電動TCR『ETCR』と電動ラリークロス『Projekt E』のEVキット・サプライヤー決まる

 世界中のあらゆるモータースポーツ・カテゴリーが急速に電動化へのシフトを進めるなか、TCR規定ツーリングカーをベースとした『ETRC』と、WorldRX世界ラリークロス選手権の併催クラスとして予定されている『Projekt E』車両に対して、それぞれ電動化キットを供給する公式サプライヤーが発表された。また、クプラ・レーシングのETCRプログラムで開発ドライバーに就任したマティアス・エクストロームがETCR向け『セアト・クプラe-Racer』の初テストに臨んでいる。

 10月初旬に開催されたFIAのWMSC世界モータースポーツ評議会(ワールド・モータースポーツ・カウンシル)会合後に発行された声明では、2021年からWorldRXイベントで併催される電動車両クラスに向け、オーストリアの技術企業Kreisel(クライゼル)が、2019年初頭から続いた入札により、EV共通キットの供給権を獲得したことがアナウンスされた。

 この共通電動パワートレインには、前後アクスルに搭載される各250kWのモーター、ふたつのインバーター、そして「革新的なクーリングシステムを持つ52.65kWhの最先端バッテリー」が含まれ、システム総合出力は500kW(約680HP)に達するという。

 この共通キットは既存のWorldRXスーパーカーにも搭載することが可能で、もちろん規定に則した新規シャシーへの搭載も認められている。その最初のプロトタイプは2020年3月には潜在的ユーザーである希望チームに供給され、正式な発売はその直後、2020年4月17日が予定されている。

 クライゼル製EV共通キットは少なくとも2021年から2024年までの4シーズンにわたって供給・使用され、発売価格は30万ユーロ(約3600万円)、4年間のメンテナンスコストは約10万ユーロ(約1200万円)程度が見込まれている。

 これは「既存のICE(内燃機関)を使用するRXスーパーカーのエンジン購入費用やランニングコストより低価格になる」という。

 また今回の決定により、クライゼルと同じくオーストリアを拠点とするラリークロス界の名門コンストラクター、STARDが開発してきた3モーターの『Projekt E』車両用パワートレインは”共通キット”としての採用に至らなかった。

 WMSCの声明では同じく2021年開始予定の下位カテゴリー、FIAジュニアeRXチャンピオンシップで使用するワンメイク車両向けのキット供給企業も発表されており、こちらはスペインのQEVが権利を獲得。

 チューブラーフレームのシャシーに、32kWhのバッテリーと250kWのモーターを搭載する電動4WDマシンを製作し、EVラリークロスの国際的ステップアップ・カテゴリーとして、初年度は欧州中心にWorldRX全6戦で併催、20台にエントリーを制限しての開催が計画されている。

元WRCドライバーのマンフレッド・ストール率いるSTARDが先日発表した『Projekt E』用EVマシン
今回WMSCで採択されたKreisel(クライゼル)製キットも、現行WorldRXスーパーカーにレトロフィットすることが可能となる
「共通キットサプライヤーになるより、チームとしての活動を優先する」と語ったマンフレッド・ストール

 一方、クプラ・レーシングやヒュンダイ・モータースポーツがすでに独自車両の開発と供給をアナウンスしている電動ツーリングカー選手権『ETRC』に向けては、中国や北米を中心に事業展開するMAGELEC Propulsion(マグエレック・プロパルション)社が、共通モーター、インバーター、ギヤボックスの設計・製造、供給を担うことが発表されている。

 マグエレックは、これまでABBフォーミュラE選手権にコンセプト草案段階から関わった経歴も持ち、現在も自動車産業向けのドライブトレイン関連商品やEV関連技術の製造に携わっている。

「我々のチームが、電動化製品や技術をETCRに供給し、このシリーズに貢献できることを光栄に思う」と語るのは、同社の創業者兼CEOであるクレイグ・ダニエル。

「これまでの経験やノウハウを通じて、WSCグループのチームと協力して電動モータースポーツの進歩を継続し、今後主流となる電動車両への技術転化を促進していきたい」

 また、パートナー契約を決めたWSC Ltd.のマルチェロ・ロッティも「クレイグ・ダニエルの起業家としての成功は、この先駆的なカテゴリーを立ち上げるのに適したパートナーであることを物語っている」と、歓迎の言葉を述べた。

「会社の規模と能力がそれをもっともよく証明している。マグエレックのパワートレイン・システムと、ETCRのような新しい野心的なブランドを関連付けるこの契約を誇りに思うよ」

「我々は、新しい形式のモータースポーツを成功裏に成長させるための鍵は、コスト管理にこそあると考えている。そのコストコントロールの概念を深く理解している人物と協力できることは、大変喜ばしいし心強いね」

 また10月第2週に入り、クプラ・レーシングのアンバサダーとして初のトラックテストに臨んだマティアス・エクストロームは、初ドライブの『セアト・クプラe-Racer』について「サーキットのスローコーナーからフルパワーに到達したときの感覚は、なんとも言えない素晴らしさだった」と振り返った。

「マシンが奏でる”サウンド”に慣れるのには、まだしばらく時間がかかりそうだね。これまでドライブした他のどのマシンと比べても静かで、エンジンの鼓動は感じられない。その点、僕もどちらかというと非常に”エモーショナル”なドライバーだからね」

「それに、各ラップごとにエネルギーマネジメントに細心の注意を払わなければならない。電動ツーリングカーにとって、エネルギーマネジメントはスピードとほぼ同じくらい重要な意味を持っているんだ」

 スペインのバルセロナ郊外にあるモンメロ・サーキットで、670馬力を発生するクプラの初テストを終えたエクストロームは、今後もマシンの熟成に全力を注いでいくと決意を語った。

「僕の経験や、マシンのステアリングから伝わってくる感触をフィードバックすることで、クプラ・レーシングの開発作業を支援していきたい。より速いマシンにすると同時に、より安定してドライビングできるクルマにしたいんだ」

「そしてこのe-Racerでコンペティションの場に臨んだときは、もちろん勝利を狙いたい。そのためには充分な準備が必要だ。僕にとっては勝利こそがすべて。それはこのEVマシンでも変わらないし、今の夢はETCRでもタイトルを勝ち獲ることだ。このグローバルなモータースポーツの潮流で、クプラをポディウムの頂点に連れて行きたいね」

電動ツーリングカー選手権『ETCR』に向け、共通キットを製造するMAGELEC Propulsion(マグエレック)社
マティアス・エクストロームが『セアト・クプラe-Racer』を初テスト。クプラ勢はETCRと提携を結ぶ、ウイリアムズ・アドバンスド・テクノロジーズ社などと共同でシステム開発を進める
「スローコーナーからフルパワーに到達したときの感覚は、なんとも言えない素晴らしさ」と語ったエクストローム

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