【F1チームの戦い方:小松礼雄コラム第12回】「使えるものはすべて使った」大苦戦を覚悟のロシアでペナルティはね退け5戦ぶり入賞

 今シーズンで4年目を迎えるハースF1チームと小松礼雄チーフレースエンジニア。第15戦シンガポールGPでは狙い通りの戦略を成功させるも、フロントウイングにビニール袋が引っかかるというまさかの不運に。一方シンガポール以上の苦戦を予想していた第16戦ロシアGPでは5レースぶりの入賞を果たした。そんな現場の事情を、小松エンジニアがお届けします。

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 夏休み明けのスパとモンツァに続いての連戦となったシンガポールGPとロシアGP。シンガポールについてはレース前から苦戦を予想していた一方で、その次のロシアでは久しぶりの入賞となりました。

 まずはシンガポールGPですが、上述の通り、レース前から厳しい週末になるだろうなと予想していました。それでもレースでは舞台となるマリーナベイ・ストリート・サーキットのオーバーテイクの難しさもあり、ケビン(マグヌッセン)は長いことポイント圏内で走ることができました。結果的には不運がありポイント獲得には至りませんでしたが、良いレースが出来たと思います。

 金曜のフリー走行を終えた時点で、土曜の予選が相当厳しいものになることは明らかでした。そこで想定外ではありましたが、金曜の夜にロマン(グロージャン)のクルマを再び開幕戦仕様に戻しました。これまでのデータから、シンガポールには新しい仕様の方が合うという結果が出ていたのですが、とにかくフリー走行で速さが足りなかったので、2台でクルマの仕様を分けて走った方が先に繋がるデータを採れるので仕様を変えることに決めました。このレース自体で前進したというわけではないですが、今後と来年に向けては良い収穫がありました。

ロマン・グロージャン(ハース)

 予選ですが、ロマンはQ1でミスもあって18番手、ケビンはQ2で15番手でした。絶対的に速さがなかったので、ここではどんなにやってもQ2進出が限界でした。なんとか12番手辺りまで行ければ良かったのですが、残念ながらケビンの15番手が精一杯でした。

 決勝レースではロマンが11位、ケビンが17位と、入賞まであと一歩のところまでいけました。特にケビンに関しては、良いペースで9位を走っていたのですが、ロマンと(ジョージ)ラッセルの接触でセーフティカー(SC)が出たあたりでビニール袋がフロントウイングに引っかかってしまうという不運があり、クルマのグリップやバランスが大きく変わってしまったので残念でした。たかがビニール袋でと思われるかもしれませんが、フロントウイングというクルマの空力のすべての発端となる重要なところに引っかかってしまったので、かなりの影響があったんです。

 しかし、それまでは良いレースができていたと思います。クルマの出来を考えれば第1スティントのペースも良かったですし、1回目のピットストップも狙い通りの位置でケビンをコースに戻すことができました。中団勢のなかで最初にピットに入ったのが(ダニール)クビアトだったのですが、彼は後方にいたウィリアムズの(ロバート)クビサに引っかかるだろうと予想されたので、この段階ではウチはクビアトの動きには反応しませんでした。

 一方で彼に反応した(セルジオ)ペレスや(キミ)ライコネンは、クビアト同様にクビサの後ろでタイムをロスしました。ケビンのすぐ後ろには(ピエール)ガスリーもいましたが、ガスリーはハードタイヤを履いていたのでウチをアンダーカットするためにピットインすることは無いだろうと考え、彼のことは気にせず、ライコネンがクビサを抜いた段階でケビンをピットに入れようと決めました。

 ライコネンがクビサを抜いたのを見て、次の周にケビンをピットに入れました。結果、ケビンは狙い通りライコネンの前でコースに戻ることができて、誰に詰まることもなくフリーで走ることができました。前の方では(アントニオ)ジョビナッツィがライコネンへの援護なのかセーフティーカーを待っていたのかわかりませんが、ずいぶんとピットインせずに最初のスティントを長く引っ張っていました。これに何台ものクルマが影響を受け、ケビンも前との差がぐっと縮まり、悪くない状況でした。

 そしてロマンと(ジョージ)ラッセルの接触によるSC導入。ここで上述の通り、フロントウイングにビニール袋が引っかかってしまう不運がありました。このせいでフロントのダウンフォースが抜けてしまい、1周ごとにクルマが受ける影響も違ったのでケビンも相当運転しづらかったと思いますが、よく頑張って走ってくれました。

ケビン・マグヌッセン(ハース)

 1回目と2回目のSC後の再スタートはなんとか持ちこたえてくれましたが、ミディアムタイヤを履いていたガスリーと(ニコ)ヒュルケンベルグに抜かれてしまいました。ケビンと同じハードタイヤを履いていたライコネンはさらに苦しんでいたようで、ペースが上がらず後続のクルマに抜かれ、最後には1コーナーでクビアトと接触。これで3回目のSCの出動となりました。フロントのダウンフォースが抜けている状態でハードタイヤを履いていて、3回のSCでタイヤ温度も下がってしまい、さすがにケビンはポジションを守りきれませんでした。

 その後はペースも上がらなかったのでソフトタイヤを履いていたロマンとポジションを入れ替え、ロマンがポイント獲得を狙いましたが最後はタイヤが保たず、入賞とはなりませんでした。

■対レッドブル戦略で判断ミスも、5戦ぶりのポイント獲得

 ロシアではケビンが第11戦ドイツGP以来の入賞を果たしました。金曜日の走り出しから感触は悪くなかったので、土曜日はクルマの調整もごくわずかなものにしました。フリー走行3回目ではロマンが6番手、ケビンが10番手だったので、これなら中団勢のトップに立てるという手応えもありましたが、そういう意味ではケビンがQ2でミスをして14番手、ロマンが9番手というのは期待はずれな結果でした。

 決勝レースではロマンが1周目にクラッシュしてしまい、彼はここでレースを終えました。このクラッシュでSCが出ましたが、ケビンはこのリスタートを上手くきめて(ニコ)ヒュルケンベルグの前に出ました。しかしその後はクルマのバランスが良くなくて、DRSが使えるようになってからはすぐに抜き返されてしまいました。いろいろと指示を出してバランスを調整して良くなりましたが、ヒュルケンベルグには徐々に差をつけられました。

 ヒュルケンベルグにはついていけなかったものの、ケビンのペースはまあまあ良かったです。後方にトラフィックがあったこともあって、最初のスティントを伸ばすことにしました。先にピットインしたヒュルケンベルグは案の定トラフィックに引っかかっていましたし、前を走っていたペレスなども先にタイヤ交換を行いましたが、ケビンのレースには影響ありませんでした。ラップタイムも安定していましたし、なんとか後続をクリアしようととにかく長めに走りました。

ケビン・マグヌッセン(ハース)

 27周目に(セバスチャン)ベッテルがコース上でストップしてバーチャルセーフティカー(VSC)が出たので、迷わずケビンをピットに入れ、(ランド)ノリスよりも前でコースに戻ることができました。その後、今度はすぐにラッセルがコース上で止まりSCが導入されました。再スタートは上手くいき、その後のペースは前を走っていた(カルロス)サインツJr.よりも良かったと思います。

 この段階で一番懸念していたのは、後方から走ってきた(アレクサンダー)アルボンでした。レッドブルとは勝負にならないので、ケビンにはアルボンとは戦わずに先に行かせろという指示を出そうかと思ったのですが、アルボンはまだ若手でミスもあるので、プレッシャーをかければ勝負できるのではないかとも考えました(レース後に話してわかったのですが、ケビンもまったく同じように考えていたようです)。

 これが結果的には間違った判断となってしまいました。アルボンと争う前のケビンはサインツJr.のすぐ後ろを走っており、後ろのペレスには4秒ほどの差をつけていたんです。しかしアルボンとバトルをしているうちにサインツには離され、逆に後ろにいたペレスの目の前まで後退してしまいました。

 アルボンに抜かれた後、ペレスとバトルをしていた際に2コーナーでミスをして抜かれ、さらに5秒のタイムペナルティを科されてしまい、最終的にはペナルティのせいでノリスにも先行されてポジションを3つ落とすことになりました。

 ペナルティが出た際、ケビンのエンジニアは「ペナルティのことを伝えると(ケビンが)怒ってリズムが狂うから、言わないほうがいいのではないか」と提案してきたのですが、当然ながら僕はペナルティが出たことを伝えさせました。ペナルティが出た時点では、そのままの位置関係でレースを終えて5秒加算されると(ランス)ストロールよりも後ろの11位になってしまう位置にいたからです。

 だからケビンにはペナルティのことを伝えて、残りの5周をすべて予選ラップのように走ってくれと指示しました。ノリスには勝てないかもしれないけれど、入賞のためにもやるしかないという状況でした。

 その結果ケビンはすごくよく走ってくれて、実質11位だったポジションを9位まで取り戻しました。現状では毎戦ポイントを争えるわけではないので、この時はエンジンから何から使えるものはすべて使いました。ミスもありましたが、よく挽回したと思います。

 次戦はいよいよ日本GPですが、鈴鹿では新しいパーツを投入する予定です。ロシアでは手元にあるパーツでこれまでとは違うコンビネーションを試して、性能への影響をみるテストを行いました。シンガポールでロマンのクルマの仕様を変えたのも、ロシアでやることを一部先取りしたようなかたちです。また日本GPの次のメキシコでも新しいものを入れる予定です。

 クルマ的にも次の鈴鹿は悪くないと思っています。シケインとヘアピンは相性がいいとは言えませんが、セクター1は良いタイムで走ることができるのではないかと思います。ただ日本GPで使うタイヤは一番硬いC1〜C3なので、これをどう機能させるかというのが重要になります。

 また台風も迫ってきているようなので、予選やレースが天候に左右されるかもしれません。もし、荒れればチャンスは広がるのでしっかりものにしたいと思います。

 もちろん僕は鈴鹿が大好きですし、日本のファンの方々もレースを楽しみにしていると思います。チームのみんなも、子供たちが毎年木曜にピットレーンに来てくれるのをとても楽しみにしています。1年で1番楽しみにしているレースです!

2019年F1第16戦ロシアGP ロマン・グロージャン、ハースF1の小松礼雄チーフエンジニア

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