
著者:天王寺大
出版社:日本文芸社
販売日:2013-01-25
日本で、というかたぶん世界で一番長く続いている金融マンガは、誰が何と言おうと『ミナミの帝王』でしょう。
『ミナミの帝王』の第1巻の発売年は1992年で、最新刊154巻は2019年9月発刊。実に足掛け27年に渡り、大きな中断も無く続いている作品です。
既刊154巻時点でのエピソード数は142、全1381話は1話完結のものから最長59話まであり、1エピソードの平均話数は19.5話。
本日はそんな『ミナミの帝王』から、オススメエピソードを紹介していきたいと思います。
『ミナミの帝王』は「マンガゴラク」誌にて連載されている作品で、主人公は〈萬田銀次郎〉。
十一(=トイチ。十日で一割の違法な利息)の闇金融を営んでおり、切羽詰まって急場を凌がざるを得ない人や、正規の金融業者で借りられないような脛にキズのある人たちを相手にしています。
彼の通り名は『ミナミの帝王(場合によっては、鬼とか仏と呼ばれることも)』。
第1話ではその財力について、「ミナミ界隈で少なく見積もっても1000万は貸し付けている」となっているため、十一(トイチ)だと月々最低でも利子分の300万円は利益として確保していることになります。
“裏金融屋は顔で商売をしている”が信条。
つまり、メンツが大事ということです。そのため、貸付金の取り立てには、非常に厳しく、作中で語られている限りでは、ただ1件を除きすべての貸付への回収を完了しています。
その例外の1件とは第4巻収録の『命とゼニ』。組のために刑務所に入った債務者に対して、温情措置として利息の凍結をしています。ここが仏とも言われている部分ですね。
原則的に〈萬田銀次郎〉は借金の踏み倒しや貸し倒れを許しませんが、温情措置や柔軟な取り立て方法をも駆使して、徹底的に貸した金の回収を行います。
たった10円の取り立てのために北海道まで行ったこともありますし(第9巻収録『顔の値段』)、きちんとしたプレゼンの末、金利を負けたことも一度だけあります(9巻収録『ナニワの若女将』)。
作中で、支払いが滞った客に対して、
“借金が払えないなら臓器や角膜売ってでも払ってもらおうか!”
“借金が払えないなら風呂(性風俗店)に沈んでもらおうか!”
とのことをよく言っているのですが、実際のところ、それを実行しているシーンはほぼありません。
エピソードとしてちゃんと描写されているのは、第51巻収録の『ツイてない女』です。
このエピソードは結婚式当日にレイプされてしまい、全てを失ってしまった女性が借金返済のためにソープに沈められたが……という短めのエピソードですが、実際に〈萬田〉が手を下す稀有なケースです。
他にも〈萬田〉は債権の回収のためなら様々な手段を用いて動きます。
それではそんなエピソードの中でも僕がオススメするお話を紹介したいと思います!

著者:天王寺大
出版社:日本文芸社
販売日:2013-01-25
1.『金は天下のくわせもの』
第2巻収録のエピソードで全8話。
まず、冒頭のイントロダクションが激熱です。
喫茶店のモーニングの時間を過ぎた、過ぎないかどうかで〈萬田〉とマスターがひと悶着。さらにその直後に〈萬田〉がなんちゃって腹痛を起こし、入院までして見舞金を請求する、というなかなかのヤカラぶりを見せつけます。
そして、喫茶店のマスターを呼び出したつもりが、その店のオーナー=まさかのヤクザで同じ闇金融業者。すったもんだの末、貸し付け案件を持ちかけられます。
それは選挙でばら撒くための資金として五億円を貸してほしいという依頼でした。
この話にのった〈萬田〉はすぐさま五億円の調達に動きますが、当てにしていた金主が逮捕されるというアクシデントに見舞われます。
〈萬田〉は別の金主を求めて奔走し、なんとか5億を調達しますが、借金の担保にされていたのは流行らないゴルフ場。
回収困難と感じたものの、今更後へは引けないのでそのまま貸し付けを実行、しかし選挙は足の引っ張り合いとなり、スキャンダル発覚で一転劣勢に追い込まれてしまいます。
そこで〈萬田〉がとった方法は対立候補に同額の五億を貸し付け、自らが選挙を仕切ること。
最後は見事に回収目途を付けることに成功しました。
全8話と平均よりは短めではあるものの、交渉術、じゃんけん必勝法、選挙の裏側、お金の使い方と濃縮された処世術が詰まっている超名エピソードです。

著者:天王寺大
出版社:日本文芸社
販売日:2013-01-25
2・『さよならソウル』
第37~39巻に収録の全16話からなるエピソード。
初期のミナミの帝王を語る上で避けて通ることができないほどの名作です。
韓国で働く純朴な女性〈ユリム〉は騙されてミナミに連れて来られコリアンクラブで働くことになります。
そこで出会った〈萬田〉の舎弟である〈竜一〉と少しづつ心を通わせていきます。
しかし、〈ユリム〉のことを信じ切れずに誤解から破局を迎えてしまった二人。
失意の中、〈ユリム〉は韓国に帰国、日本に残された〈竜一〉は〈萬田〉の金を使い込み、激しい仕置きを受け、破門をも言い渡されてどん底に落ちます。
その後、破門を解かれた〈竜一〉は悲しみを乗り越えるために仕事に打ち込みますが、心に空いた隙間は埋まるどころか大きくなるばかり。
そして誤解の真相を知り、切なさを増しながらも振り切るために仕事にまい進する〈竜一〉に〈萬田〉は韓国へ行き、気持ちに決着をつけてくるように言い渡します。
果たして再開した二人を待ち受ける結末とは。
涙無くしては見られない、マンガ誌に残るレベルの名エピソードなので、『ミナミの帝王』を読んだことがない人にも自信を持ってオススメします。

著者:天王寺大
出版社:日本文芸社
販売日:2013-01-25
3.『シノギの家』
単行本56~58巻収録のエピソードで全15話から成ります。
これは個人的にとても好きなお話です。
引きこもりの〈タカシ〉は、〈由美〉と出会い、恋に落ちたことで引きこもり生活から脱却していきます。
心とカラダも重ねながら、将来を見据えて同棲を始め、ある日〈由美〉の口から伝えられたのは妊娠でした。
当然、〈タカシ〉は喜びますが、その日を境に〈由美〉は実家へ帰ると告げたきり連絡が途絶えてしまいます。不安を募らせる〈タカシ〉の前に現れたのは〈由美〉の兄を名乗る〈明男〉でした。
〈明男〉は〈タカシ〉に〈由美〉の体調が悪いこと、堕胎をしたことを告げ金銭を要求します。
言われるがままに〈萬田〉から借金を重ね、〈明男〉に支払いをし借金を重ねていく〈タカシ〉。
やがて、〈由美〉に会うどころか連絡すら許さない〈明男〉に不信を抱いたタカシとその両親は、興信所を使い、クロの確証を得ます。
〈明男〉と〈由美〉は美人局を行うコンビであり、男と女の関係でもあったのです。
しかも、この興信所も悪徳業者で、〈タカシ〉とその両親の資産を食い潰さんと画策します。
とうとうにっちもさっちも行かなくなった〈タカシ〉一家。もちろん〈萬田〉は容赦しません。
しかし、事情を知った〈萬田〉は一転、ヤクザと悪徳業者から回収をすることにしました。〈萬田〉の独壇場で事は進みますが、心残りのある〈タカシ〉は〈明男〉たちの元に乗り込みます。
そこで見たのは想像を超える現実でした。〈タカシ〉はこの現実に向き合えるでしょうか?
「暴対法施行後にヤクザもシノギが厳しくなって一般人に混ざって悪いことしてくるから気を付けないとダメだよ」ってお話なんですが、そこに純愛を交えて物語が展開します。
後半の“萬田劇場”は作中でも屈指のテンポと迫力なので必見です。
人は出逢いによって変われる、という流れがとてもお気に入りのポイントです。

著者:天王寺大
出版社:日本文芸社
販売日:2013-01-25
4.『経済心理学入門』
単行本72~76に収録で全41話からなる長編エピソード。
下手な経営学の本より良いかもしれません。
ミナミにやってきた詐欺師の〈花森〉はその下準備として経営不振の店舗に無料アドバイスを行い、見事に軌道に乗せてみせます。
成功の秘訣は“経済心理学”に基づいたカラクリの結果だと嘯き、支援者を増やしていき、やがてはセミナーを開催。そして会員から投資目的でお金を集め始めました。
話を聞いてセミナーに乗り込んだ〈萬田〉と〈花森〉、ひとまず〈萬田〉をやり込めることに成功します。
しかし、負けっぱなしのまま終わることがないのが〈萬田銀次郎〉という男。
詐欺師に対抗するために超一流の詐欺師を使い、花森をひっかけることに……。
物語としてはもちろん、作中で描かれる『経済心理学』の数々が面白い!
ツッコミどころはあるものの『経済心理学』の初歩の教材としては優秀だと思います。マンガだから……と敬遠している方に特にオススメです。

著者:天王寺大
出版社:日本文芸社
販売日:2013-01-25
5.『銀の神話』
単行本76~83巻収録で全59話。
ひとつのエピソードとしては最長になります。またこのお話とは別に『利権空港編』をまとめた“ヤング編”が刊行されています(電子版はないようです)。

著者:天王寺大
出版社:日本文芸社
販売日:2015-07-24
〈萬田銀次郎〉がひとりの少年から後に「ミナミの鬼」とまで呼ばれるようになるまでの前日譚です。
幼い頃に父親を亡くし、また母親も病に倒れ、ひとりで生きていくしかない環境の中でたくましく生きていた少年〈銀次郎〉でしたが、ある日自身のミスから大けがを負ってしまい、さらにはそれが引き金になり母親まで亡くしてしまいます。
世の中に絶望し、生きていく気力も失いながらたどり着いた愛釜地区(あいりん地区)。
世捨て人のような生活を続けていた〈銀次郎〉は町の人間たちの言葉に心を定め、立ち上がって親の仇を打つ決意をします。
仇の名前は〈阿久津天勝〉。巨大企業の社長でありながら裏社会ともする人物でした。
著名な企業家だった〈銀次郎〉の父親は〈阿久津〉に罠にかかり、多額の負債を抱えて自殺に追い込まれていたのです。
〈阿久津〉と戦う〈銀次郎〉は愛釜地区の人々に教えを請いながら成長を遂げることになります。
この愛釜地区は世捨て人の行きつくスラムのような町として、作中でも度々紹介がされており、〈銀次郎〉もここの住人であったことが描かれていました。
訳アリの人々の中の元エリートたちはチームを結成し、徹底的に〈銀次郎〉を鍛え上げます。
そうです、ここが後の「ミナミの鬼」こと〈萬田銀次郎〉の出発点なのです。
そして5年後。力を付けた〈銀次郎〉は〈阿久津〉と対決します。
ヤング編は「復讐もの」として大スペクタクルで送るエピソードです。
それまでも作中で何度も示唆されてきた愛釜地区、そして萬田銀次郎の原点や過去を描きつつ、後半の阿久津とのやりとりや対決は胸がすくような展開となっています。59話₌59週(約1年と2カ月)をかけて丁寧に描かれたこのエピソードから入るのもオススメです。
まだまだあるのですが…
本当は他にも『バンコク・ラブジャンキー』『ゼニの花』など、最高におもしろいエピソードが満載の『ミナミの帝王』。
全巻通してオススメなのですが、巻数があるだけにお値段も考え物。
ですが、エピソード毎に読むだけであればコンビニコミックで売っていることもあるので、チェックしてみるといいかと思います。
日本で一番だとオススメする金融マンガ『ミナミの帝王』はマンガと面白いだけでなく、お金、社会、時事問題など知識としての副産物もありますので、食わず嫌いせずに読んでみてはいかがでしょうか?
そしてそんな食わず嫌いのためのマンガカウンセリングを行っているのがコミックサロン『G.I.F.T.』です。あなたの知らないマンガの世界へお連れしますのでぜひ、お越しになってみてください!