JUJUが確かな歌唱力で示した邦楽カバーアルバムの大傑作『Request』

『Request』(’10)/JUJU

6月からスタートしたJUJUの全国ツアー『-15th ANNIVERSARY- JUJU HALL TOUR 2019 「YOUR REQUEST」』が、“JUJUの日”でもある10月10日(木)・東京国際フォーラム・ホールA公演でフィナーレを迎えるとあって、今週はJUJUの作品を紹介。今回のツアータイトルにもある通り、ファンの要望に応えて様々なカバー曲を披露してきた彼女なので、取り上げるのはやはり『Request』だ。

カバーは傍目ほどには簡単ではない

アーティストはなぜカバーをするのか? そこに名曲があるからだ…と、勢いに任せて思わず言いたくなるが、多分これは半分正解で半分間違い。その楽曲が好きだから自身も歌ったり演奏したりしたいというカバーはあるにはある。隠れた名曲に陽の目を…という気持ちからなされるカバーもこれに分類されるだろう。個人的にはそれが大半と思いたいところだが、それだけじゃない。ここでWikipediaから引用させてもらう。その“カバー”のページに、その概要としてこんな説明がある。[洋の東西、場所を問わず、時間を越えてある楽曲が複数の歌手に共有される現象である。動機としては、カバーしようとする歌手がその楽曲を純粋に好んで歌うため・持ち歌不足を補うため・他人への提供楽曲をファンや音楽会社の要望で録音を行うため・有名な曲をカバーすることで宣伝効果が得られるため、等々がある]([]はWikipediaからの引用)。なかなかシニカルなWikipediaである。皮肉めいて聞こえるが、ある程度、正鵠を射ているような気はする。そこにいい楽曲があるからと言って簡単にカバーできるものじゃないことは読者の皆さんもよくお分かりだろう。さっき言った半分間違いとはそういうことでもある。

外部の意向で行なわれるカバー、つまり当人の意思ではないカバーもおそらく確実にあって、歌ったり演奏したりしている人たちが本心ではやりたくなかったカバーというのも過去にはあったと思われる。乗り気ではないままでやるカバーはちょっと考えてもかなり切ない。素人のカラオケやコピーバンドであれば自己満足で十分だろうが、それが表に出るプロの演者の場合、カバーには必ず原曲が存在しているので、良くも悪くもそのオリジナルとの差異がはっきりと示される。それがそれほど乗り気でなく世の中に出ることになったら……考えるだけでもちょっと怖い。

というか、そんなふうに考えると、プロの世界ではカバーなど軽々にできるものでない──そんな気もしてきた。カバーは自作自演以上にそのアーティストのセンスと力量が問われる。原曲が名曲で誰もが知る楽曲であればなおさらである。そのカバーを聴いた人が“元も聴いてみたくなった”ならまだしも、“これは原曲の方がいい”という意見が大半を占めたら、その企画は台なしであろう。どんな臨み方にせよ、実はカバーとは、プロのアーティストにとっては、結構ハードルが高い代物と考えられる。少なくとも単に“やりたかったから”という乗りだけで簡単にできるものではないのではない。

邦楽シーンに欠かせないカバー作品

カバーは日本の音楽シーンにおいて、しばしば脚光を浴びてきた。古くは、尾崎紀世彦による全曲洋楽カバーのアルバム『尾崎紀世彦ファースト・アルバム』(1971年)や、吉田拓郎のアルバム『ぷらいべえと』(1977年)があるし、もっと遡れば、1960年代には“リバイバルブーム”というものが起こり、当時の流行歌手がそれ以前のヒット曲を歌ってヒットさせたことがあったそうだ。1980年代以降も、RCサクセションの『COVERS』(1988年)を始め、他アーティストへの提供楽曲を作者がカバーする“セルフカバー”を含めて、名立たるアーティストたちが様々な作品を世に出してきた。2000年頃からは複数のアーティストが特定のアーティストへのリスペクトを示す“コンピレーションアルバム”の制作も盛んになって、そこでも数多くのカバー曲が披露されている。ヒット作品も多いが、記憶に新しいところでは、德永英明(※註:「英」の草冠は四画のもの)の『VOCALIST』シリーズ(2005~2010年)がその代表格であろう。聴く人をリラックスさせると言われる“1/fゆらぎ”の歌声を持つとされる德永がその美声で、女性ボーカル曲だけを歌うという話題性も相俟って、ロングセールスを記録。現在のところ、『VOCALIST 4』まで制作されている。

2000年以降に限って言うならば、德永がカバー作品でも知られる男性アーティストの雄とすると、女性アーティストの代表格と言えばJUJUであろう。彼女はここまでオリジナル作品としてフル7枚、ミニ2枚のアルバムをリリースしているが、それとは別に4枚のカバーアルバムと3枚のジャズアルバムを発表している。また、デビューシングルからそのカップリングで洋邦問わず多くのカバー曲を収録している上、2000年の「Hello, Again 〜昔からある場所〜」以降は、しばしば表題作でもカバー曲を披露。さらに、2008年からはカバー曲中心…というよりも、ほとんどカバー曲で構成されたコンサート『JUJU苑』を開催しており、今もレコ発ツアーとは別路線の彼女の名物ライブとなってる。音源に話を戻せば、彼女のオリジナルアルバムは4th『YOU』(2011年)と7th『I』(2018年)とでチャート1位を記録しているのだが、JUJU最初のアルバム1位はカバーアルバムの第1弾である『Request』で、オリジナルに先駆けてカバーで初の栄冠を獲得。しかも、『Request』は女性アーティスト史上初の2週連続1位となった。事ここに至っては、JUJUのことを“カバーの女王”と呼んでも異論は少なかろう。

初のアルバムチャート1位獲得作

前置きが大分長くなったので、早速『Request』の中身を見て行こう。以下、全曲をザっと解説してみた。

1.「Hello, Again 〜昔からある場所〜 (Straight Cover)」
【原曲】My Little Lover の3rdシングル(1995年)。
オリジナルのAKKOの声はどこか寄る辺ない感じがあるが、JUJUは声のトーンが落ち着いているからか、そのイメージはなく、原曲にもあるノスタルジックさをやや強調した印象。彼女の声に独特のゆらぎがあることも分かる。当曲は『Request』に先んじたJUJUの14thシングルでもある。

2.「つつみ込むように…」
【原曲】MISIAの1stシングル(1998年)。
イントロでホイッスルボイスは聴けないものの、当然のことながらJUJUのハイトーンもいいことがしっかり分かる。アウトロのスキャットはオリジナルを忠実になぞっている感じで、それができるのも確かな力量があってこそだろう。クラブっぽいサウンドにも原曲へのリスペクトが感じられる。

3.「Time goes by」
【原曲】Every Little Thingの8thシングル(1998年)。
持田香織に比べれば大人っぽい声ではあるが、Bメロの後半からサビにかけて、それに劣らない(?)甘い声を聴くことができる。サウンドアレンジもおもしろい。フワフワした感じがずっと続いていくのは楽曲の世界観の解釈からであろうか。ベースが派手なのは亀田誠治ならでは?

4.「ギブス」
【原曲】椎名林檎の5thシングル(2000年)。
バンドサウンドだがオルタナというよりもサイケな音作りのせいか、ボーカルも原曲にあるダイナミズム、スリリングさは薄い。それはおそらく意識的にやっているのだろう。サビやCメロはその証左。パロディやコピーにならない程度にエキセントリックな雰囲気をまとっている。

5.「There will be love there -愛のある場所-」
【原曲】the brilliant greenの3rdシングル(1998年)。
全体的に可愛らしく歌っている印象で、“JUJUはこういう歌い方もできるのか”という発見があった。明らかに川瀬智子の声質とは違うし、サウンドもオルタナっぽくなく、アコギも入ったりして若干フォーキーな感じだけど、それ故に逆に原曲を思い起こさせるところがおもしろい。

6.「Don't wanna cry」
【原曲】安室奈美恵の5thシングル(1996年)。
コーラスワークも原曲に忠実で、最初は、楽器アレンジの数カ所を除いて素直なカバーかと思って聴いていたのだが、実際に聴き比べてみると随分違っていた。だが、JUJU版も突飛なリアレンジの印象はなく、その意味ではオリジナルのエキスを上手く抽出したと言えるのかもしれない。

7.「LOVER SOUL」
【原曲】JUDY AND MARYの13thシングル(1997年)。
オリジナルのグランジっぽさは残しつつも、リズムをニューオーリンズ風に変えてあり、原曲と雰囲気が異なるナンバーだと思う。これもまた編曲は亀田誠治である。一方、歌はプレーンに歌っている印象。当然サウンドよりも歌が前面に出ていて、ジュディマリ版よりも万人向けと言えるかも。

8.「WHITE LOVE」
【原曲】SPEEDの5thシングル(1997年)。
本作中、最も原曲からリアレンジされた楽曲だと言えると思う。ストリングスを加えて落ち着いたサウンドにしているのもそうだが、素人が聴いても明らかにコードが違う箇所もチラホラ。歌声も全然違うが、オリジナルを歌っているのは10代半ばのお嬢さんたち。こればかりはいかんともしがたい。

9.「すき」
【原曲】DREAMS COME TRUEの16thシングル(1994年)。
ピアノ中心のサウンド。ゴスペルチックなコーラスワーク。そしてソウルフルな歌唱と、ドリカム版へオマージュを捧げたような、とても素直なカバー。独自のフェイクといったものはほとんど見受けられず、元のメロディの抑揚を正確になぞるボーカリゼーションには生真面目さすら感じる。

10.「WILL」
【原曲】中島美嘉の5thシングル(2002年)。
中島美嘉とJUJUとの声質は誰がどう聴いても異なっており、原曲に寄せるとパロディになってしまうわけで、これもまたあえて寄せてない感じではある。ただ、メロディに因るところか、歌詞の効果か、どことなく少女っぽい印象はある。ピアノとストリングスを配しているのはオリジナル同様。

11.「Last Kiss」
【原曲】BONNIE PINKの18thシングル(2004年)。
寸分違わないとは言わないまでも、その歌い方に大きな差異がないことに逆に驚かされた。バンドサウンドにストリングスという構成も、その容姿だけ見れば原曲と大きく変わりはない(原曲は若干サイケ)。こちらの楽曲は12thシングルの1曲として2010年2月に発表されている。

12.「First Love」
【原曲】宇多田ヒカルの3rdシングル(1999年)。
オリジナルは和製R&B;の代表曲だが、JUJU版はそれをジャジーにアレンジした印象。原曲の宇多田の歌唱には独特の揺れがあってそれもどこか寄る辺ない感じだが、こちらはやはり大人な感じ。どこまで意識的か分からないけれど、M11「Last Kiss」からM12「First Love」という流れが心憎い。

本当にザっと聴いた限りでも、M6~M8のサウンドが原曲とわりと異なる感じではあるものの、全体には素直というかプレーンというか、突飛な印象のないカバー集である。歌声もオリジナルの歌い手に寄せていないだけでなく、フェイクを多用したりすることもなく、(言い方がそれで合っているかどうか分からないけれど)極めて真っ当に歌っている。過不足ない…と言ってもいいだろうか。過度に独自の解釈を入れることもなければ、歌詞、メロディの改変がないのはもちろんのこと、原曲の持つ雰囲気や匂いを大きく損ねることなくカバーしている。冒険していない…という捉え方もできるかもしれないが、そうではないと思う。ここまでプレーンだとこれは意図的だろう。突飛なことをする必要がないと判断したのだと思われる。彼女は歌手である。ひとりのボーカリストとして、先人とその楽曲に徹底したリスペクトを込めつつ、真っ当に歌に向き合った結果、『Request』はこういう作品になったのだと思う。ただ、冒頭の話に戻れば、これは自身のボーカルに相当な自信、自負がなければ容易にできることではない。派手さはないが、JUJUのその凄みもじわじわと感じるアルバムである。

TEXT:帆苅智之

アルバム『Request』

2010年発表作品

<収録曲>
1.Hello, Again 〜昔からある場所〜 (Straight Cover)
2.つつみ込むように…
3.Time goes by
4.ギブス
5.There will be love there -愛のある場所-
6.Don't wanna cry
7.LOVER SOUL
8.WHITE LOVE
9.すき
10.WILL
11.Last Kiss
12.First Love

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