渡邉大剛氏を直撃!華やかなイメージのJリーガー そのセカンドキャリアに迫る!

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9月某日、都内某所で京都サンガや大宮アルディージャで活躍し、2019年2月に プロ選手を引退した元Jリーガー渡邉大剛氏にインタビューを行った。 華やかなイメージのJリーガーとその裏で起こるセカンドキャリア問題に迫る

強豪、国見高校を経てJリーガーに

渡邉大剛、Jリーグのファン・サポーターなら多くの方がその名前を知っているだろう。9月某日、都内某所で京都サンガや大宮アルディージャで活躍し、2019年2月にプロ選手を引退した元Jリーガー渡邉大剛氏にインタビューを行った。

同氏は、8月にアスリートのセカンドキャリア支援や学生の就職支援を行う、リスタンダード株式会社(本社東京都新宿区、代表取締役 新井一平)のブランディングアンバサダーに就任したことが発表された。

渡邉氏は代理人としてサッカー選手のサポートをしながら、同社で働きながら、今年の7月から

神奈川県社会人サッカーリーグ1部の品川CCでプレーをしている。golacoでは、そんな同氏に

セカンドキャリアや今の心境について話を伺った。

golaco:本日はお忙しい中ありがとうございます。よろしくお願いします。

渡邉氏:よろしくお願いします。

golaco:まずはJリーガーになる前のことについてお聞きします。渡邉氏は国見中学から国見高校に

進まれたのですね。

渡邉氏:はい。長崎県の国見町に生まれ、国見高校は家の目の前でした。幼い時から冬の選手権で国見高校が出ていました。その時から長崎県内で進むなら国見という感じでした。

golaco:他に強豪校に行くという選択肢もありましたか?

渡邉氏:中学の時に東福岡がすごく強くてあこがれていました。今Vファーレン長崎の徳永悠平選手が1個上の先輩だったのですが、徳永選手と一緒に「東に行こう」と言っていました。同校は進学校なので勉強しないといけないので塾に行っていました。ただ、徳永選手が国見高校に進んだので

越境進学がハードルが高かったこともあり、国見高校に行くことになりました。

golaco:そういう経緯があったんですね。国見といえば、小嶺監督(現在、長崎総科大付属高校)が

有名でとても厳しいイメージがあるのですが、そのあたりはいかがでしたか?

渡邉氏:田舎で遊ぶところもなかったですし、サッカー漬けの毎日でしたね。朝練もあって、夕方に授業が終わって、夜まで練習でした。1日終わるとクタクタで家に帰ったらお風呂に入り、ごはん食べて寝て、また次の日に練習という日々を繰り返していました。正直、理不尽なことも多かったです。戻りたいかというと戻りたくないですね(笑)

golaco:やはり高校サッカーで強豪校ともなるとそれだけ厳しいのですね。その後、国見高校から

京都サンガに加入されたのですね。プロ選手になった時の心境はいかがでしたか?

渡邉氏:はい。高3でインターハイ終わってから、京都サンガのスカウトの方が来て、寮の監督室で

「来年、うちに来てくれ」と言われました。その時に、子どもの頃から夢が叶ってすごく嬉しかったのを覚えています。

golaco:プロ入りが決まり、ご両親や友達の反応がいかがでしたか?

渡邉氏:夏の時点ではプロ入りのことは言えなかったのですが、高3の1月の選手権後、まわりは学校に行っている中、私は京都サンガのキャンプに参加していました。その時に友達やチームメイトから

「頑張れよ」と声をかけてもらいました。親からは、覚えている限りでは特に言われていなかったと

思います。ただ、それまではずっと実家暮らしだったので、京都での寮生活に親は心配していたみたいですが、自分は楽しみにほうが多かったですね。

golaco:プロ選手になりたいと思ったのは、いつ頃でしょうか?

渡邉氏:小学校3年生の時にJリーグが開幕し、その頃ですね。

golaco:ありがとうございます。ここからはプロ入り後についてお聞きしたいと思います。

1年目でプロの厳しさを痛感 高校サッカーとの違いは?

golaco:高校サッカートップクラスの国見からプロに進まれて、高校サッカーとのレベルや意識の違いは感じましたか?

渡邉氏:スピードやフィジカルは全然違いましたし、判断スピード、アイディアも高校レベルとの違いを感じました。自分も高校時代は自信もあったのですが、ドリブルで抜けなかったり、守備の部分でのオーガナイズや決まり事など、高校時代はあまり言われなかったのが、プロだと数メートル、数十センチで変わるので、そこは意識しないといけないと感じました。高校とは次元が違いますね。

golaco:現役時代に印象に残ってる試合はありますか?

渡邉氏:1番印象に残っているのは2007年(京都時代)にJ2 3位で終わり、サンフレッチェ広島との

入れ替え戦に進みました。第1戦はホーム(西京極)で2-1で勝ち、第2戦はアウェイでした。試合は

0-0でしたが、その試合がとても印象に残っています。試合終了の笛と同時にJ1昇格が決まり、今までうれし泣きはしたことがありませんでしたが、試合が終わった瞬間に涙を流しました。

今までの人生でこんなに嬉しかった試合はないですね

350試合以上出場の渡邉氏が語るプロで活躍できる選手とは?

カマタマーレ讃岐時代の渡邉氏(写真左、背番号5番)

golaco:渡邉選手はプロとして400試合近い試合に出場されていますが、長年活躍できる選手とそうでない選手がいる中、その選手達の違いは何だと思いますか?

渡邉氏:試合に出れる選手、出れない選手がいると思います。試合に出れないとネガティブになってしまう選手もいますが、自分のやるべき事をしっかりできる選手は必ず監督やコーチが見ててくれると思います。そういう選手はいつかチャンスが来ますし、もし芽が出なくても他のチームで芽が出ると思います。それが1つです。もう1つは、自分の特徴を理解するのはもちろんですが、監督の求めてることを整理して、それをピッチで表現できることだと思います。

プロに入った選手はみんな才能があり、努力をしてると思うのでその上にどれだけ積み重ねることができるかを考えていました。

golaco:渡邉選手はプロ16年の中で複数回移籍をされていますが長年在籍したクラブを離れるっていうのはどういう心境ですか?

渡邉氏:京都には8年在籍していました。「京都一筋でも良い」と思っていましたし、移籍するつもりはなかったです。ただ、2010年に3度目の降格を経験し、その当時自分は26歳でした。選手として1番良い時期に、高いレベルでプレーしたいと思いがありました。それがアルディージャに移籍

を決めた1番の理由です。

京都を離れるとき、チームメイトやスタッフ、応援してくれる方に申し訳ない気持ちはありましたが、短い選手生活の中で第一線でできる時間限られているので、このチャンスを逃したくないと思っていました。

golaco:地域性やサッカーの特徴など色々違ったと思いますが、アルディージャはどうでしたか?

渡邉氏:初めての移籍だったので、知っている選手もほとんどいませんでした。ただ、先輩が結構話しかけてくれていました。アルディージャはレベルが高く、本当にみんな上手かったです。監督の鈴木淳さんの攻撃的なサッカー感はとても好きでした。最初の半年間はベンチ入りはするものの、レギュラーではありませんでした。それでも、日々しっかりトレーニングしていく中で、チャンスが回ってきて我慢の時期もありましたが、移籍して良かったと思いました。NACK5も雰囲気は

良かったですし、在籍中にクラブハウスも新しくなり、環境も良くて移籍するタイミングは間違えなかったと思います。

golaco:埼玉といえば浦和レッズとのさいたまダービーがありますよね。さいたまダービーは特別な思いがありますか?

渡邉氏:生え抜きの選手ほどではないかもしれませんが、やはり特別なものですね。スタジアムの雰囲気も全然違います。ホームのNACK5では、レッズサポーターもたくさん来るので満員になります。埼スタでやるときは超アウェーですが、逆にそれがモチベーションになりました。勝利した後のサポーターの喜ぶ姿を見るのは他には変えられないものですね。やはり他にはないですね。

引退を考えたことがなかったというプロ選手時代

golaco:その後は韓国の釜山を経由してカマタマーレ讃岐に加入されたと思いますが、30代を超えた中で引退ということは考えていましたか?

渡邉氏:プロ時代は引退を考えたことはありませんでした。2017年の11月に左ひざの半月板の手術をしました。当時33歳で、普通なら”引退”が頭をよぎると思いますが、その時も「復帰できる」と

思ってリハビリしていました。その後、2018年に讃岐を契約満了になり、指導者ライセンスは取ってはいましたが、引退後のことも正直、考えてはいませんでした。セカンドキャリアを考え始めたのは引退してからですね。

トップアスリートの価値とは

golaco:ここからは引退後についてお聞きします。Jリーガーの平均引退年齢は25、6歳と言われていて

デビューしてから3、4年、高卒の選手でも7、8年で引退してしまう選手が多いですが、渡邉選手の

思うセカンドキャリアについてどのようにお考えでしょうか?

渡邉氏:選手生活よりもセカンドキャリアのほうが圧倒的に長いですよね。現役の時はサッカー選手に憧れて、ずっと努力してきてなったので、1年でも長くプレーしたいとみんなが思っていると思います。その中で引退後のことを考えるというのは結構難しいことだと思います。

とはいえいつかは必ず引退するので、その後のことは自分は準備をしていなかったので若い選手には

準備する大切さを伝えたいと思います。

それに加えて思うのは自分を”客観視”することだと思います。選手として1番良い時期があって、段々落ちてくるわけですが、少しでもピークの時に戻そうとしますよね。もちろんそれは必要なのですが、そうしていくと自分があとどのくらいプレーできるかわかってきます。例えばそれが3年

だったら、3年後のことを考えておくことが必要だと思います。

自分として見切りをつけることが必要ですね。ただ、それは選手として諦めるとも取れるので

難しいことであるとも思います。あとは、選手としてネームバリューのあるうちに活動しておくのも

大事だとも思っています。まとめると自分を客観視して、サッカー以外にも得意なこと、できることを見極めておく必要があると思っています。

golaco:Jリーガーというと給料が貰えて、ファンにサインを求められ、メディアにも出れて華やかなイメージがあります。そこから全く別の一般社会に飛び込むわけでは、それに対して不安はありましたか?

渡邉氏:不安というか正直、そこまで考えていませんでした。現役時代はサッカーのことしか考えて

きていなかったんだと思っていました。ただ、現役時代が長ければ長いほど、年齢を重ねた状態で

社会人1年生を迎えますよね。そうすると30代半ばとかなわけで、大卒1年目の同じ社会人1年生と

差が出ますよね。そこにはまだまだ問題があると思います。

アスリート本人もしっかりと考えることは必要ですし、世の中がアスリートをもっと積極的に

受け入れてくれるとスポーツ選手の価値も上がると思います。子どもはスポーツ選手になりたい

子が多いですが、子どもはイメージで「サッカー選手になりたい」と思いますよね。

でも引退後がとても大変なのは分からないですよね。そこを親御さんが伝えてあげて、それを

知っているだけでも違うと思います。

golaco:先ほど、30代半ばで社会人1年生という話をされていたと思いますが、プロアスリートの皆さんはプロになるまでの努力だったり、なってからの努力や経験はとても価値があり、一般社会でも生かされると思います。そのあたりはいかがでしょうか?

渡邉氏:そうですね。やはり継続して努力し続けたことやプレッシャーと戦ってきたメンタリティは

あると思います。たくさんの壁にぶち当たってきたときにそれを乗り越えるための解決方法を知っていることは社会の中でも大きな武器になるでしょうね。あとは応用できるかどうかだと思っています。

他にも色んなアイディアだったり、考え方を持ってるアスリートもいます。

色んな人に会って、色んな人の話の聞くことが大切だと思っています。

社会人選手として今でもプレーする理由とは

golaco:ここからまたサッカーの話に戻させてもらえたらと思います。今、仕事をされながら品川CCで今年の夏からプレーされていますよね。クラブに加入することになったきっかけを教えてください。

渡邉氏:きっかけは品川CCの吉田さんと弟を通じて知り合ったことです。プロを引退して4~5か月経って、たまに走るくらいしかしていませんでした。そんな中で「是非力を貸してほしい」と言われましたが、最初はそんなに今の自分はチームにそこまで還元できないと思っていました。

しかし、チームの状況やどう貢献してほしいかを聞いて、1番は経験を伝えて欲しいと具体的に話をしてくれました。GMの吉田さんの人脈だったりも自分の今後に生かせるとも思っています。

また、チームの皆は平日に働きながら週末の試合に向けて頑張っている姿はかっこいいと思っていて、そこに勇気を貰える人もいるのではないかとも思ったのが理由です。

golaco:プロとしてずっとプレーされてきた渡邉選手にとって社会人サッカーという環境はいかがでしたか?

渡邉氏:最後に所属していた讃岐時代にもクラブハウスがなかったり、練習場が変わったりもしていました。練習着も自分で洗濯していたので、環境に適応するのはそんなに問題ないと思います。

ただ、人工芝は体への負担が大きいのでベテランの私にとってはきつい部分もあるので、怪我の

リスクを考えながらプレーする必要はありますね。あとは移動が長いのでそこは大変ですね。

golaco:社会人サッカーは仕事や家庭を抱えながらサッカーをやっていて、プロとは違うと思いますが、大変さはありましたか?

渡邉氏:プロの時と違ってサッカーのことだけ考えていればいいわけではないと思います。ただ、サッカーも仕事も真剣にやるっていうのは大変ですが、素晴らしいと思います。サッカーができなくなっても既に

社会の中に入っているのですぐに適応できると思います。

golaco:引退された少し時間が経った中でクラブスタッフや指導者としてJリーグに戻りたいという思いはありますか?

渡邉氏:現時点ではJリーグの世界に戻りたいとは思っていないです。代理人をしていますが、契約交渉はもちろんそれ以外の部分で選手に付加価値を提供していきたいと思っています。

セカンドキャリアを歩み出したした渡邉氏「今後はビジネスをしてみたい」

golaco:セカンドキャリアを歩み出した渡邉選手ですが、今後やりたいことや挑戦したいことはありますか?

渡邉氏:自分でビジネスをやってみたいです。自分のやりたいことをやっていきたいです。その中で

好きな時に好きなことをできれば1番良いと思います。そのためにはこれからも勉強が必要なので

色んな人と会って、話を聞いて自分の成長につなげていきたいと思います。

golaco:今後、ビジネスをしていきたいとのことですがプロとしての経験やアスリートの価値をどう生かしていきたいとお考えでしょうか?

渡邉氏:サッカーを通じて今の自分という人間ができていると思います。サッカーを通して色んな指導者、仲間に出会えました。すべて作ってくれたのはサッカーです。そこはアスリートならではの価値だと思います。そして、サッカー選手としての価値が取れた時のパーソナリティが大事だと思っています

golaco:今プロサッカー選手を目指している子ども達に伝えたいことはありますか?

渡邉氏:サッカーで努力して突き抜けて欲しいです。もし、プロになれなくても1つのことを

成し遂げ、努力したことは他の分野でも必ず生かされると思います。その中でもサッカーだけでなく、色んな視野も持ってほしいとも思います。

golaco:本日はお忙しい中ありがとうございました。

取材後記

今回渡邉大剛氏に話を聞き、華やかなイメージのあるJリーガー達の

抱える悩みや葛藤を知ることができた。試合でのプレーや練習場でサインす

る姿が印象深いがそれは一部にすぎないのかもしれない。

そして、引退して一般社会に出る上で社会経験の無さなどで多くの

問題を抱えていることも知ることかできた。

ただ、アスリートが継続して努力を続けられたり、問題解決能力が

高いことは社会でも大きな武器となることは間違いないだろう。

そうした彼らへの理解と支援が今後更に高まることを期待したい。

リスタンダード株式会社ではアスリートのセカンドキャリア支援や

アスリートをテーマにしたメディアの運営を行っている。

また今年8月より渡邉大剛氏がTwitterアカウントも開設したみたいなので是非チェックしてみていただきたい。

渡邉大剛 (@daigohwatanabe) on Twitterリスタンダード株式会社