時代の扉開いた 「まさか、まさか」 ノーベル賞・吉野氏

ノーベル化学賞の受賞会見で、満面の笑みを浮かべる吉野彰さん=9日午後7時45分ごろ、旭化成東京本社

 誰もが手にする「リチウムイオン電池」の開発が世界的な栄誉に輝いた。モバイル時代を切り開き、環境問題にも貢献したとして9日、ノーベル化学賞が決定した旭化成の吉野彰名誉フェロー(71)。「壁にぶつかっても、何とかなるという柔らかさ」が信条で、若い研究者や子どもにもエールを送る。各地から称賛の声が届く中、夫妻ともにユーモアを交えた受け答えで喜びを表した。

 「まさか、まさかです」「ありがとうございます」-。ノーベル化学賞の受賞が決まった吉野彰さん(71)は9日夜、名誉フェローを務める旭化成東京本社(東京都千代田区)で会見し、感謝と喜びを語った。約10年勤務した川崎時代を原点と振り返り、「環境問題への貢献が評価された」と満面の笑み。同僚らに祝福され、若手研究者が続くことに期待を寄せた。

 スーツ姿で会見場に現れた吉野さん。ノルウェーの王立科学アカデミーから受賞決定の電話連絡を受け、「突然のことだったので、うれしさというよりも戸惑いの方が大きかったかな。少しずつ実感が湧いてきました」。有力候補者として毎年、名前が挙がっていたことについて「ノーベル化学賞は裾野が広いのでデバイス(装置)系は順番が回ってこない。まさか、でございます」と破顔した。

 スーツの胸元には国連が提唱する「持続可能な開発目標(SDGs)」のバッジが光る。受賞理由についてアカデミーからは、リチウムイオン電池の開発が環境問題に貢献すると説明されたという。

 吉野さんは1982年から92年までの間、同社の川崎技術研究所に勤務。当時行った安全性の実験の成功で「前に進めた。本当の意味でリチウムイオン電池が誕生した瞬間だった」と懐かしんだ。リチウムイオン電池は、スマートフォンや電気自動車(EV)など広く使われる。「EVが普及すると巨大な蓄電システムができる。太陽光発電や風力発電など変動の激しい発電技術が普及しやすくなる。このことが一番大きな環境問題への貢献だと思う」と述べた。

 受賞発表の瞬間、約100人の社員らが拍手と歓声を上げた。吉野さんは受賞を「若い研究者の大きな励みになってくれるのでは」と期待。後進には「壁に当たったときに何とかなるという気持ちが大切」とアドバイスした。

 受賞を最初に報告したのは藤沢市の自宅で待つ妻の久美子さん(71)。電話越しに伝えると「腰を抜かすほど驚いていた」と笑顔を見せた。

 吉野 彰氏(よしの・あきら)1948年1月30日、大阪府吹田市生まれ。70年京都大工学部石油化学科卒、72年京大大学院工学研究科を修了し、旭化成工業(現旭化成)に入社。2017年から名誉フェロー、名城大教授。04年に紫綬褒章受章。13年にロシアのノーベル賞ともいわれるグローバルエネルギー賞、18年に日本国際賞、19年に欧州特許庁の欧州発明家賞を受賞。藤沢市在住。71歳。

 ◆リチウムイオン電池 小型軽量で、充電して繰り返し使える2次電池。ため込める電気の量が多いため、パソコンやスマートフォンに広く使われるほか、小惑星探査機はやぶさ2や国際宇宙ステーションにも搭載された。

 ◆ノーベル化学賞 ダイナマイトを発明したアルフレド・ノーベルの遺言によって創設され、「前年に人類に最も貢献し」「化学の分野で最も重要な発見・進歩をした人」に1901年から贈られている賞。日本からは故福井謙一(81年)、白川英樹(2000年)、野依良治(01年)、田中耕一(02年)、故下村脩(08年)、鈴木章、根岸英一(10年)の7氏が受賞している。

◆希望と感動もたらす

 福田紀彦川崎市長の話 かつて(旭化成)川崎技術研究所で研究開発に携わり、現在は旭化成の名誉フェローである吉野氏の研究が、世界最高の称賛を受けたことは川崎市民に大きな希望と感動をもたらした。川崎市内には研究開発機関が集積し、数多くの研究者がいる。今回の受賞が大きな励みとなり、今後の産業イノベーション創出にも弾みがつくと期待している。

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