近未来的なデザインはEVだからこそ
ジャガーI PACE(以下Iペイス)で驚かされるのは、これが彼らにとって初のピュアEVであるにも関わらず、既に高い完成度を誇っていることだ。そして、極めてジャガーらしい走行性能が実現されていることである。
今年の春に初めてIペイスを試乗したときは、横浜周辺の都市部と高速道路を走らせるのみに終わった。しかしそれでも、2モーター4WDがもたらす暴力的な加速と、高い静粛性のギャップには軽い衝撃を受けた。
そして今回は舞台を九州に移し、片道160km以上に及ぶロングドライブと、サーキットでの全開テストを体験した。これによってIペイスの実力をじっくり確かめることができたので、みなさんにお伝えしよう。
ミドルサイズながらラージサイズ並みの室内空間
まずその概要を説明すると、IペイスはミドルサイズのSUVだ。ジャガーでいえば「Fペイス」と同じセグメントに属するが、その全長はFペイスの4740mmに対して4695mmと、少し小さめ。しかしEV化の恩恵によってホイールベースは2990mmと長く取られ(+115mm)、ラージサイズSUVなみの室内空間を持つことがひとつの大きな特徴となっている。ボディにエンジンコンパートメントを持たないことから、キャビンを広く取ることができるわけだ。よってIペイスは、ジャガーの伝統的なロングノーズ・ショートデッキスタイルではなく、タイヤをボディの四隅に配置した近未来的なキャブフォワード・デザインとなっている。
バッテリーは90kWhで後輪駆動寄りのトルク配分
パワートレインは、前後に配置したモーターが4輪を駆動するが、通常は後輪モーターが主軸となり、フロントモーターは必要に応じてこれをアシストする形を取っているという。まさにそれは、ジャガーが後輪駆動を主体とするスポーツカーメーカーだから。同じ2モーター式でも、メルセデスの「EQC」とは正反対の考え方だ。
システム合計出力は400PS/696Nm。0-100km/h加速は4.8秒。床下に置かれた90kWhのリチウムイオンバッテリーは、WLTCモードで438kmの走行距離を実現する。
最大7kWのAC普通充電で0-100%の満充電を12.6時間。最大50kWのDC急速充電(CHAdeMO規格)では0-80%の充電が約85分で完了する。
ちなみに今回の道程は街中から阿蘇のワインディング、そして高速道路というフルコースを走った。ここでジャガー側は充電スポットを3カ所含むコースを推奨して万全を期したが、初日の目的地となる福岡までは一度も充電することなくたどり着くことができた。上り坂を含めたワインディングを走りながらも半分以上バッテリーが残っていたことは、大きく評価できると感じた。
きわめて快適、かつ未来的な乗り味
今回まず試乗したのは、20インチタイヤを装着したエアサス仕様車のSEだった。このほかにオプションで用意される22インチ仕様(ファーストエディション)も帰路で試したが、結論からいうとオンロードでより快適な乗り心地を示したのは、意外にも大径タイヤ仕様の方であった。
通常ならばエアボリュームを大きく取った20インチの50扁平タイヤの方が、乗り心地を確保できそうに思える。しかし路面からの突き上げを減衰し、バウンスを納めるには22インチの40扁平タイヤの方が適していた。これは2.2tを超える車重を支えながらも、キビキビとした乗り味を示すサスペンションとのマッチングだと思われる。
ちなみにIペイスにはコンベンショナルな油圧式ダンパーの設定もあるが、これはテストできなかった。
電子的に追加されるモーターサウンドも
モーターによる走行は、極めて快適。かつ未来的だ。
アクセルオンに対するトラクションの掛かり方にはタイムラグがなく、必要に応じて必要なトルクを引き出すことができるため、自然とアクセル開度が小さくなる。
高速道路での追い越し加速も新鮮だ。速度はみるみる上がって行くのに、パワーユニットからの不快なバイブレーションはまったくない。今回ジャガーはギミックとしてアクセル開度に応じた電子サウンドを与えていたが、これも多気筒エンジンをイコライザーで歪ませたような音色となっていて、ちょっと面白かった。こうしてEV時代の愉しみ方は、様々にアプリケーション化されて行くのだろう。
EQCはパドルで回生ブレーキを調整できるが
少し残念だったのは、回生ブレーキの調整幅が2段階しかないこと。さらにその変更は、ディスプレイ内の階層を追って行わなければならないことだった。
回生ブレーキが強い状態では、アクセルオフでかなりの減速Gが発生する。しかしこのモードだと、アクセルペダルからうかつに足を離せなくなる。かたや通常モードだと前車との車間を調整するモーターブレーキとしては、少しもの物足りない。
ここはやはりメルセデス・ベンツ EQCのようにパドルを付けて、もう少し細かい回生ブレーキ調整ができればよいと感じた。また回生ゼロとなるコースティングモードも欲しいところだ。
EVに明るい未来を感じたサーキット試乗
そんなIペイスの実力というか本性が剥き出しになったのは、クローズドコースだった。バッテリーを床下に敷き詰めた重心の低さは(なんとFペイスより120mmも重心が低いのだ!)、タイトコーナーでの旋回性に大きく現れた。今回はFタイプ・クーペを筆頭にジャガー&ランドローバーの生え抜きモデルたちもクローズドコースを走らせた(レポートは後日お届けする)のだが、そのどのモデルよりもIペイスのターンインは自然だった。
ちなみにクローズドコースでは、20インチ仕様でも素直な運動性能を発揮した。22インチ仕様の方がグリップは高いが、動きの自然さは共通。つまりそれだけ、Iペイスの体幹バランスは整っているということになる。また20インチ仕様も、荷重が大きくかかれば、バウンスせずに優れた接地性を発揮する。
FRともミッドシップとも異なる独特な感覚
この旋回性能を活かして向きを変え、クリッピングポイントからはアクセル全開。しかしこのときあまりに全開にし過ぎると、きっちり向きが変わっていても出力が絞られてしまうのは残念だった。せっかくの4WD性能をもちながらも用心深いのは、つまりそれだけIペイスの全開トルクが強烈な証である。
とはいえ合わせ込むようなアクセル操作でも、Iペイスは素早くコーナーを立ち上がる。モーターのレスポンスが、内燃機関より遙かに鋭いからである。
高速コーナーでの挙動は、FRともミッドシップとも違う独特な感覚。優れたニュートラルステアのバランスを持っていることが、非常に印象的だった。
慣性領域に入ると車重の影響は確かに出て来る。その速度域も非常に高いのだが、たとえタイヤが滑り出しても挙動が穏やかかつ、滑り量が少ないため、ほぼアクセルコントロールだけでこれを納めることができてしまった。
ピュアEVの未来をカタチにしたジャガー
ジャガーはIペイスで既にワンメイクレースを開催しているが、確かにこの走りなら彼らが「レースやろう!」と思うのも頷ける。ジャガー史上最も高い剛性を持つボディ。エネルギー効率95%のモーターと、これを全開走行させ続けても熱ダレしない冷却システムの優秀性。回生ブレーキの初期タッチにはまだ曖昧さが残るものの、これも改善されて行くだろうし、若い世代ならすぐに慣れ乗りこなすだろう。
これでバッテリー重量さえ削減できれば、BEV(バッテリーEV)でも立派なスポーツカーが誕生する。それが一番大変だとはわかっているが、なにかとても明るい未来を見せられたような気がしたサーキット試乗であった。
まだ始まったばかりのEV時代において、初めてのピュアEVをこのような形で世の中に提案したジャガーは、さすがである。
[筆者:山田 弘樹 撮影:ジャガージャパン/MOTA編集部]