「サッカーファンこそラグビーW杯を楽しめ!」 両競技ジャーナリストが語る、知られざる逸話

9月20日、ついにここ日本でラグビーワールドカップ2019が開催される。「世界3大スポーツイベント」にも数えられるこのビッグイベントは、もちろん“ラグビー”の祭典だ。だが、ラグビージャーナリストの永田洋光氏と、サッカージャーナリストの中山淳氏は、あえて声を大にして言う。

「サッカーファンこそ、今回のラグビーワールドカップを一番エンジョイできる!」と。

その理由は、同じ“フットボール”をルーツに持つこの2つの競技の逸話を知ることで見えてくる――。

(対談=永田洋光&中山淳、構成=永田洋光、写真=Getty Images)

世界的には珍しい? サッカーとラグビーを分けて考える日本

ついに日本でラグビーワールドカップ2019が開催されますが、お二人はこの大会をどのように見ていますか?

中山:これは僕の持論ですが、これから始まるラグビーワールドカップを盛り上げるには、サッカーファンに関心を持ってもらうのが一番手っ取り早いと思っています。

それなのに、ジャーナリストは最近少しずつクロスするようになってきましたが、サッカーとラグビーの両方を楽しんでいるファンはまだ少ない印象です。僕の場合、高校時代の部室の隣がラグビー部で、ラグビー部の友達にキックを教えたり、一緒に練習をしたりした経験があったので、ラグビーは身近なスポーツでした。もっとも、当時はラグビーの方が圧倒的に人気スポーツでしたけどね(笑)。

その後、2011年のラグビーワールドカップ・ニュージーランド大会の前に、ラグビー雑誌の立ち上げに携わり、その頃から2つのフットボールには共通項が多いし、ファンがもう少しクロスすればいいのに――という話をよく永田さんとしていましたね。

永田:今回のワールドカップで言えば、9月21日にフランス対アルゼンチンという試合が予定されていますが、この両国はサッカーもラグビーも強くて、しかも、サッカーファンとラグビーファンの間に垣根がない。しかも、この試合は、「死のプール」と呼ばれるプールCの行方を左右する大切な一戦でもある。両国のファンは、本当に垣根を越えて、熱狂的な応援をするでしょうね。

最近のワールドカップの国際映像では、アルゼンチンのライトブルーと白の縦縞のサッカージャージを着たサポーターと、同じ色の横縞のラグビージャージを着たサポーターが、一緒に肩組んでビールを呑みながら応援している姿を抜くのが“お約束”みたいになっています(笑)。たぶんこの試合でも、その姿が見られるのではないかな。

フランスも、地元開催でジネディーヌ・ジダンが大活躍して優勝した1998年FIFAワールドカップの翌99年、ラグビーワールドカップ・ウェールズ大会でも優勝して「2つのフットボールの世界一」になろうと本気で狙っていました。

しかも、実際に不利の下馬評を覆して、準決勝でニュージーランドから劇的な勝利を挙げて決勝に進出している。残念ながら、オーストラリアに敗れて優勝はできませんでしたが。

こちらも、サッカーファン、ラグビーファンといった区別がほとんどなく、『ラ・マルセイエーズ』が流れたら、全員が一緒に歌ってナショナルチームを応援するような特徴がありますね。

サッカーとラグビーを、「フットボール」とひとくくりにしないで、分けて考えている日本の方が、世界的には意外に珍しいということですね。

永田:サッカーファンの間では、まだラグビーワールドカップの認知度は低いですか?

中山:前回2015年のラグビーワールドカップ・イングランド大会で日本が大活躍したので、認知度はそれなりに上がっていると思います。でも、まだ「サッカーとラグビーは違う」と言って、どちらかというとラグビーを見ないファンの方が多く、逆にラグビーファンもサッカーを見ない人が多いと思いますし、伝統的な垣根はまだありますね。

ただ、実際のプレーヤーの間では、そういう垣根はないと思いますよ。両方プレーした経験を持つ選手が多いですしね。

その点で、日本のサッカーファンは、Jリーグがスタートした1993年以降に「見るスポーツ」として入ってきた人が多いので、まだ両者は別物という考えが根強いのでしょうね。それが、サッカーのワールドカップはイメージできるけど、ラグビーのワールドカップについて「なに、それ?」みたいな反応につながっているのかもしれません。

まさか2つのスポーツが同じルーツからスタートしたとは考えていない。

永田:ラグビーは、昭和の時代にドメスティックな人気スポーツになってしまったので、妙にプライドが高いところがありますからね(笑)。

ところが、Jリーグが始まって人気をさらわれ、さらにおへそを曲げてしまった。だから、マーケティングという発想が全然発達しなかった。プロモーションも下手だし、今、大慌てしているのは、そういう歴史があるからです。

代表チームを、ワールドカップが始まるずっと前から広くスポーツファンに知ってもらうよう、いろいろと策を打ち出したのは、2015年大会で代表を率いたエディー・ジョーンズさんがヘッドコーチになってからです。でも、それもステップ・バイ・ステップで、Jリーグが始まったときのような、一気に認知度が上がるような衝撃はなかったですね。南アフリカに勝って、ようやく……というところでしょう。

サッカーファンはワールドカップの楽しみ方を知っている

永田:中山さんがおっしゃっていた、選手には垣根がないということについて言えば、今回のラグビー日本代表で司令塔を務める田村優は、中学校までずっとサッカーをやっていました。

中山:五郎丸歩もそうですね。以前取材したことがある元日本代表の栗原徹さんも、バルセロナの大ファンで、ペップ・グアルディオラの話に興味津々でした。そういう人がラグビー界には多いですね。

永田:それから、一度、北澤豪さんにお話をうかがったときに、サッカーの選手が今フィジカルの強化を図っていて、自分がやっているトレーニングでどのような効果が得られるかを確かめるために、ラグビーやアメリカンフットボールの試合を見に行くと聞きました。

現場の選手たちは、そうやってどんどん垣根を越えているんですけどね。

中山:そんな垣根をなくすいい機会が、今回のラグビーワールドカップでしょう。

今回のラグビーワールドカップも、海外からニュージーランド人やアイルランド人、ロシア人……とサポーターがいっぱいやってくる。そういうイベントは、オリンピックではなくて、やはりサッカーのワールドカップであり、ラグビーのワールドカップなんです。今回のワールドカップも、たとえチケットが買えなくても、街中のパブやファンゾーンで試合を見られるし、道を歩いていても、サポーター同士が出会えばハイタッチができるような雰囲気になるでしょう。

だからサッカーファンこそ、この大会を一番エンジョイできる条件や潜在的な能力を持っているんですよ。競技で言えば、両者には共通性があるし、実際、サッカーワールドカップを現地まで見に行って、そういう経験を持った人も多いと思います。特に、2002年の日韓ワールドカップを経験した人は、ワールドカップがどんなに熱狂的な大会になるかを十分にわかっていますからね。

僕は、ラグビーワールドカップを現地で見るのは今回が初めてですけど、サッカーのワールドカップと同じようなノリになるのは予想がつくので、スタジアムに行けない場合は街に出るのが一番楽しめると考えています。

なので、チケットを持っていないサッカーファンも積極的に街に出て、パブやファンゾーンをフルに活用すべきでしょう。もう、2002年の再現ですよ! 例えば、アルゼンチンのラグビーサポーターに、「メッシ」の名前を出して話しかければ、大喜びすると思いますよ。それが一つのきっかけになってコミュニケーションも取れる。

そうやって同じ場、同じ時間を海外から来たファンと一緒になって、すんなり共有できるのがサッカーファンの強みでしょうね。

永田:日本でも、サッカーファンが、ブルーのレプリカジャージを着て、ラグビーの試合を見に行けばいいんですよ。ラグビー日本代表のセカンドジャージもブルーだし(笑)。

本来ならば、ラグビーの方からサッカーファンにそういうアプローチを仕掛ければいいのですが、ラグビー側は、すぐに「ノーサイドの精神とは」みたいなラグビー用語でプロモーションを行おうとする。だから、ラグビーの枠を越えて、言葉が届いていない。

早くからサッカーファンにラグビー側からメッセージが届いていれば、このワールドカップはもっと面白く、かつすごいムーブメントになったと思いますよ。

中山:前回のラグビーワールドカップで“五郎丸ブーム”が起こったときに、それをきっかけにうまく活用できればよかったのですが、現実的にそれができなかった。

永田:ラグビー界のなかで急増したファンですら、うまく扱えなかったですからね。

ワールドカップは歴史をたどれば「ビールを呑むためのお祭り」?

永田:最近、ラグビーワールドカップではサッカーのワールドカップに比べて、大会期間中のビールの消費量が6倍という数字が、いろいろなところに出ていますが、サッカーの場合は、会場でビールを呑むことがかなり厳しく規制されるのですか?

中山:時代によって変化しています。

確かに2000年のUEFA EURO(欧州選手権)で酔っ払ったイングランドファンが暴れてから大きな問題になって、一時はスタジアムや周辺でアルコールの飲酒が禁止になった時期がありましたが、現在はワールドカップはバドワイザーが、EUROは前回大会までカールスバーグがスポンサーになっていますから、スタジアムで飲めるようになっています。アルコール度数を下げて販売するケースもありますが、そもそもイングランド人もドイツ人も、試合前に街中でビールを呑むのが基本パターンですからね(笑)。

2002年ワールドカップの時は、アイルランドのサポーターが街中のパブに乗り込んでビールを呑んでいて、それがちょっとした話題になりました。僕の知り合いにも、あのとき仕事帰りにパブに寄って彼らと呑んで、それ以来アイルランド人がすごく好きになった人がいます。あの大会は、アイルランドがかなり活躍したので、一気にファンが増えましたね。

永田:確かにあのときのアイルランドは頑張りましたね。

で、なぜこういうビールの話をしたかというと、そもそも「フットボールとは?」という話に入ろうと思っているからです。

ラグビーのワールドカップがどういう大会なのかをまだわかっていない人がたくさんいると思いますが、この大会は、ザックリと言ってしまえば、世界中のラグビーファンが試合をサカナにビールを呑むためのお祭りである――僕は、ラグビーワールドカップの定義はそれでいいと考えています。同様に、サッカーワールドカップの定義もそれでいいと思う。

なぜかと言えば、サッカーとラグビーの母体となったフットボールが、まさにそういった「お祭り」だったからです。この、中世に行なわれていたフットボールを「競技」と考えるから話がおかしくなっていくわけで、要は村のお祭りです。

以前、NHKがシュローヴタイド・フットボールの様子を放送したことがありました。

これは、イングランドで今も昔と同じやり方で行われているフットボールですが、どういうフットボールかというと、街の住民7000人を「アッパーズ」と「ダウナーズ」の2つに分けて、1つのボールで争う。当然、村のお祭りだから、みんな途中でビールを呑むし、終わればまたガンガン呑む。冬の終わりに、新しい年の収穫を願って行われるのですが、冬の間に思うように動かせなかった身体をどんどん動かしてビールを美味しく呑むといったことが目的のように感じられました。

こうした各地のフットボールが、統一ルールを決める過程でサッカーとラグビーに分かれていくのですが、ルーツがそういうところにあることをわかれば、サッカーワールドカップもラグビーワールドカップも、ビールを呑むためのお祭りであると考える理由が納得してもらえると思います。

その点で、フーリガン騒動でビールが規制されたサッカーは、ちょっとかわいそうだなと思っていました。

中山:でも、現場ではみんなビールを呑んでいますよ。ただ、危険な……というか、一部の国、特にイングランドですが、そういう国の試合があるときは、周りのお店が早く閉まることはありますね。過去にたくさん問題がありましたから。

でも、2018年のロシア大会もそうでしたけど、お店は試合前から開いていて、みんな普通にビールを呑んでいました。2016年のEUROのときに、マルセイユでロシア人とイングランド人の間でケンカが起こり、街で暴れた事件はありましたが、最近は暴れる人も減っています。

そういう一部の人間を除けば、サッカーワールドカップも、みんなでお酒を呑んでフレンドリーに交流する場であることに変わりはありません。

永田:そうなんですよね。同じルーツを持っているから、それほど大きな違いはないんですよ。

ラグビー界は、誇らしげに「ノーサイドの精神」みたいなことをよく言いますが、それこそ2002年の日韓大会の3位決定戦でトルコと韓国が壮絶な試合をしたときには、試合終了と同時に両国の選手がすぐにユニフォームの交換をして抱き合っていた。あの場面を見て、「ラグビーと同じだな」と思ったことを覚えています。形式的なジャージ交換ではありませんでしたね。

中山:もともとサッカーも、ラグビーと同じようにフェアプレーの精神を持った競技ですしね。

ただ、競技の特性としてサッカーはラグビーほど危険を伴わないために、ルールがそれほど細かくないし、審判に文句を言ったり選手同士が小競り合いをしたりする。そういう場面で客席が盛り上がることもある。観客層に、労働者階級が多いというのも影響しているのかもしれませんが。

ラグビーでは、試合が終われば、勝っても負けても両チームが必ず花道を作りますけど、サッカーにも、そういう伝統はあります。ただ、ワールドカップのような舞台では、あまりそういう場面が見られなくなった。基本的には柄が悪いので(笑)、そういう伝統がだんだん薄れていったんです。試合が終わったあとに、通路でケンカをするようなこともありますからね。

永田:まあでも、暴力反対は正しいのだけれども、一方で人間には暴力的な衝動もある――という前提に立って言えば、フットボールは、基本的に「ケンカ祭り」みたいなものです。だからこそ、暴力をコントロールするためのルールを作ろうというような、一つの合意形成を目指したところがある。それが、フットボールに内在する乱暴さと、フェアプレーとのバランスを取るような形で、今のサッカーやラグビーに受け継がれているのでしょう。

ラグビーワールドカップ初開催がサッカーから57年も遅れた意外な理由

永田:フットボールの歴史について言えば、これは村のお祭りだったことからもわかるように、統一ルールがなくて、それぞれの村や地域で独自のルールを作っていた。

それが、鉄道網が発達した19世紀に、統一ルールを作ろうという話し合いの場が持たれた。1863年のことです。そのなかで手の使用を認めるかどうかでもめにもめて、手の使用を主張するグループが会議から席を立った。そのとき、話し合いの場に残った、手の使用を認めないグループが、では自分たちは「FOOTBALL ASSOCIATION(FA/イングランドサッカー協会)」と名乗ることにしようと宣言して、“association football”、つまりサッカーが生まれた。

手の使用を主張したグループも、8年後の1871年にようやく統一ルールを成文化して、「RUGBY FOOTBALL UNION(RFU/イングランドラグビー協会)」を設立。スコットランドとの間で、史上初めてのテストマッチも行いました。

ところが、この年にFAがやってくれたわけですね、FAカップという大会を。

中山:FAカップは、決勝戦が1872年に行われたので、その年が始まりといわれていますが、調べてみたら、1回戦は前の年、つまり1871年11月に始まっているんですね。

永田:つまり、ラグビーの総本山RFUがようやくルールを成文化して普及に乗り出そうとしたところに、サッカーが画期的な大会をぶつけてきた。だから、それ以来ラグビーは「カップ戦」という試合形式を長く禁じた。1987年にワールドカップを開催するまで、テストマッチは第三国で行うことができなかったのです。

それが、FAカップの影響というわけですか?

永田:というか、“腹いせ”みたいなモノだったのかもしれない(笑)。

サッカーとラグビーに分化する前のフットボールは、それぞれの地域で独自のルールがあったので、ホーム&アウェーが原則でした。つまり、東京代表のフットボールチームが神奈川代表のチームと試合をする場合は、東京が神奈川に遠征したときには神奈川ルールで、逆に神奈川が東京に遠征したときには東京ルールで、試合を行なっていた。当然、自分たちのルールでやるホーム側が圧倒的に有利で勝つ場合が多いわけですが、これはどちらが強いかではなく、お互いにどれだけいい準備をしたかを示すことに意味があったと考えられていたから成立していました。

ところが、FAカップは、アソシエーション式の統一ルールで、3チーム以上が集まって、どのチームが一番強いかを決める大会だった。

このフォーマットはそれまでのホーム&アウェー方式しか知らなかった人々に衝撃を与えた。つまり、史上初の試みだったわけです。だから、人気が沸騰して、ヨーロッパにもすぐに波及した。それが、ラグビーにとっては、まあ、面白くなかったのでしょう。

中山:産業革命以降、社会のインフラが整備されるにつれて、人気が広がりやすい状況が生まれたことも、サッカーの追い風になったのでしょうね。労働者階級に大きく広がった結果、より広い地域で、より多くの人によってプレーされるようになったわけです。それも、FAカップ開催に至った要因だといわれています。

ただ、FAカップを「カップ戦」として残す一方で、現在のプレミアリーグもそうですが、ホーム&アウェーの伝統も残している。つまり、2つのフォーマットを使い分けて、それぞれの違う価値を尊重しているのです。

永田:ラグビーは、労働者が仕事を休んでプレーした場合に受け取れなかった日給を支払う、休業補償を認めなかったので、労働者階級に広がらなかったわけですね。

これは、ルール制定の話にも関連するのですが、アソシエーション式ルールを主張したのはケンブリッジ大学やイートン校など、爵位を持つような人たちの子どもが通う名門校でした。一方、ラグビー派は、ラグビー校をはじめとして、多くが産業革命以降に富を手に入れたアッパーミドルクラスといわれる人たちの子どもが通ういわば新興のパブリックスクールでした。

当時の英国は労働条件が劣悪で、ストライキのような争議が頻繁に起こっていましたが、そういう社会情勢で、ラグビーのような激しいコンタクトが起こるスポーツを、ルールを決めた人たちは、本音では労働者と一緒にプレーしたくなかった。

休業補償を認めずにアマチュアリズムにこだわった背景には、そうした労働者階級を巧妙に排除する狙いがあったのではないかといわれています。

一方のアソシエーション派の中心である爵位を持っているような人たちは、労働者階級とは直接的な利害関係がないし、しかも、手を使わないルールだから密集戦も起こらず、コンタクトもラグビーほど激しくはない。そうした背景があって、労働者が参加することに寛容だったのではないかとみられています。

そして、結果的にはそれが、世界的に普及する要因にもなった。

中山:そうですね。ヨーロッパから、移民や植民地を通じて世界に広がり、南米大陸でも盛んになった。そこで、世界で一番強いのはどこかを決めたい思いがあって、「ワールドカップ」という大会を考えたわけです。

大会の名前も、世界選手権を意味する「チャンピオンシップ」にするか、「ワールドカップ」にするかでかなり議論があったのですが、ワールドカップを立ち上げたフランス人のジュール・リメが、「カップ」という名前にこだわって、スタートしました。

英国4協会(イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランド)は、1930年に南米大陸のウルグアイで行なわれた第1回大会から、1938年にフランスで行われた第3回大会まで参加しなかったのですが、フランスが大会の開催を積極的に推し進めたわけです。

永田:フランスは、ラグビーワールドカップを立ち上げるときも、ニュージーランドやオーストラリアと一緒に積極推進派でしたね。

中山:新しいことが好きなんですよ。EUROやUEFAチャンピオンズカップ(現・UEFAチャンピオンズリーグ)を創設したのもフランス人ですしね。

永田:ラグビーについて言えば、1984年にピーター・ユベロスが、ロサンゼルスオリンピックでスポーツをビジネスとして成立させられることを証明したのも大きかった。それがワールドカップ推進派の背中を押した形になりましたね。

中山:当時のラグビーは、まだアマチュアですよね?

永田:そうです。

つまり、歴史的に見れば、カップ戦に敵がい心を持ってホーム&アウェーを頑固に守り、プロ化も認めなかったのがラグビーですから、サッカーから57年も遅れてようやくワールドカップ開催にこぎ着けたのも無理がない――という話です。ところが、開催したとたんに、どんどんグローバル化が進んで、今ではサッカーワールドカップ、夏のオリンピックとともに「世界3大スポーツイベント」といわれている。

いわば歴史的な矛盾の産物が、これから始まるラグビーワールドカップなんです。

<了>

[PROFILE]
永田洋光(ながた・ひろみつ)
1957年生まれ。出版社勤務を経て1988年にフリーになり、ラグビーを中心に執筆活動を続ける。2007年に『勝つことのみが善である 宿澤広朗 全戦全勝の哲学』(ぴあ)で、ミズノスポーツライター賞を受賞。2010年に編集長として週刊メールマガジン『ラグビー! ラグビー!』を立ち上げ、現在に至る。著書に『新・ラグビーの逆襲 日本ラグビーが「世界」をとる日』(言視舎)、共著に『そして、世界が震えた。ラグビーW杯2015「Number」傑作選』(文藝春秋)などがある。

[PROFILE]
中山淳(なかやま・あつし)
1970年生まれ。『ワールドサッカーグラフィック』編集長を経て、2005年に独立。サッカージャーナリストとして専門誌、スポーツ誌、Web媒体に寄稿する他、DAZN海外サッカー中継の解説およびJ SPORTS「Foot!」のコメンテーターを務める。紙媒体やデジタルコンテンツの編集・制作を行う有限会社アルマンド代表。同社発行の『フットボールライフ・ゼロ』の編集発行人。

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