え、マジ? ニッポンが生んだ世界に誇りたい自動車技術5選

ホンダ 3代目プレリュード

モノ作り大国ニッポンが生み出した今や当たり前の技術とは?

現在では多くのクルマが採用し、なかには軽自動車などのベーシックカーにまで採用されている優れモノのメカニズムがある。中には、世界で初めて日本の自動車メーカーやサプライヤーが開発したものもある。

“モノづくり日本”の技術の粋を集めたデジタルメーターやLEDライトなどは、日本の自動車メーカーが時代に先駆けて採用した。

また、ターボチャージャーや4輪駆動の4WDなどにも画期的な技術にも挑戦した。そのなかから、登場した時にセンセーショナルだった5つのメカニズムを紹介しよう。

天下のデートカーは後ろも動かすテクニシャン?

日産 7代目スカイライン

4WSというのは4ホイールステアリングの頭文字を取ったもので、4輪操舵システムのことである。これはステアリングのある前輪だけでなく後輪も積極的に操舵させて、取り回し性を向上させようと考案されたもの。

システムそのものは戦前からあったが、軍用や建機などに搭載されているものが多かった。スポーツ性能を高めるための4WSが登場するのは1980年代になってからである。85年夏、7代目のR31系スカイラインに「HICAS(ハイキャス)」と名付けられた4WSが搭載され、ここから一気に採用するクルマが増えた。

量産乗用車として世界で初めて採用されたハイキャスは取り回しの向上というよりは、油圧によってクロスメンバーを変位させ、高速走行時やコーナリング時の安定性を高めようというものだった。

ホンダ 3代目プレリュード
マツダ 5代目カペラ

一方、FF路線へと舵を切ったホンダとマツダは違う考え方で新しい4輪操舵システムに挑戦した。量産化されるのは87年である。ホンダは世界初の舵角応動型4WSを3代目のプレリュードに採用した。その最大の特徴は、車速とステアリングの操舵量に応じて後輪の切れ角を最適に制御することだ。

マツダは5代目のカペラに世界初の車速感応式4WSを採用している。これは前輪の操舵角に対する後輪の操舵角の比を車速に応じて連続的に制御するシステムだった。いずれも後輪は、前輪と同じ向きだけでなく逆位相にも舵角を変化させるというモノだった。

三菱6代目ギャラン

同じ時期、三菱は6代目のギャランを送り込んだが、フルタイム4WDモデルには世界で初めて4WSを組み合わせた。これが「アクティブFOUR」だ。エンジンは4バルブDOHC、駆動方式はフルタイム4WDで、サスペンションは4輪独立懸架としている。

そして4WSと4輪ABSを加え、路面にかかわらず卓越したグリップ性能を実現した。この4輪制御技術のちのランサーエボリューションシリーズや現行のエクリプスクロスに引き継がれている。

夢のトランスミッションを1999年に日産が発明

今、コンパクトカーからビッグサイズのセダンやクロスオーバーSUVまで、多くの日本車に採用しているのが「無段変速機」や「連続可変トランスミッション」と呼ばれるCVTだ。これはギア以外の機構を用いて変速比を連続的に変化させるトランスミッションで、上級クラスに多いトルクコンバーターを用いたステップ式ATより実用燃費がよく、滑らかなのが大きな特徴である。そのためコンパクトカーや軽自動車を中心に、採用するクルマが多い。そのほとんどはベルト式CVTとチェーン式CVTだ。

だが、大パワーのクルマやトルクの太い大排気量車には向いていないと言われていた。そこで日産とジャトコが開発したのが「エクストロイドCVT(トロイダルCVT)」である。それまでのベルト式CVTと違い、ディスクとパワーローラーを介して駆動を伝達するのが特徴。大排気量車やターボ搭載車など、高出力/高トルクのエンジンに耐えられる十分な耐久信頼性を実現し、滑らかさと燃費でもステップ式ATを相手にすらしない。

日産 セドリック

1999年に世界で初めて量産化に成功し、日産の最終型セドリック/グロリア、そして11代目スカイラインにも搭載した。

高性能車に最適なエクストロイドCVTは変速時の応答レスポンスが鋭く、軽快な加速を見せる。そのため後輪駆動のFR車には最適だったのだ。

加えて不快な変速ショックはないし、実用燃費も良好であり、システムもコンパクトに設計できていたのだ。そのため”夢のトランスミッション”と称されるほどであった。

だが、構造が複雑で部品点数も多いから生産コストはかさんだ。さらに、オイルは専用品だし、壊れてしまうと修理できないというデメリットも。デリケートなトランスミッションで、壊れた時は丸ごと交換となってしまっていた。このような弱点ゆえ、2005年に姿を消してしまった。

今や当たり前のGPSカーナビはマツダが1990年に発明

ユーノス コスモ

今では自動車だけでなくスマートフォンにも搭載されているナビゲーションシステム。走行している時に電子的に自車の位置や目的地への経路案内を行う機能を売りにするのが、車載型と呼ばれるカーナビだ。

通信衛星(GPS)から発射される信号を用いた精度の高い衛星測位システムを採用した最初の量産車は、1990年にマツダが送り出したユーノス コスモである。衛星航法を採用したナビゲーションシステム、CCSをコスモに搭載した。ちなみに一気に普及させたのは94年秋に登場したホンダ オデッセイである。

ホンダ 2代目アコード
ホンダ 2代目アコード

だが、それ以前にも日本の自動車メーカーはナビのご先祖を送り出していた。民生用のナビシステムを世界で最初に実用化し、発売したのはホンダであった。

トヨタと日産も地磁気や方位センサーを用いて目的地の方向を表示する簡易型のナビを発表しているが、ホンダが1981年に送り出した「エレクトロ・ジャイロケータ」は、今につながるモニター画面(といってもブラウン管)で地図を見る本格的(!?)なものだった。アコードに移動方向を検知するガスレートジャイロと方向センサーを搭載し、16ビットのマイクロコンピューターによって移動方向と移動量を計算するというもの。

ナビを作動させるにも5分の余熱が必要だったし、道路地図を印刷したセルロイドのシートを画面に差し込む必要もあった。

自車の位置を入力してスタートするのだが、地図の隅まで走ってしまうと、路肩に寄せて次の地域の地図シートに差し替え、自車の位置を再入力する必要がある。遠い場所まで行く時は、この作業を繰り返し行うのだ。気の遠くなる作業を強いられるが、当時としては画期的なカーナビだった。コチラは、81年9月に登場した2代目のアコードにオプション設定されたが、価格は驚きの29万8000円!!

日産 11代目スカイライン
日産 11代目スカイライン

87年9月にはトヨタ クラウンに進化型のマルチインフォメーションディスプレイを搭載したが、この時に自立航法でCD-ROMに収録された高速道路の地図画面をディスプレイに表示する「エレクトロマルチビジョン」を発表している。経路誘導機能のない、地図と自車位置だけを表示するシンプルなものだが、ちょっとだけ優越感に浸れたのだ。

狭い日本の道路事情から生まれた? 電動格納ミラーは日産が1983年に開発

日産 パルサーエクサ

日本車にドアミラーの装着が認められたのは1983年春で、認可第1号となったのは日産のパルサー・エクサだ。これ以降、ほとんどのクルマがドアミラーになった。ドアミラーはボディサイドからの張り出し量が大きいため、歩行者などに当たるとケガしやすい。そこで日本では畳めることが認可の条件となっている。降りるたびにドアミラーを畳み、走る時はドアミラーを開いていたが、毎度毎度では面倒だ。

日産 5代目ローレル

そこで考案されたのが電動格納式のドアミラーである。84年10月、日産は5代目のローレルを発売した。このC32系ローレルに世界で初めて採用されたのが電動格納式のドアミラーである。室内にあるスイッチを動かすと、内蔵したモーターによってドアミラーがボディサイドに畳まれるのだ。日本の道は狭いからすれ違いに気を遣うし、駐車スペースも限られているから駐車する時はドアミラーを畳まなければならない。

電動格納式ドアミラーならスイッチ操作だけで簡単にミラーを畳むことができる。もちろん、ミラー鏡面の角度もリモコン操作で調整することが可能だ。この電動格納式ドアミラー、欧米のエンジニアは考えもしなかったが、メルセデス・ベンツを筆頭に世界中の自動車メーカーが日産からパテントを買い、高級車に装着し、瞬く間に普及した。

世界初の量産型ハイブリッドはトヨタのバスだった?

日産 11代目スカイライン

エンジン(内燃機関)と電動モーターを組み合わせたのがハイブリッドシステムだ。量産車に先鞭をつけ、普及させたのはトヨタである。1997年12月、トヨタは世界で初めてパラレル式とシリーズ式を併用して効率を高めた画期的なハイブリッドシステムをプリウスに採用し、市販に移した。プリウスは多くの人を虜にしたが、トヨタ初のハイブリッド車はマイクロバスのコースターに設定された「ハイブリッドEV」だ。プリウス発売の4カ月前の97年8月に登場している。

これは都市交通の新しい動力源として、シリーズハイブリッドシステムを採用した小型バスだ。1.3Lエンジンと最大出力70kWのモーターを搭載し、大柄なボディを苦もなく走らせた。エンジンで発電機を回して発電を行い、その動力でモーターを回して走行するというモノ。

今大人気の日産 ノートe-POWERとコースターハイブリッドEVは同じ考え方だ。クリーンな排ガス性能と優れた静粛性、卓越した燃費性能が自慢だった。後期モデルではエンジンを1.5Lに拡大している。本体価格は、なんと1500万円! 値段は高かったが、自動車史に残る記念碑的な存在と言えるだろう。

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