「サッカーコラム」J1神戸を変えた立役者。それは…

川崎―神戸 前半、パスを出す神戸・大崎=等々力

 久しぶりに会ったら、印象ががらりと変わっている。そんな人がたまにいる。このことは人だけでなく、チームにも当てはまる。今季のJ1でいえば、神戸。今季開幕前には大型補強で躍進が期待されていたにもかかわらず、うまく結果を出せていなかったチームだ。9月28日開催されたJ1第27節の川崎戦で約3カ月ぶりに目にしたが、まるで異なるイメージのチームに変化していた。

 前回観戦したのは6月15日のFC東京戦。その時からは先発メンバーが6人変わっただけでなく、システムも4―2―3―1から3―4―3になっていた。加えて、かなり豪華な補強が行われていた。3バックの左にトーマス・フェルマーレン、左アウトサイドに酒井豪徳。この2人を加えたことで、システムに必要な各ピースがぴたりとはまった感じだ。

 最大の驚きはセルジ・サンペールだった。鳴り物入りで加入しながらもデフェンス面でかなりブレーキになっていたが、いつの間にか1人で守備力が求められるアンカーを務めていた。プレーを見ていると、元バルセロナというのも納得できる。

 そのサンペールがディフェンス面で安定したこともあるのだろう。山口蛍がイニエスタとともに2トップの後方にポジションを上げている。守備の人と見られがちだが、山口の前に出る推進力というのは想像以上にすごい。高い位置からのプレスも期待できるので、ショートカウンターも威力が増す。

 そして、両サイドにはサッカーをよく知る西大伍と酒井の両翼。この2人は守備に攻撃にとマルチな能力を発揮する。

 調子を落としているとはいえ3連覇を狙う川崎に対し、神戸は立ち上がりから互角の勝負をした。ポゼッションでも相手を上回る54パーセントを記録。同じボール保持のスタイルでも川崎と違うのは、神戸には状況に合わせたロングパスも存在したことだ。

 先制点は、教科書に載せたいほど美しいカウンターから生まれた。前半終了間際の44分、川崎が攻め込むところからを逆襲したのだ。川崎MF田中碧がディフェンスラインの裏を狙う小林悠へのスルーパスを狙う。しかし、これを神戸DFダンクレーがブロックしたボールが自陣右に戻ったダビド・ビジャの前にこぼれた。

 無条件に走る―。そこは、相手に対する信頼の証しだ。古橋亨梧は迷わず前方に飛び出した。その走るコースへビジャから測ったようなスルーパスが入る。と同時に、ビジャは古橋とは逆のサイドに「パス・アンド・ゴー」。2トップを組む相棒からのリターンを信じて、60メートル近い距離をダッシュした。

 右サイドを疾走してから内へカットイン。「抜け出して、谷口(彰悟)選手をうまくかわして中に運べた」。そう振り返る古橋には2つの選択肢があった。自らシュートを放つか、それとも左サイドのビジャを使うか。選んだのは後者だった。

 敵・味方を抜きにして、スタジアムにいた観衆は良いものを見た。なぜなら、ワールドカップ(W杯)や欧州チャンピオンズリーグ(CL)など数々のタイトルを手にした世界的名手が手を抜くことをしなかったからだ。スペイン代表で最多得点を誇るビジャは37歳の年齢にもかかわらず、Jリーグでも本気を見せてくれた。

 「ゲームは右から展開されたのでGKは右に寄っていた。そこでうまく左の良いコースに入れることができた」

 左足で今季12ゴール目を挙げたビジャが満足そうに話す。得点王争いでもトップに1点差に迫り、個人タイトルを射程に入れた。

 2トップを組む古橋とのコンビで合計20得点(第27節終了時)。見事なコンビが出来つつある。しかし、考えてみると2018年7月まで古橋はJ2で下位に低迷していたFC岐阜でプレーしていた。それが今ではレギュラーとして名手・イニエスタのパスをもらって、ビジャとともにゴールを狙う。わずか1年前には想像すらできなかったであろう環境で古橋はサッカー生活を送っている。

 サッカー界における、「わらしべ長者」的なステップアップ。世界に名の知れた選手や日本代表級の選手補強だけが目立つ神戸だが、古橋と同様に“地味な”選手が他にも活躍している。CBの大崎玲央だ。プロのキャリアをスタートさせたのは、桐蔭横浜大学を卒業後の15年。メジャーリーグサッカー(MLS)の2部に相当する北米サッカーリーグだった。その後、ともにJ2の横浜FC、徳島を経て、古橋より約1カ月早い昨年6月に神戸に加入した。現在では堪能な英語を生かし、3バックの中央でダンクレーとフェルマーレンの両外国人選手をリードするなど守備におけるリーダーの地位を固めている。

 その大崎は後半25分にセットプレーの流れからヘディングでJ1初ゴール。「素直にうれしい」と、決勝点となった自らのメモリアルゴールを心から喜んでいた。

 試合前のJ1は9位から15位までが勝ち点1差でひしめく団子状態だった。川崎戦の勝利で、神戸はこのグループから頭一つ抜け出た。一方、川崎は4位から5位に後退。上位3チームがすべて引き分けという理想的な結果を生かすことができなかった。リーグ3連覇はかなり難しくなった。

 この試合に限れば、神戸の勝負勘の方が格上だった。諸行無常。その言葉の通り、チームというのは知らない間に変化するものだ。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はロシア大会で7大会目。

© 一般社団法人共同通信社