【熊本城のいま】復旧急いだ「シンボル」天守閣

©株式会社熊本日日新聞社

西側の平左衛門丸から見た熊本城天守閣=9月29日

 熊本地震で被災した熊本城では、明日5日に始まる特別公開に向けた準備が整った。入場口となる二の丸広場には入園券の販売所が設置され、そばに設けられた休憩所は3日からオープンしている。

 熊本市は特別公開に向けて、天守閣の復旧を最優先に取り組んできた。天守閣は1960(昭和35)年に鉄筋コンクリートで再建され、建物自体に文化財としての価値はない。しかし、市は「地震からの復興のシンボル」と位置付けて、城内に13棟ある国重要文化財の建造物よりも復旧工事を急いだ。熊本商工会議所も地震からわずか1カ月半後の通常議員総会で、「2019年までに天守閣の再建を」とのスローガンを決議していた。

 この「天守閣=復興のシンボル」のイメージが全国的に広がったのは、政界からの発信が大きい。16年6月上旬、城内を視察した義家弘介[ひろゆき]文部科学副大臣(当時)が、ラグビーワールドカップや女子ハンドボール世界選手権が日本で開催される19年を熊本城復旧の「ターゲット」と言及した。

 その直後の参院選公示日、安倍晋三首相が選んだ第一声の場所は加藤神社(熊本市中央区)だった。首相の背後には被災した天守閣があり、復興の象徴を印象付けた。17年の施政方針演説では「『復興のシンボル』である熊本城天守閣の早期復旧を、国として全力で支援する」と述べている。

 ただ、こうした動きに対しては疑問の声もあった。市文化財保護委員会の小堀俊夫副委員長は「ラグビーやハンドボール観戦で熊本を訪れる人たちを意識するがゆえに、城の復旧が拙速に行われてしまっては本末転倒」と指摘。時間をかけても木造天守の復元の検討を提案した熊本大永青文庫研究センターの稲葉継陽教授は、エレベーター付きの展示施設となる天守閣について「21世紀の熊本城天守閣は、本来の姿からますます遠ざかっていくのか」と嘆いた。

 熊本城の復旧方法を検討する市の委員会の北野博司・東北芸術工科大教授は、天守閣の早期復旧について「天守の象徴性の回復は、特別史跡である熊本城の復旧に寄せる市民の期待に応えるもの」と理解を示す。一方で、「国重文の復旧を後回しにすることで、その価値の減退がないのが前提」とくぎを刺す。

 「特別公開に合わせた大天守の外観復旧は、あくまで一つの通過点」と市熊本城総合事務所。「熊本城は天守閣だけではない。工事はまだまだ続くことを広く知ってほしい」と強調する。(飛松佐和子)

(2019年10月4日付 熊本日日新聞朝刊掲載)