元代表と振り返る「ラグビーW杯」なぜ日本は強くなったのか

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「ブルームフォンテーンの悪夢」の一戦(写真・アフロ)

「80分間攻められっぱなしで、相手の背中ばかりを追いかけていた。3年前に世界選抜にも選ばれ、同じニュージーランド相手にトライも挙げ、自信を持って臨んだ大会。それだけに、情けなかったというか」

いまも語り継がれる、ラグビーW杯の第3回大会の「ブルームフォンテーンの悪夢」を体験した吉田義人さん(50)は、世界選抜に日本人として唯一、3度選出されている。

「実力差もありましたが、当時、世界はプロ化へと動いていた。プロ化を推進していたNZと、それを否定していた日本との違いが、如実に現われた試合でもありました」

いかんともしがたい実力差。個を伸ばすという意味でも、吉田さんは海外でプロになることも模索した。だが当時、日本ラグビー界は、徹底した「アマチュア主義」。一度でもプロになれば、代表のジャージに袖を通すことは許されなかった。

第1回W杯に出場した、大八木淳史さん(58)が語る。

「僕らの時代は、『サラリーマンという本業があってのラグビー』という考え。20歳で代表になって、30歳で代表から退いたのは、神戸製鋼の社長から『やめてくれ』と言われたから。そこから7年現役を続けたのは、会社のためにという思いから。当時は、『代表より強い』といわれていました(笑)」

日本は、W杯に第1回から連続出場していたものの、強豪国に歯が立たない時代が続いた。それが、前回大会から劇的に変わったわけだが、「その根底にはプロ化がある」と前出の2人は語る。

「以前は、選手もスタッフもアマ。それが今では、ほとんどがプロ。栄養士もつきますが、僕らの時代は、栄養面は自分で勉強していた。環境面が激変したことが、強くなった要因でしょう」(吉田さん)

「いまは1年の半分は代表合宿に行ける。もうひとつは、外国出身選手が増えて、海外のいい部分が融合した結果でしょう」(大八木さん)

代表を取材しつづける、井田新輔カメラマンも同意する。

「2012年に、エディー・ジョーンズがヘッドコーチに就任。質、量ともに優れた練習をして、優秀なスタッフをスカウトして、戦う集団を作り上げた。前回大会で自信を得たこと、今回は自国開催ということで、チーム成熟のためにこれまでにないマンパワーと時間をかけて臨んでいるのが、いまの代表です」

サッカーがそうであったように、強化にプロ化は欠かせない。「ジャイアントキリング」に驚く時代は、もう過去となったのだ。以下ではW杯の日本の戦績を振り返る。
※○は日本勝利、●は敗戦

【第1回大会(1987年)】
○日本 18-21 アメリカ
○日本 7-60 イングランド
○日本 23-42 オーストラリア

招待国として参加した日本の初戦の相手は米国。強豪国ではない相手に、初勝利が期待された。しかし、ペナルティキックを5回も外すなど、勝てる試合を落としてしまった。

【第2回大会(1991年)】
●日本 9-47 スコットランド
●日本 16-32 アイルランド
○日本 52-8 ジンバブエ

スコットランド、アイルランドに連敗していたため、この時点で決勝トーナメント進出は消滅。だが、気持ちを切らすことなく臨んだ一戦では、本大会最多の9トライでW杯初勝利を挙げた。

【第3回大会(1995年)】
●日本 10-57 ウェールズ
●日本 28-50 アイルランド
●日本 17-145 ニュージーランド

日本は先発11人を入れ替えたニュージーランドに最多失点、最多得点差、トライ数など、W杯ワースト記録を6個も献上し、大惨敗を喫する。いまも語り継がれる「ブルームフォンテーンの悪夢」だ。

第9回W杯の日本対ロシア戦

【第4回大会(1999年)】
●日本 9-43 サモア
●日本 15-64 ウェールズ
●日本 12-33 アルゼンチン

平尾誠二監督のもと、前回大会ではニュージーランド代表だったジョセフを加えた日本代表。欧州の強豪相手に、大畑大介のビッグプレーのトライで追撃するものの、最後は突き放された。

【第5回大会(2003年)】
●日本 11-32 スコットランド
●日本 29-51 フランス
●日本 13-41 フィジー
●日本 26-39 アメリカ

フィジー戦では、前半終了間際に13-16と追い上げ、第2回大会のジンバブエ戦以来の勝利を期待されたが、後半は足が止まって0-25と完敗。結果的に、中4日の強行軍が大きな敗因となった。

【第6回大会(2007年)】
●日本 3-91 オーストラリア
●日本 31-35 フィジー
●日本 18-72 ウェールズ
▲日本 12-12 カナダ

元ニュージーランド代表で、第1回大会の優勝メンバーの英雄ジョン・カーワンをヘッドコーチに迎え、試合に応じてチームの先発メンバーを大きく入れ替える「ターンオーバー制」を適用。優勝候補相手に、あえて控え選手中心で臨んだ結果、玉砕。

【第7回大会(2011年)】
●日本 21-47 フランス
●日本 7-83 ニュージーランド
●日本 18-31 トンガ
▲日本 23-23 カナダ

日本は主力を温存したことで、またも “黒衣軍団” ニュージーランド代表の猛攻にさらされることに。前半に6トライ、後半も7トライを献上して、本大会ワースト2位の得点差76で、またもや惨敗した。

【第8回大会(2015年)】
○日本 34-32 南アフリカ
●日本 10-45 スコットランド
○日本 26-5 サモア
○日本 28-18 アメリカ

この勝利に海外メディアは、「W杯史上最も衝撃的な結果」「スポーツ史上最大の番狂わせ」と報じた。そして、3勝しながらW杯を後にする日本代表に対して、「最も不幸な出来事」と称えた。

【第9回大会(2019年)】
○日本 30-10 ロシア
○日本 19-12 アイルランド
○日本 38-19 サモア

ロシア戦、直近のテストマッチでは苦戦した日本だったが、本番ではきっちりと4トライを挙げ、ボーナスポイントを獲得。松島幸太朗が日本人として初めて3トライ、ハットトリックを達成。

アイルランド戦では、世界2位(試合当時)相手に逆転で金星。後半は、終始日本のペースで進み完封。この快挙に、前回大会の南ア戦でも実況したNHKの豊原謙二郎アナが、「もう奇跡とは言わせない」と絶叫。

(週刊FLASH 2019年10月22・29日号)