寅さんが放浪し、『第三の男』の舞台となったウィーン。海外に出かけたときこそ、映画館を訪ねるといい

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(スポーツジャーナリストとして活躍する生島淳さんが、「映画」を「街」と「スポーツ」からひもときます。洋画のシーンに登場する、街ごとの歴史やカルチャー、スポーツの意味を知ると、映画がもっとおもしろくなる! 隔月連載中です。生島さんを取材した連載「DVD棚、見せてください。」はこちら。)

ウィーンといえば、私にとっては『第三の男』(1949年)だ。
美しきチターの調べ、プラーター公園の観覧車、そして暗闇に浮かび上がるオーソン・ウェルズ。
ザ・クラシック。
『第三の男』だけではない。ウィーンは数多くの映画の舞台にもなってきた。

1977年に公開された『ジュリア』では、ヴァネッサ・レッドグレイヴ演じるジュリアが学ぶのはウィーン大学だ。第二次世界大戦下のヨーロッパの空気を濃厚に描き出した「文芸大作」ともいうべきこの映画で、ヴァネッサ・レッドグレイヴは、ほとんど”神業“に近い演技を見せる。
1984年に公開され、アカデミー作品賞を獲得した『アマデウス』では、冒頭のシーンで「凡人」サリエリが自殺を図るが、その舞台となるのもウィーンだ。
「許してくれ、モーツァルト! 君を殺したのは私だ」
そこから素晴らしい音楽劇が展開する。
そしてなんと、「寅さん」もウィーンでひと騒動を起こしている。
『男はつらいよ』シリーズ第41作、『寅次郎心の旅路』(1989年)で、柄本明扮する疲れたサラリーマンからウィーン旅行に誘われた寅さんは、ふらふらとウィーンへと旅立ってしまう。
絵画にも、音楽にも興味を示さない寅さんだったが、現地で観光ガイドをしている久美子(竹下景子)と出会い……。
寅さん、ウィーンでもマイペースであります。

私がはじめてウィーンを訪れたのは2015年9月、ラグビー・ワールドカップ・イングランド大会の取材の時だった。
ロンドンへの直行便はすでに満席。どの街を経由しようかと考え、2つの都市で迷った。
ヘルシンキ。
そして、ウィーン。
『第三の男』や『ジュリア』のイメージがあったから、ウィーンに決めた。
ウィーンは空港から市内への距離が近く、電車で30分もかからない。
泊まったのは、大作曲家に敬意を表して「ホテル・ベートーベン」。ただし豪奢な宿ではなく、極めてリーズナブルなホテルだった。
投宿してから早速、街歩き。
まずは中心部にある美しい尖塔を持つシュテファン大聖堂に登る。上階まで行くと、様々なウィーンの風景が見える。そしてホーフブルク王宮をざっと眺めてから、菓子店「デメル」へと足を延ばす。

ザッハトルテで有名なデメル、実はこの旅のお目当てだった。メディアで働く大先輩から、
「荷物になるのは重々承知だけれど、デメルのザッハトルテだけはお土産にした方が絶対にいい」
とアドバイスを受けていたからだ。
デメルの中では、スイーツとコーヒーも楽しめる。落ちついた照明の店内は観光スポットではあるが、なにか深みというか、重みがある。

そして晩ごはんは、あらゆる情報を検討したうえで、旧市街の路地裏にあるレストラン「ギーゲル」へ。ひょっとしてジュリアも通ったかもしれないと思いながら……。
ここは、再訪したいお店ナンバーワンかもしれない。食事がショーケースに入っていて、好きなだけ頼める「量り売り」なのだ。ハム、ソーセージ、肉の煮込みに野菜。ちょっとずつ、いろいろなものをお願いする。ひとりじゃなく、仲間と行けたらもっと楽しかったのに。
そしてウィーンで作られているワインも飲めるのが特徴。ヨーロッパで首都にワイナリーがあるのはウィーンだけだそうで、オーストリアワインは国内で消費されてしまうので、ほとんど輸出には回らないという。

デメルとギーゲルで食事はもう十分。ホテルに戻ってゆっくりしても良かったのだが、夜になっても、まだ時間があった。
ウィーンのワインを飲んで気が大きくなっていたせいか、映画を観ようと思い立った。インターネットでちゃちゃっと近くの上演館を調べる。ひとつ、気になる映画があった。
The Intern.
公開されたばかりのアメリカ映画。
主演はアン・ハサウェイとロバート・デ・ニーロ。
これだ。
15分ほど、歩いただろうか。地下へと潜っていく映画館は、なかなか趣があった。
ロビーにはクラシックとされる映画のポスターが貼ってある。
1980年、デ・ニーロが実在のボクサーに扮し、増量して役作りに挑んだ『レイジング・ブル』(1980年)。
そしてクエンティン・タランティーノ監督作品、ユマ・サーマンとジョン・トラボルタが踊る「スイム」がいまも記憶に新しい『パルプ・フィクション』(1994年)。

ウィーンで観る『マイ・インターン』(2015年)は、とても良かった。
アメリカらしいコメディだが、アン・ハサウェイの若い経営者と、ロバート・デ・ニーロの人生の終盤を迎えた働き者が出会うという設定は悪くなかった。
観客席からは笑いが起こり(私は英語のジョークについていけないところがあり、ちょっと悲しかったけれど)、とても雰囲気のいい客席で、アン・ハサウェイのファッションを楽しみつつ、デ・ニーロの余裕のある演技を味わった。

4年が経ったいまも、この夜の映画体験は鮮やかなままだ。
いま、映画は自宅のTVモニターだけでなく、タブレットでどこでも何気なく楽しめるようになった。けれど、海外の映画館で映画を観ると、切符や飲み物を買ったり、劇場の扉をくぐる瞬間や、劇場のざわめきさえもが、ひとつひとつ記憶に刻まれる。
だからこそ、私は海外に出かけたときこそ、映画館を訪ねる。
「音楽の都」と呼ばれるウィーンだが、私にとっては「映画の街」になった。