吉野彰さんらノーベル賞

 三十何年か前、どうしたらいいのかと、その人はまったく行き詰まっていた。気晴らしも兼ねてか、年の瀬に研究室の大掃除をやったら、以前に発表され、読まずにいた論文が出てきた。大ヒントになったという▲電池の「極」の物質には何がいいのか。この難問にぶつかっていた人は旭化成の研究者の吉野彰さんで、論文の筆者は米国の研究者、ジョン・グッドイナフさん。奇縁だろう。もう一人を加えたお三方が、リチウムイオン電池の生みの親として、今年のノーベル化学賞に決まった▲「偶然にも論文を読んだ話」から知るべきことは二つある。一つ、行き詰まったら掃除をしよう。一つ、絶えず過去に学び、現在と結び付けよう▲電池のプラス極に、グッドイナフさんらが「コバルト酸リチウム」を用いて、マイナス極に吉野さんらが炭素材料を用いた研究が、小型で、高出力で、繰り返し使える電池の基本になったという▲商品化したが何年も売れず、「精神的に追い詰められた」こともある。やがてIT革命の波に乗り、その電池は今やスマートフォンにも欠かせない▲太陽光エネルギーを蓄えられるようなリチウムイオン電池が、これからの社会を支えるとされる。過去と現代を結んだその人の、柔らかな満面の笑みは、未来を優しく照らすようでもある。(徹)

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