計画半世紀 今も未完成 長崎・金比羅公園

見通しが利かなくなった展望台と被爆の惨状を伝えるパネル=金比羅山

 長崎市街地を一望する金比羅山(標高366メートル)に市が50年前に計画した金比羅公園。市内を代表する行楽スポットの稲佐山などと並ぶ公園を目指したが、用地交渉に難航したこともあり、今も完成に至っていない。現状はどうなっているのか。周辺を歩いた。
 立山5丁目の県立長崎東中・高そばから金比羅山に向かうと、整備された道路が60メートルほど延びている。その先は山道だ。周辺は雑草が生い茂り、台風で折れた枝が散乱。倒木もあった。
 長崎港を望む展望台は老朽化で立ち入り禁止。爆心地を望むもうひとつの展望台は雑木が視界を遮り、眺望はなかった。ここは戦時中に高射砲陣地があった場所で、旧陸軍兵が原爆の犠牲になった歴史を伝えるパネルが2013年に整備されたが、薄汚れていた。
 市によると、同公園は1969年に市が都市計画決定。坂本、江平、立山などにまたがり、中腹から山頂まで136ヘクタールの広大な区域のうち半分を2期に分けて81年度までに整備する計画だった。第1次整備区域(37.8ヘクタール)には展望台や広場、遊園地、植物見本園やキャンプ場などを、第2次整備区域(29.3ヘクタール)には園路や広場、花木園、休憩所などを予定し、総事業費は当時、約4億4千万円を見込んでいた。
 ただ、ほとんどが民有地で、用地交渉は難航。補償費も折り合わず、第1次整備区域にハタ揚げ広場や展望台、トイレ、園路などはできたが、公園に向かう道路用地を取得できなかったため、資材を運べず、遊園地や植物見本園、キャンプ場は頓挫した。
 完成延期に伴い、国の事業認可は2004年までに9回変更。13年には国からの指導もあり、事業を第1次整備区域に絞り、約21ヘクタールに縮小した新たな事業認可に切り替えた。道路整備に向け動きだしたのは13年2月。結局、山林を含む公園の全用地取得は16年度までずれ込んだ。
 市は現在、21年度までに中腹の金刀比羅神社近くまでの延長650メートルの道路や駐車場(約40台)を整備し、西の稲佐山、南の鍋冠山に並ぶ「世界新三大夜景」を楽しめる名所にしたい考えだ。今後、展望台の改装や園路、トイレ整備を計画しており、新たな事業認可に伴う第1次整備区域の事業費は5億8800万円を予定している。
 最初の都市計画決定から50年。遅々として進まない道路整備に地元住民はいら立ちを隠せない。自治会を通じて要望を重ねてきた同神社の中村恒宮司は「肝心の道路ができない限り公園が機能するとは思えない。早く整備してほしい」と不満をあらわ。過去の経緯に詳しい深堀義昭市議も「先人が提供した土地をほったらかし、公園を管理できていないのはおかしい」と市の対応を批判する。
 「第2次整備区域まで事業を進め、市民が憩える場所にしてほしい。それが市の将来の発展につながる」(同市議)との要望も上がる中、未着手エリアの第2次整備区域の在り方について、前国土交通省公園緑地・景観課長で、公園整備に詳しい千葉大、横浜市立大非常勤講師の町田誠氏はこう指摘する。「何も造らないまま山林公園とするのか、あるいは整備するのか、いずれにしても市民を巻き込みながらしっかりした議論が必要。市民を含めた合意形成に市が汗をかかないと社会に不誠実だ」
 展望台からは景色を眺められなかったので山頂に登ってみた。日が沈むと、人々の暮らしの明かりが輝きだし、長崎港から北部までつらなる夜景が眼下に広がる。自然を生かし、夜景も楽しめる公園とは-。思いを巡らせながら、ヘッドライトの明かりを頼りに山を下りた。

金比羅公園(手前)に向けて整備が進む取り付け道路。手前はこれから整備される予定=長崎市立山5丁目

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