞いてみたことがある。橋口監督は、こう語っていた。

「春に近本がケガで出遅れていたときに、3番の峰下智弘、4番の土井翔平が固まっていたんです。峰下といういい3番がいて、土井はアラはあるんですけど『一発いけ!』というタイプ。峰下と近本で挟むことで、土井を保護しているイメージです。近本は去年(2017年)は3番でしたし、足が速いだけじゃなくて勝負強いので、たまったランナーを掃除してくれますしね」

クリーンアップだからといって、打撃スタイルが今と大きく異なっていたかといえば、そうではない。身長170cm、体重72kgの小柄な体で、バットを指1、2本分短く握って構える姿はいかにも非力な打者に見えるが、ひとたびスイングすれば印象は一変する。腰の入った爆発力のあるインパクトで、左打者ながらレフト方向にも大きな打球を飛ばした。スカウトはこういう選手のことを「小力(こぢから)がある」と評する。

橋口監督は近本の打撃について、こうも語っている。

「めちゃくちゃ飛ばしますよ。パンチ力があるから、公式戦で何本もホームランを打っています」

阪神入団後もしっかりとバットを振り切り、長打力でもアピールしている。本人も社会人時代に「このスタイルは幼少期から変わらない」と語っていた。

「野球を始めた頃から体は小さかったですけど、ボールを遠くに飛ばそうという意識は変わりません。常にしっかりと振ることを心がけています」

ケガに泣かされ続けた不遇の大学時代を越えて

足があって打撃力も高い。そんな有望選手がピックアップされずに社会人まで進んだ理由は、体格的に恵まれなかったからだけではない。関西学院大時代から能力は高くとも、驚くほど故障が多かったのだ。近本は社会人当時、こう証言していた。

「大学2年まではピッチャーだったんですけど、ヒジ・肩を痛めて3年から外野手に転向しました。最初はいい結果が出たんですけど、秋に足をケガして、4年のときは春・秋とも右ヒジにデッドボールを受けて出られませんでした」

近本がシーズンを通して活躍できたのは、大学3年春だけ。13試合に出場して、打率.379、0本塁打、7打点、10盗塁。その暴れっぷりが大阪ガス関係者の目に止まり、内定につながった。近本は「ケガする前に声をかけられてラッキーでした」とも語っていた。

近本の名前が一躍クローズアップされるようになったのは、昨夏の都市対抗野球大会だった。アマチュア最高峰の晴れ舞台で、近本は走攻守に実力を見せつけた。

準々決勝で対戦したのは、前年の優勝チームであるNTT東日本(東京都)。2点ビハインドを追う6回、1死一・三塁でこんなシーンがあった。

打席の近本はフルスイングし、人工芝に叩きつけるサード正面のゴロを打つ。打球を処理したサードは併殺を狙って二塁へ転送。しかし、セカンドからファーストにボールがわたる頃には、近本は余裕で一塁ベースを駆け抜けていた。

併殺崩れで1点差とすると、近本は即座にスチールに成功。さらに動揺した投手が暴投を犯して三塁まで進む。

ここで相手捕手がまたも投球を後ろに逸らした。ホームに還るには微妙なタイミングに見えたが、近本のスタートに迷いはなかった。

「キャッチャーがボールを一瞬見失ったのと、ピッチャーがベースカバーに入るのが遅れたので、『いける』と思いました。監督からは『積極的なプレーをしよう』と言われていましたし、アウトになるなら先の塁でアウトになろうと思っていたので」

結果は見事セーフ。近本のアグレッシブな姿勢が2得点につながり、勢いづいた大阪ガスは前年チャンピオンに逆転勝利を収める。

この大会で近本は「調子はよくなかった」と言いながらも、5試合で打率.524、1本塁打、5打点、4盗塁とチームの勝利に貢献する。大阪ガスは都市対抗制覇を成し遂げ、近本はMVPに相当する「橋戸賞」を受賞する。

新人王候補が“外れ外れ1位”まで残っていた理由

アマチュア最高峰で結果を残したといっても、それまで故障がちだった選手である。現にヒジの故障歴があり、今も力強い送球ができるわけではない。2018年のドラフト上位候補にあがっていても、よほど外野手層が枯渇している球団でない限り、近本が1位指名されることはないと思われた。

ところが、藤原恭大(大阪桐蔭高→ロッテ)、辰己涼介(立命館大→楽天)と2度にわたって外野手を指名しながらクジに嫌われた阪神が、“外れ外れ1位”で近本を指名する。前年度にリーグ最下位に沈み、金本知憲監督から矢野燿大監督へと交代したばかりの新体制でのドラフト1位である。阪神という球界屈指の人気球団でもあり、近本にかかる期待は必然的に大きくなった。

しかし、ルーキーイヤーのここまでの活躍を見る限り、近本は期待以上の成績をあげている。74試合に出場して、打率.264、6本塁打、24打点、18盗塁(7月1日現在)。5月2日には1試合3盗塁を記録。球団新人記録となる13試合連続安打もマークした。不安視されたスローイングも、コンパクトな動作と正確なコントロールで5補殺を記録している。

入団前に中学時代の同級生と結婚しており、いわば既婚者ルーキー。このまま大きな故障なくシーズンを過ごせたら、新人王候補筆頭になるのは間違いない。

たとえ体が小さくても、プレーまで小さくすることはない。近本が阪神で活躍すればするほど、波及効果は大きくなることだろう。その力強いスイング、目にも止まらぬスピードには、人々をとりこにするだけの魅力がある。

<了>

PROFILE
近本光司(ちかもと・こうじ)

兵庫県淡路島で生まれ育ち、淡路市立東浦中では軟式野球部に所属。社高では主に投手、外野手としてプレーした。関西学院大では3年時に投手から外野手に転向するも、相次ぐ故障に見舞われ、卒業後は社会人の強豪・大阪ガスに入社する。2018年の都市対抗で打率.524を記録するなど橋戸賞(MVP)を受賞した。同年秋のドラフト会議で阪神タイガースからドラフト1位指名され入団。現在は不動の1番打者としてチームを牽引する。

(初出で編集部が追記した打率データに誤りがありました。訂正してお詫びいたします)

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