いとうせいこう x ジョン・ムーア対談——なぜ人道危機の現場取材を続けるのか

京都の立命館大学国際平和ミュージアムで「世界報道写真展2019」が10月31日(木)まで開催されている。

世界報道写真展は、50年以上の長い歴史を持ち、現在では世界約40ヵ国100 会場で開催、年間約400万人が足を運ぶ世界最大級の写真展となっている。

今年の世界報道写真大賞を受賞したのは、写真ライセンスをグローバルに販売するゲッティイメージズに所属するジョン・ムーア氏。”泣き叫ぶ少女”として知られるその写真は、メキシコと米国の国境沿いの町、米テキサス州マッカレンで、中米ホンジュラスから来た母娘を撮影したもので、発表直後、世界中で議論を巻き起こして注目された。

ムーア氏は、これまで紛争地など数々の人道危機の現場取材に加え、国境なき医師団(MSF)の活動地でも取材をした経験を持つ。今回、同展の東京開催にあわせて来日したムーア氏へのインタビューを行うことができた。また、2016年よりMSFの活動地を取材し、これまでのルポルタージュを2冊の本で紹介してきた、作家・クリエイターのいとうせいこう氏との対談も実現。本稿ではその模様をお伝えする。

何千枚の最後の2枚

——大賞を受賞した写真は、長い事前取材の成果だと思うのですが、撮影に至った経緯と、この写真が意味するものを教えて下さい。

世界報道写真大賞 スポットニュースの部 単写真1位 ジョン・ムーア(米国、ゲッティイメージズ) 2018年 6 月12日、メキシコとの国境沿いにある米国テキサス州マッカレンで、ホンジュラスからともに来た母親のサンドラ・サンチェスが国境監視員の取り調べを受けている間、泣き叫ぶヤネラ

世界報道写真大賞 スポットニュースの部 単写真1位 ジョン・ムーア(米国、ゲッティイメージズ)
2018年 6 月12日、メキシコとの国境沿いにある米国テキサス州マッカレンで、ホンジュラスからともに来た母親のサンドラ・サンチェスが国境監視員の取り調べを受けている間、泣き叫ぶヤネラ

ムーア:トランプ大統領が国境管理のゼロ・トレランス(移民に対する不寛容)政策を始めた時期だったので、その現実を見てみたいと思いました。米国の国境警備当局からアクセス許可を得るには何週間もかかりました。

この写真は、この夜、何千枚か撮った写真の最後から2番目の写真でした。警備隊員が集まって母親を取り調べていて、一時勾留センターに送ろうとしているところで、その後に何が起きるかは全く分かりませんでした。母子はイカダに乗って川を越えてきたのです。私は母親と話すことができたのですが、ホンジュラスから来て、子どもはもうすぐ2歳になる、ということ以外は全く情報がありませんでした。

センターに送られた後の居場所は分からなかったのですが、その後弁護士を通じて何とか母親とコンタクトを取ることができました。3週間ほどテキサス州内を転々とさせられた後に解放され、ここ1年は東海岸に住んでいたということでした。ホンジュラスを出た理由については、訴訟になっているので、詳しく教えてもらえませんでした。

——母子は不法入国をしようとするところを捕らえられ、その後難民申請が認められたということでしょうか。

ムーア:国境を超える時に警備を回避すれば不法と言うことになるのですが、政治的保護を求めるのであれば国際法でそれは不法ではないと認められています。トランプ政権はそれをも不法行為にしたいという動きをしています。

——この写真が果たした役割についてはどう考えますか。また、米国の主要メディアでは高く評価された一方で、大統領報道官は批判的なツイートを行い、ソーシャル・メディアでもそういった意見が出ています。その分断はなぜ生まれたと思いますか。

ムーア:写真はトランプ大統領のゼロ・トレランス政策に対する世論を多少なりとも変えたと思います。大統領の頭の中でそれが変わったかまでは分かりませんが……。

どんな写真でも感情的で刺激を与えるものは、常に議論の対象になると思います。特に政治的に二極化した社会では必ず起きることだと思います。フォトジャーナリストとして深刻なテーマを扱う時、そしてそのテーマに関して意見が分かれる時、批判はつきものだと思っています。

今は写真がソーシャル・メディアを通してものすごく早く拡散しますから、発表した瞬間に批判が出ることも予測して準備しています。それだけ見られるというのは、自分がもっと良いジャーナリストになるための道だと思っていますし、努力をすることは良いことだと思っています。

——日本では今、危険な現場に記者が行く必要は無い。日本から危険を冒して行かずとも、地元の人が出す情報をSNS等で集めれば良い、政府に迷惑をかけるべきではないという声も強まっています。記者だけでなく、人道援助関係者にもそうした指摘があります。

ムーア:その意見には反対します。こういった取材はきちんと調査のできるジャーナリストが行うのが適切と考えるからです。外国から来るジャーナリストには細かい地元の情勢が分かりませんし、地元のジャーナリストには大局が分からないこともある。協業が一番良いと思います。
 

「ひとりの言葉よりはるかに多くのことを伝えられること」

いとう:ジョンさんは、写真を始めてからこういうジャーナリスティックなことを始めたのですか?それとも何か自分で扱いたいと思った時に写真があったという順番だったのですか?

ムーア:自分が初めてフォトジャーナリズムに興味持ったのが16歳の高校生の時だったのですが、その時の教師が非常に若い先生で素晴らしいメンターになってくれ、とても幸運だったと思います。16歳で私の才能を見出してくれ、とても感謝しています。

いとう:MSFの人たちと話すと、MSFに入りたいから看護師になったというような人たちがいますが、やっぱり若い頃に社会問題と向き合いたいという思いでこの世界に入られたのでしょうか?

ムーア:MSFの人たちのようなきっかけでと言いたいのですが、自分に視覚的にストーリーを伝える力があると発見したことがきっかけかもしれません。一つのストーリーについて、ひとりの言葉よりはるかに多くのことを伝えられることが、自分に与えられた贈り物だと思っています。写真という手段を使って、ものすごいことをコミュニケートできるのです。

いとう:僕は文章しか書けないので、文章でこの写真1枚を表せと言われたら本当に大変で、これを切り取ることは非常に難しくて嫉妬を覚えるのですが(笑)、先生と出会ってからと言うか何か一つの写真を見てから、気づくきっかけのようなものがあったのでしょうか。

ムーア:若いジャーナリストにもよく聞かれるのですが、本当にすごくゆっくりとしたプロセスで、本当に少しずつ少しずつ、上手くなるために何年もかけて間違いを重ねながら続けることが重要だと思います。また、もっと大事なのは、どのようなビジョンをもって、自分だけのビジュアルスタイルをどのように作るかが重要だと思います。

いとう:社会問題を自分の中で整理してから撮るのですか、それともとにかく撮ることを通して問題を構成していくのか、どちらの方が重要と考えますか?

ムーア:いい質問です。ストーリーを取材する時には先にリサーチをすることにしています。最近の人はネットで検索すれば2時間もあればものすごい量の情報収集ができますよね、一般的なリサーチは簡単になりました。

次のステップは、その地域社会、現地の人たちとどのように仕事ができるかが重要だと思います。もちろん現地に行く際には自分なりの考えを持って行くわけですけれども、もっと自分をオープンにして現地の人たちと接しながら、リアルなストーリーを考えることが最も重要だと思っています。

いとう:現地に赴く時、写真撮影は被写体の近くで行うわけですが、危険なこともあるだろうし、現地の人びとに対して失礼があってはいけないことにも注意が必要でしょうし、そこをどのように気をつけておられますか。

ムーア:人びとへの敬意はとても重要です、すでにかなりのトラウマを経験している人たちに、さらなる刺激を与えることは避けなければなりません。写真を撮る前に状況を理解し、対話することを心がけています。相手の居心地がいい状態で写真を撮るようにしています。

ただ公の場所では、時に先に写真を撮って後から許可を得ることもあります。全ての写真について事前に許可を得ようとすると報道写真は存在できません。プライバシーとのバランスが重要だと思います。  

外のことを考えさせまいとする世界の潮流

いとう:ジョンさんの写真からはアーティスティックなものも伝わってきます。ジャーナリスティックなものを撮ろうとする画角とそれは少し違うかもしれない。そのバランスはどう取っているのですか?

ムーア:私は写真家よりもフォトジャーナリストであると思っています。というのは、写真を通してストーリーに関心を持ってほしいと思っているからです。人びとは毎日、何千ものイメージを目にしています。スマホでは1秒間に何枚もの写真がスワイプされていきます。いかに重要な写真であっても視覚的に関心や興味を持ってもらわないと、すぐに次の写真に飛ばされてしまうのです。

自分は何か、人の好奇心を生み出すような写真を作ろうと思っています。特に芸術的なものであったり、感情的、情緒的であったりすると、人は見てくれるかもしれない。キャプションを読んでくれるかもしれない。そうすると、次の段階として写真をストーリーのコンテクストの中で見てくれるかもしれない。それが自分のチャレンジであり、喜びでもあります。

いとう:今、日本の若い人たちがなかなか外側に好奇心を持たなくなっていることが大変な問題で、自分も作家としてどういう風に問題意識を持ってもらうかを考えながら書くことが多いのですが、あなたの写真はそれをノックする力を持っていると思うので、あなたの写真があってくれて良かったなと思っています。

ムーア:ありがとうございます。多くの人が 世界報道写真展で“泣き叫ぶ少女”の写真を見てくださったと思いますが、あの写真は、10年以上に渡る取材の結果です。多くの人たちとの関わりやコンタクトがなければ、そもそもあの現場に行くこともできなかったと思います、あの写真は膨大な事前の作業の結果だと思っています。

いとう:さっき、若い人たちが日本以外への興味を失っていると言ったのですが、それは正しく言えば、興味を「失わされている」と考えるべきだと自分では思っています。彼らは国外のことを考えないようにすることで、国内で支配されやすくされている、と確実に思います。

これは日本だけの問題ではなく、ジョンさんがずっと見ている移民の問題とも関わっています。人類史の本にいずれ載るのではないかと思うほど、移民の移動が世界中で始まっている。これは外に出て行こうとする力と、内側で支配しようとする力のコンフリクトがあふれ出ているという状態と言えます。ジョンさんがこういう写真を撮ることで、人びとの心をノックし、ナショナリズムによって国内で問題を抑え、外のことを考えさせまいとする世界の潮流に対しても、ノックしていると思います。  

「彼らの苦境を書くことで、一つの抵抗をしているわけです」

武力衝突によって破壊された病棟の前で現地スタッフから話を聞くいとうせいこう氏(南スーダン・マラカル、2018年11月撮影)© Toru Yokota

武力衝突によって破壊された病棟の前で現地スタッフから話を聞くいとうせいこう氏(南スーダン・マラカル、2018年11月撮影)© Toru Yokota

ムーア:いとうさんに質問してもいいですか。各地のMSFの現場を取材するなかで、アクセスしにくいところ、文化的に違うところにも、彼ら(MSFスタッフ)は行っていると思います。我々ジャーナリストがそこから学ぶべきことはあると思いますか。

いとう:僕は小説家なのでジャーナリストとは少し違う立場です。でもあえてジャーナリスティックな領域に踏み込んでいます。どういうことかというと、今この国では、ジャーナリストに「国外をジャーナルするな」と言っています。なので、僕はそれをジャーナリストではない立場から、いわば知らないふりをして作家として現場に行って、彼らの苦境を書くことで、一つの抵抗をしているわけです。

それを見ても分かるように、常に都合の悪いことを隠そうとする人びとは世界中にいて、一方でそのことでたくさんの人たちが苦しんでいる状況は変わらない。だから、外国人であること、部外者であることは凄く大事だと思っています。部外者であるから書ける、知らないふりして聞ける、ずかずか入っていける部分があると思うので、ものを知りすぎてインサイダーとはならないことを、作家として大事にしています。

もう一つ、ジョンさんもおっしゃっているのですが、被写体が撮られたいかどうかをきちんと確認してから発表している。この本(※)もそうやっているのですが、これは非常に21世紀的だと思っています。SNSの時代でもあり、それをしているかどうかはすぐ分かってしまう。それを窮屈に感じる人も日本にはいるのですが、人権という面でジャーナリズムは大きく変わったなと、この仕事をしていて思いましたし、ジョンさんがそれをクリアしながら、他の人が撮れない写真を撮る。それは倫理を持ちながら、伝えるべき状況を伝えることを両立させるという難しい仕事をしていることを尊敬しながらお話を聞いていました。

※ いとうせいこう著 『「国境なき医師団」を見に行く』 (講談社刊) 

「人類に何が起きているかを知ることは必要」(ムーア)

「不正義で苦しむ人をみちゃったら、もうどうしようもない」(いとう)

——お二人にお聞きします。現場に行って初めて感じたことはありますか。 

エボラ出血熱の疑いのある小児患者を抱きかかえるMSFの医療スタッフ(リベリア・ペインズビル、2014年10月撮影)© John Moore/Getty Images

エボラ出血熱の疑いのある小児患者を抱きかかえるMSFの医療スタッフ(リベリア・ペインズビル、2014年10月撮影)© John Moore/Getty Images

ムーア:MSFのスタッフやボランティアは世界で最も困難な地域で仕事を続けています。ほかの援助機関が去っても最後まで残っていることも知っています。そのような活動の写真をこれまでも撮ってきましたし、これからも撮っていきたいと思います。

いとう:南スーダンで分かったのは、国連のPKO部隊が基地をつくっていて、その隣にヒューマニタリアン(人道援助)機関の基地もありました。今まで僕は、世界は国家だけで成り立っていると思っていた。そのナショナリズムが高まり、世界中で問題になっている。けれども、ヒューマニタリアンという第三の勢力がある。彼らがいることで、非常に混乱した地域で国家同士がぶつからないようになっている。日本の人は、こういうことをあまり知らないかと思います。移民の問題は、国家と国家の問題なので、そこにNPOやNGOがいかに国家ではない立場で働いているか、その点で非常に大きな敬意を抱いているし、希望にもなっていると思います。

——世界の難民・移民は、中米から北米を目指すルート、さらに世界一危険と言われる地中海を渡るルート、多くの人がこれらのルートを好まないのに通らなければならない。しかし、地中海では今、EUの政策で海難救助活動は難しくなっているし、欧州側は助けた移民の受け入れを拒否している。メキシコと米国では、国境の両側で警備を厳しくして人びとを遠ざけている。そうなると人びとは密航業者、人身取引業者に頼ってさらに危険な状況に陥っていく。ヒューマニタリアン勢力はどうしたらいいのでしょうか。

ムーア:Scott Warrenのことを調べて頂ければ分かるのですが、「no more death」と移民を支援している。それが訴追の対象になって、最高で懲役20年という事態になっている。移民の為に水を置いたりすることさえも犯罪扱いされているわけです。そういう米国政府の立場は非常に大きな問題だと思っています。

いとう:ジャーナリズムが一番大事になってくるということですよね。伝え合う、ということが大切ですね。

ムーア:米国含め、政府が自国民に対してもそのような行動にでることは知っておくべきだと思います。

——最後に、改めてお聞きします。さまざまなテーマがある中で苦境にある人びとを取材対象にしている理由があれば教えて下さい。

ムーア:世界で起きている様々な問題をみんなで見ることは非常に重要だと思います。裏庭で起きていることも、他の土地で起きていることも、人類に何が起きているかを知ることは必要だと思います。

いとう:僕は、不正義で苦しむ人を見ちゃったら、もうどうしようもない、というか。僕には書くことしかできないので、書いている。しかも、人がそれをより理解できるように、ユーモアを持って書くように心がけています。現場で見る時はとてもユーモアを持って見られないのですが、書く時はユーモアを持って人に伝わるように書くのが大事だなと思っています。

——ありがとうございました。

MSFは、京都で開催中の「世界報道写真展2019」との連携企画として10月14日(月・祝)、人道危機の現場取材を続けるフォトグラファーの渋谷敦志氏をゲスト迎え、海外派遣スタッフとして経験豊富な京都在住の大谷敬子看護師ともにスライド・トークを開催します。 

渋谷敦志 × 国境なき医師団~人道危機の現場で、人々に寄り添うこと~

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