自宅で最期を迎える人は12.6%、死をめぐる日本の課題

人生の最期を住み慣れた自宅で迎えたいと考える人は多いと思いますが、自宅で亡くなった人の割合は12.6%に留まるといいます。

その低い割合は、自宅で迎える最期がどのようなものか、十分に想像できないことも影響しているかもしれません。9月21日公開の映画「人生をしまう時間(とき)」は、在宅で最期を迎える人々の姿がまざまざと映し出されています。


元東大病院の外科医の挑戦

人生の最期を病院ではなく、住み慣れた家で迎えたい。多くの人がそう願いますが、実際にそうしようとすると、さまざまな問題が立ちはだかります。もし、深夜や家族の不在時に容態が急変したら? 自宅では十分な医療を施せないのではないか? そのように思うことから、たとえ当人や配偶者が納得していても、親族が在宅医療に反対することもあるでしょう。

自宅で迎える最期は、どのようなものなのでしょうか。9月21日から公開される映画「人生をしまう時間(とき)」は、在宅の終末期医療に身を捧げる医師と、その患者および家族に密着したドキュメンタリーです。

小堀鴎一郎医師。80歳。埼玉県新座市の堀ノ内病院で在宅医療に携わる小堀医師は、森鴎外の孫でもあります。かつては東大病院の名外科医として、年間千件以上の手術を執刀していました。その小堀医師が在宅医療を始めたのは、東大病院を定年した、67歳のとき。外科医としては職人的になりすぎ、ひとりひとりの患者に十分に接することができなかったという思いが、第二の人生としての訪問診療に小堀医師を駆り立てたといいます。

最期を家族と共に過ごす患者の姿

対象とする高齢者にはその言葉のほうが馴染みがいいため、小堀医師はあえて「往診」という言葉を使うことも多いそうです。患者とのやり取りは歯に衣着せず、ざっくばらんな言葉が飛び交います。小堀医師は、ひとりひとりの患者の生活と人生に向き合い続けています。

カメラは小堀医師が訪問診療する患者の最期の直前まで捉え続けます。あるクリスチャンの患者は、最期に祈りの儀式を行ないたいという望みを持ちます。小堀医師は、自ら神父を探し、儀式の場に自らも参加します。

全盲の娘と暮らしている、高齢の父親がいます。障害がある娘を大切に育ててきた父親が、いま娘に支えられながら暮らしています。父親が最期を迎えようとするとき、小堀医師は娘に父親の喉を触らせて、その最期の息吹を感じ取らせようとします。死をありのままに受け入れ、共有するありかたが、そこにはあります。

ある女性患者は、夫に支えられながら生活しているものの、階段の上り下りができなくなり、1年以上2階の部屋から出ない生活を送っていましたが、介護サービスが入ることで、2年ぶりの入浴を経験します。だが、女性はむしろ不機嫌そうに、風呂は「もういいよ」と言い、介護ベッドで眠るようになってから身体が痛くなったと不満を漏らします。

それを小堀医師は、周囲から与えられた環境に自分を合わせることの心理的窮屈さから来ているのだろうと想像します。介護する側の望みと介護される側の望みに間に生じる微妙なずれ。その違和感について、小堀医師が自覚的であろうとしていることが伝わってきます。

「施設から在宅へ」の方針は誰のためか

この映画は、NHKBS1スペシャルで放映された「在宅死“死に際の医療”200日の記録」に、新たなシーンを加え、再編集したものです。

監督・撮影の下村幸子氏は、初めて小堀医師に同行し、往診先の家々を訪れたとき、ゴミ屋敷や老老介護といった、複雑な問題を抱えた「埋もれている世界」のような医療現場のリアルに心の底から驚いたといいます。

そして、患者たちとの信頼関係を築くために、撮影チームではなく、あえて1人でカメラを持って小堀医師に同行しました。人の最期をカメラに捉えるという辛い仕事に時に精神的な平常を失いかけながら、立ち会った患者たちの最期がとても静かで穏やかだったことに救いを感じたといいます。

実際、この映画のなかで捉えられた、在宅患者の最期が訪れたあとの時間には、医師と家族がお互いにいままでの苦労をねぎらい、悲しみの中にも、やるだけのことをやり遂げたという、達成感のようなものすら感じられます。

「施設から在宅へ」の掛け声のもと、国は2000年代以降、高齢者の終末期医療を病院から自宅に移行させようとしています。そこには、医療費の急速な増大を抑制しようという、財政上の問題が背景としてあります。

一方、小堀医師の著書『死を生きた人びと 訪問診療医と355人の患者』(みすず書房)に引用されているデータ(厚生労働省主催の第1回全国在宅医療会議・2016・7・6)によると、日常的な訪問診療に対応する医療機関の数は診療所では全体の20%、病院では全体の30%であるのに対し、在宅での看取りを行なっている医療機関の数は、診療所、病院ともに全体の5%に留まっているそうです。

2004年の厚生労働省、「人口動態調査」によると、国民の82.3%は医療機関で最期を迎えており、自宅で亡くなった人の割合は12.6%。最期を迎える時に、やはり万全な体制が整っている病院にいてほしいと願ってしまうのは、家族としても当然の感情でしょう。

それでも、住み慣れた家で迎える最期には、病院の環境よりも安らかで豊かな時間が存在すると考えることも、また自然な感情です。しかし、現状として、小堀医師のように安心して患者を任せられる在宅診療医が、日本中どこにでもいるというわけではありません。

この映画でもケアマネジャーや訪問看護師との連携が描かれていますが、医師の人徳頼りではなく、このような多職種連携のネットワークが日本中に張り巡らせられること。そして、介護保険の点数に縛られることなく、多職種の人々がそれぞれの理想の在宅医療ができる体制を行政が整えることが、いま一番必要な課題として求められているのです。

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