東電元会長ら無罪、裁判官特有のバイアスか

裁判員裁判なら違う判決も

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竹田昌弘

共同通信編集委員(憲法・司法・事件)

竹田昌弘

共同通信編集委員(憲法・司法・事件)

 1961年富山県生まれ。毎日新聞から共同通信の記者に転じ、宇都宮支局、社会部、大阪社会部に在籍。社会部次長、司法キャップなどを経て現職。共同通信社の「事件報道のガイドライン」や事業継続計画(BCP)の策定も担当した。

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 福島第1原発事故の刑事裁判で、東京電力の勝俣恒久元会長ら旧経営陣3人に無罪を言い渡した9月19日の東京地裁判決(要旨)を読んだとき、ある裁判官が語った「職業裁判官特有の思い込みやバイアス(偏見)」という言葉が頭に浮かんだ。検察官役の指定弁護士が判決を不服として控訴したので、今回の東京地裁の裁判官3人に続き、東京高裁の裁判官3人による裁判となるが、これが裁判員裁判だったら、全く違う判決になるのではないか。  (共同通信編集委員=竹田昌弘)

東京地裁に入る(右から)東京電力の勝俣恒久元会長、武黒一郎元副社長、武藤栄元副社長=2019年9月19日

「起訴できなかったのだから有罪は難しい」

 職業裁判官特有の思い込みとバイアスは、今年5月に開かれた裁判員制度10年のシンポジウムで、東京地裁刑事部所長代行の伊藤雅人判事が「裁判員の方たちと議論をしていると、気付かされる」こととして述べた。日本の裁判官は、英米のようにベテランの弁護士などから選任されるのではなく、ほとんどが司法試験に合格し、司法修習を終えて任官する。例えば修習で学ぶ「検察官は的確な証拠に基づき有罪判決が得られる高度の見込みがある場合に限って起訴する」(司法研修所検察教官室編『検察講義案』法曹会)という実務の基準は、同じ「官」でもある裁判官に「起訴してきたからには有罪だろう」「起訴できなかったのだから有罪は難しい」という、思い込みやバイアスをもたらすのではないか。筆者はそう考えてきたので、伊藤判事の言葉がとても腹に落ちた。 

 無罪とされた勝俣元会長ら3人は、事故で避難を余儀なくされた人などから告訴、告発され、東京地検は2度にわたって不起訴処分としたものの、無作為に選ばれた20歳以上の有権者11人で構成する検察審査会が「起訴相当」「起訴すべきだ」と2度議決。検察審査会法に基づき、指定弁護士によって強制起訴された。検察官が有罪判決を得られる高度の見込みはないと判断した事件だった。 

 3人の刑事裁判を担当したのは、東京地裁の永渕健一判事(裁判長)、今井理判事、柏戸夏子判事補。事故を巡る業務上過失致死傷罪の成立には、事故が予見できたこと(予見可能性)と、対策を講じていれば被害の発生を防げたこと(結果回避可能性)の立証が必要とされている。東京地裁は結果回避可能性について、東日本大震災直前の2011年3月初旬までに原発の運転停止措置を講じることに尽きていると断じ、指定弁護士が主張した、防潮壁の設置や代替電源の高台設置などの津波対策は、完了時期が判然としないなどとして排除した。  

東京電力旧経営陣への判決公判が開かれた東京地裁の法廷=2019年9月19日

 その上で、法令に基づく命令を受けておらず、事故も発生していない状況下で運転を停止するには「東電の社内はもとより、関係各機関に停止することの必要性、合理性について具体的な根拠を示して説明し、理解や了承を得ることが必須だった」などと指摘。運転停止は困難として、結果回避可能性を否定した。 

「裁判所が勝手に土俵を変えた」

 一方の予見可能性についても、東京地裁は原発の運転停止を義務付けるほどの予見はできたのかというレベルで検討。指定弁護士は、福島県沖でもマグニチュード(M)8・2前後の地震が発生する可能性を指摘した、文部科学省地震調査研究推進本部の「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」(02年7月)などを契機として、巨大津波は予見可能だったと主張していたが、判決では、勝俣元会長ら3人に「長期評価が信頼性、具体性のある根拠を伴っているという認識はなかった」と認定された。 

 さらに勝俣元会長らが出席した08年2月16日の会議で、当時東電本店の原子力設備管理部ナンバー2だった山下和彦氏が、長期評価に基づいて津波対策を実施する方針を説明し、会社として了承されたとする、山下氏本人の供述調書も「整合しない事実がある」などの理由で信用性に疑問を投げ掛けるなどして、東京地裁は結局、予見可能性も認めなかった。 

 被害者の代理人として裁判に参加した海渡雄一弁護士は「被告・弁護人も津波対策が間に合うことを前提に、その有効性を議論していた。ところが、判決はこの最重要論点から完全に逃げた。この論点では、無罪の結論を導くことは難しいので、運転停止以外の結果回避措置を無視した。長期評価についても、対策を義務づける動機となったかという裁判で議論された観点ではなく、停止を義務付ける契機となったかというハードルを勝手に上げた尺度で、その信頼性を論じた。裁判所が勝手に土俵を変えてしまった」と指摘する(福島原発刑事訴訟支援団のホームページ)。最重要論点から目を背けたり、ハードルを勝手に上げたり、土俵を変えてしまったりしたのは、職業裁判官特有の思い込みとバイアスによるものではないだろうか。 

東京電力旧経営陣への判決後、記者会見する海渡雄一弁護士(右)と福島原発告訴団の武藤類子団長=2019年9月19日、東京・霞が関の司法記者クラブ

 東京地裁は判決の結語として「(震災前の)社会通念の反映であるはずの法令上の規制やそれを受けた国の指針、審査基準等の在り方は、絶対的安全性の確保までを前提としてはいなかった」と述べた。東京地検も2度目の不起訴理由で「安全対策においても、どこまで想定するか、あるいは具体的に何を想定するかを定め、具体的な条件設定をした上でそれへの対策を講じる必要があることは否めない」として、やはり絶対的安全性の確保が前提ではなかったという考え方を取っていた。東京地検は長期評価の信頼性と原発の運転停止も否定し、判決と不起訴理由はまさに軌を一にしている。 

「万が一にも」「まれではあるが」発生する津波にも対処

 これに対し、強制起訴を決めた検察審査会の議決書では、四国電力伊方原発訴訟の最高裁判決(1992年10月)で、原子炉設置許可の基準について「災害が万が一にも起こらないようにするため」とされていることや、原子力安全委員会が2006年9月に示した耐震設計審査指針で「極めてまれではあるが発生する可能性がある」津波によっても、重大な影響を受けるおそれがないことを挙げていることから、安全性は「万が一にも」「まれではあるが」発生する可能性のある地震、津波、災害にも対処することが求められていたと認定している。 

自衛隊のヘリから撮影した福島第1原発。(手前から)1、2、3、4号機=2011年4月26日(防衛省提供)

 長期評価も「信頼度がどうであれ、それが科学的知見に基づいて、大規模な津波地震が発生する一定程度の可能性があることを示している以上、それを考慮しなければならない」として、判決や不起訴理由と全く異なる考え方を示した。そして、検察審査会は「ひとたび発生すると取り返しのつかない事態になることが考えられる原発事故においては、検察官の考えているようなことは何の説得力も感じられない」と指摘。 絶対的安全性の確保が前提ではなかったという考え方を有権者は明確に否定している。

 検察審査会の検察審査員と同じく、20歳以上の有権者から無作為に選ばれる裁判員6人と裁判官3人による裁判員裁判は、殺人をはじめ最高刑が死刑または無期懲役などの罪に限られ、業務上過失致死罪は対象外だ。もし今回の事件が裁判員裁判の場合、裁判長は公判に先立ち、裁判員に「有罪か無罪かは、法廷に提出された証拠だけに基づいて判断しなければいけません」「証拠を検討した結果、常識に従って判断し、被告が起訴状に書かれている罪を犯したことは間違いないと考えられる場合に、有罪とすることになります。逆に、常識に従って判断し、有罪とすることについて疑問があるときは、無罪としなければなりません」(最高裁公表の説明例)と伝えることになっている。 

 裁判員はこの刑事裁判の基本ルールを忠実に守って判断するに違いない。職業裁判官特有の思い込みやバイアスはもちろんない。裁判官は伊藤判事が語ったように、思い込みやバイアスに気付くかもしれない。福島第1原発事故の刑事裁判が裁判員裁判だった場合、検察審査会の議決のような、東京地裁とは全く違う判決になったのではないかと筆者は考えている。