デザイナーが「触るハザードマップ」を作るまで  雑誌の仕事で福祉に関心、そして防災へ

障害者向けに自作した「触るハザードマップ」を手にする萩野茂樹さん=津市

 NPO法人「日本災害救援ボランティアネットワーク」監事の萩野茂樹(はぎの・しげき)さん(65)は、本職グラフィックデザイナーだ。災害のたびに被災地に赴き、道路清掃や家屋の片付けなどのボランティアをしている。さらにそれだけにとどまらず、災害弱者である障害者の役に立つよう被災地で見聞きしたことを基に「防災靴」などのグッズを自らの手で製作したり、講座を開いたりしている。

 ▽被災地巡り「触るハザードマップ」「防災靴」試作

 堤防から山際まで、木造家屋、電柱、ガードレールの姿は消え、市役所のコンクリートの壁は衝撃で大きくへこんでいた―。津波に襲われた岩手県陸前高田市で萩野さんが見た光景だ。この恐ろしさを知ってもらおうと、三重県志摩市で視覚障害者向けにワークショップを実施した。立体インクで海岸線をなぞり、膨らみのある点を使って浸水地域を示すなどした触地図「触るハザードマップ」を自作。これで南海トラフ巨大地震による津波の被害予想を説明する。

「触るハザードマップ」。海岸線は立体インクで、浸水地域には小さな膨らみのある点を打ってある

 「こんな所まで津波が来るのか」。参加者の驚く声に手応えを感じつつも、「障害者にも災害の知識や情報が十分に伝わる工夫が必要だ」と実感している。3年前の熊本地震では、視覚障害者を訪ね、被災体験を聞いて回った。避難中にがれきを踏んだ人の話を聞き、運動靴の中敷きに厚さ0・5ミリの鉄板を挟んだ「防災靴」を試作して講座で紹介した。受講者からは簡単にできると喜ばれた。

 ▽車いす避難、「課題を体で検証」

 今年6月、兵庫県西宮市で開いた防災講座では、柔らかいプラスチック製のブロックで被災地のがれきや悪路を再現し、車いすでの避難訓練を行った。視覚障害者や介助者、地元の学生など約25人が参加した。何度も立ち往生し、避難に苦戦する人が続出。「課題を体で検証してほしい」。萩野さんは、身を守るには実際に経験することが重要だと考え、こうした講座をこれからも続けるつもりだ。

今年6月、兵庫県西宮市で行われた防災講座で講演する萩野さん=提供写真

 ▽デザインの仕事きっかけにボランティアの道へ

 本職のグラフィックデザイナー業では、行政のイベントなどのチラシやポスターを製作している。38年前、下肢に障害のある人々からの依頼で、車いすの人向けのレジャー情報誌をデザインした。障害のある人たちと交流を持つうちに、福祉やボランティアに関心を持つようになった。
 
 そして1995年の阪神大震災で初めて被災地に足を踏み入れた。これが現在の活動の原点だ。西宮市で道路を清掃していた時、被災者に何度も「ありがとう」と声を掛けられたのが忘れられない。

 被災地で撮影した写真は2万枚超。データベース化し、障害のある人たちが安全に避難する方法を模索する。津市の防災訓練には防災アドバイザーとして参加し、障害者向けの訓練メニューを提案している。「取り残される人がないよう、きめ細かい提案をしていきたい」

 ▽取材を終えて

 真っ白な紙に点字だけが打たれた視覚障害者向けのチラシや、「ヘルプマーク」の入った小さな缶バッジ。津市にある自宅兼オフィスに訪れるたびに「この前はこれを作ったんさな」。次々と繰り出される新作グッズのお披露目に、わくわくせずにはいられない。依頼があればもちろんのこと、依頼がなくとも自らグッズを作ってしまう。「『こういうものがほしい』と言われなくとも、作って渡せば『ああ、便利やな』と言ってもらえる。作り続けるコツは、遊び心に尽きる」と笑顔。自らがデザインしたグッズを「家宝」と呼んで照れ笑い。萩野家の「家宝」が、だれかの命を救う宝になる日が来るのかもしれない。(共同通信=高木亜紗恵)

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