西成で、おっちゃんたちが詠む歌は  警察署があいりん地区の詩集発行 怖いイメージ、実は人情味

大阪府警西成署が発行している「あいりん労働者の詩集」

 安い簡易宿泊所(ドヤ)が並び、路上にはホームレスの人たちが寝床にする段ボールが敷かれている。日本最大級の日雇い労働者の街として知られる大阪市西成区のあいりん地区。酒に酔ったのか、ひげが伸び切った男性同士が平日の昼間から取っ組み合いのけんかを繰り広げる。違法薬物が公然と売買されてきた歴史もあり、いつしか近寄りがたい場所と認識されるようになった。

 所轄の大阪府警西成署もかつては暴動で襲われたことがあったが、実は地道に続けているユニークな取り組みがある。労働者の短歌や俳句をまとめた詩集の発行や、衣類の無償提供だ。署の担当者は「世間から懸け離れた場所と思われがちだが、実際は違う。人情味にあふれる面が多い」と話す。

 ▽無料の「バーゲン」
 
「おっちゃん、そのシャツ似合うで。持って行き」「勝手に売ったらあかんよ。大事に使いや」

大阪府警西成署と地域住民でつくる団体による、地元の公園での衣類などの無償提供

 7月上旬、地元の公園に労働者ら約300人が集まった。お目当ては、西成署と地域住民でつくる「あいりんクリーン推進協議会」による衣類などの無償提供。夏本番を控え、全国から送られた肌着や日用品を労働者らが次々と受け取っていく。

 あいりん地区はJR新今宮駅南側の一帯約0・6平方キロメートルを指し、旧地名の「釜ケ崎」とも呼ばれる。近年は安価な宿を求めてやってくる訪日外国人の姿も見られる。路上生活者が多いため、署は衣類の寄付を随時受け付けている。毎年数千点が届いている。

 署で直接もらうこともでき、その場合は身分証の提示が必要で月に1回という制限が付く。毎年夏と冬の2回だけは無条件で持ち帰り自由のため、この日を楽しみにしていたという初老の男性は「バーゲンセールみたいなもんだ。ただでもらえるなんてぜいたく。ほんとありがたいよ」と感謝を口にした。

 ▽「心打たれる」と署員

 1960年代以降、警察官に不満を募らせた労働者が署を襲うなど、たびたび発生した「西成暴動」。署が労働者をいたわって関係を築こうと75年から始めたのが、年1回の「あいりん労働者の詩集」発行だ。時節に合わせ詠んだ俳句や短歌、川柳などを署に持ち込んでもらう。

 昨年末はカレンダー付きで約30ページのA4判冊子を700部印刷し、衣服の寄付団体や地域住民に配った。担当する同署防犯コーナーの上和幸(かみ・かずゆき)室長は「全国の警察署の中でも唯一の取り組み」と話す。

 西成署の犯罪認知件数は大阪府内でもトップクラスの多さだが、さまざまな事情から出自や経歴を普段明かさない労働者の心情の吐露に、署員らは「心打たれることばかりだ」と口をそろえる。

 ▽83歳、妻に先立たれ

 「形式がめちゃくちゃな俳句とかも多い。でも、添削すると『勝手に変えるな』と怒られちゃうんですよ」。あいりん地区で句会を長年開催してきたことから約15年間、詩集の編集に携わる松浦春治(まつうら・しゅんじ)さん(80)は、選考者としての苦労を笑いながら語る。

 年間500首程度の応募作に目を通す松浦さん。寄せられる作品は自然を題材にしながらも、人生観を想起させるものが多いという。「壮絶な体験をした人も多いのだろう。一番勉強になったのは僕自身だ」

あいりん地区にある共同住宅で、自身の作品が掲載された詩集を眺める男性。約10年間「あいりん労働者の詩集」に投稿を続ける

 あいりん地区で約10年間、年金と日雇い労働の稼ぎで生活を続ける男性(83)も詠み人の一人。出身地の北海道にちなんだ「北海護(ほっかい・まもる)」のペンネームで、先立った妻や故郷の家族に思いをはせ、俳句や短歌を詠んできた。

 北海さんは、脳梗塞で倒れた妻の介護のため、長年続けた仕事を退職。貯金が尽きて家を退去させられ、6畳一間の共同住宅にたどり着いた。

 衣類の無償提供を受けようと署に立ち寄った際、警察官に誘われたのがきっかけでこれまで200首以上を寄せた。詩集には自身の作品が多数収録されている。

 「世の中に 辛い試練も ありしけど 人の情が 心をいやす」

 「父母に もらいし命 最後まで 感謝忘れず 世のため生きる」

 優秀作として署に飾られたこともあった。「自暴自棄になっていた時、やりがいを見つけた。まともに生きてたら人生楽しいもんだよ」。詩集のページをめくりながら、笑顔でそう話した。

西成署の正面玄関に飾られた「あいりん労働者の詩集」からの作品

 ▽取材を終えて

 事件や事故の取材で西成署を頻繁に訪問するうちに、正面玄関に大きく飾られた短歌に気づいた。「交通標語でもないのに何なんだろう」。素朴な疑問を署の幹部にぶつけると、意外な取り組みを教えてくれた。地元の図書館に足を運び、労働者の詩集を手にした。どこか悲壮感が漂う一方で、生きることに前向きなことを感じさせる作品の数々。一人の読者として楽しめるものばかりだった。

 「お騒がせな人が多くて疲れる。だけど彼らにも地元愛はある。立場は違うが、一緒に地域の治安を守っていきたい」。日々の業務に忙殺されながらも、笑顔で語る署員の姿に心が温まった。 大阪生まれの私にとって、あいりん地区は「危険な場所」という先入観を捨てきれないでいた。取材を通じてそのイメージを拭い去ることができた。ただ、ここには目を背けたくなるくらい、貧しく劣悪な環境で日々をしのいでいる人たちがいるのも現実だ。格差社会の象徴のような街で、彼らの生きた声を一つでも多く拾い上げたいと思う。(共同通信=須賀達也)

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