極上SUKIYAKIのごとき『ONE TEAM』

~史上初、ラグビーW杯8強の日本代表~

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スコットランドに勝利し初の8強入りを決め、喜ぶ日本フィフティーン

 もはや奇跡じゃない。開催中のラグビーワールドカップ(W杯)で、日本代表が優勝候補のアイルランド代表に次ぎ、強豪スコットランド代表も破り、1次リーグ4戦全勝で初の8強入りを果たした。地元ファンの大声援の後押しもあろうが、日本代表はほんとタフになった。日本代表のリーチ・マイケル主将は真顔で、こう口にした。「怖いぐらい強くなっている」と。チーム躍進の一番の理由を聞かれると、31歳は日本語で短く言葉を足した。

 「信じること。ビリーブだと思います」

 ▽ジョセフHCは料理長

 『ONE TEAM』をスローガンに掲げる日本代表はいま、ダイバーシティ(多様性)がキーワードだ。
リーチ主将はニュージーランド出身、15歳の時、札幌山の手高校へのラグビー留学のため、日本にやって来た。2013年、日本国籍を取得した。

 日本代表のメンバーは海外出身の選手が31人中15人と歴代最多である。ラグビーはサッカーなどの国籍主義ではなく、国・地域協会主義。「3年継続して居住した国」などの条件を満たせば、その国の代表資格を得ることができる。海外出身選手は総じて体が大きく、フィジカルが強い。

 ここでチームに失礼ながら、料理に例えると、日本ならではの「SUKIYAKI」といったところか。ニュージーランド出身のジェイミー・ジョセフ・ヘッドコーチ(HC)が料理長のごとく、アタックやディフェンス、スクラムなど分野の専門スタッフを束ね、細部にこだわり、世界で通用するレシピをつくった。

ジェイミー・ジョセフ・ヘッドコーチ

 余談を言えば、ジョセフHCは釣りを趣味とする。自分で釣った魚を自分でさばく。時にはラグビー仲間にも振る舞ってきた。リーチ主将はW杯中の10月7日、31度目の誕生日をチームメートとしゃぶしゃぶで祝ったという。グラウンド外でも鍋を一緒に囲む、チームの結束も自然と強まるのではないか。

 ▽勝つ文化根付かせたジョーンズ前HC

 このジャパンは8年間の総決算とみていい。1分け3敗に終わった11年W杯のあと、妥協を許さぬエディー・ジョーンズHC(現イングランド代表HC)がチーム強化に努めた。

 ビジョンは、「みんなから憧れられる存在になること」だった。正しい準備とハードワーク(猛練習)で代表は力をつけ、15年W杯では強豪南アフリカを相手に番狂わせを演じるなど3勝1敗の好成績を残した。が、決勝トーナメント(8強)には進めなかった。

 その時のメンバーで、今大会のスコットランド戦で2トライと大活躍したウイング福岡堅樹は言った。「4年前の大会で、チームとして世界で戦えるんだ、勝てるんだという〝勝つ文化〟を根付かせてくれました」と。

 ▽優れた素材集まり、戦い方変わる

 前回のW杯の後、指揮官を継いだのが、ジョセフHCだった。16年9月の就任会見では「日本ラグビーには新しい景色が広がっている」と口にした。福岡のほか、ジョセフHCがスポーツカーの「フェラーリ」と形容する松島幸太朗、天才スタンドオフの田村優…。優れた素材が集まり、戦い方が変わる。

 防御網が世界の潮流として厳しくなってきたこともあり、キックを活用する戦術を浸透させた。16年からは南半球最高峰リーグのスーパーラグビーに日本の「サンウルブズ」として参戦した。これは大きい。

 W杯開催国の特権だろう。ティア1(世界伝統のトップ10クラス)のチームとの対戦が毎年組まれ、選手のフィジカル、体力、球際の厳しさ、激しさ、プレーの判断、精度が格段に上がった。

 選手の質、経験値が上がれば、チーム力も上がる。とくにフォワード戦のスクラム、ラインアウト、モールディフェンス。細部にこだわるコーチ陣の指導で、威力は増した。

 安定した。組織ディフェンスも、攻撃のオプションもアップしたのだった。

 ▽タフさ求めた指揮官

 すき焼きの割り下に相当するのが選手のメンタル面か。ジョセフHCはリーダーグループを軸に選手の自主性を促し、局面打開のタフさを求めた。精神面を課題に挙げていたジョセフHCはスコットランド戦後に漏らした。「選手のメンタリティーは変わった」と。

 加えて、多国籍チームは約7カ月間、断続的に一緒に合宿を過ごした。前HCを上回るハードワークに打ち込んだ。宿舎の食堂に赤色の甲冑を飾り、「君が代」をみんなで練習、宮崎合宿では歌に出てくる「さざれ石」を見学に行った。俳句を学び、日本ラグビーの歴史も勉強した。「日本のために勝ちたいとう意識が高まった」とリーチ主将は胸を張る。

 ▽努力、挑戦の積み重ねの集大成

 極上のすき焼きの味もチームの力も一朝一夕にはできない。1987年の第1回W杯からの日本代表の挑戦が、今回開花したのかもしれない。満開の桜のように。日本ラグビー協会の森重隆会長は決勝トーナメント進出決定を受け、こう言った。

 「日本のラグビーの歴史が変わった。いろんな人たちの努力、挑戦の積み重ねの集大成だと思うよ」

 では、このW杯日本大会の意義は何なのか。ラグビー伝統国から離れ、初めてアジアで開かれている。ラグビーの世界展開の契機となろう。「レガシー(遺産)は?」と聞かれ、リーチ主将はW杯前、こう話していた。

 「ずっと日本代表が強いイメージを周りに持たせたい。トップリーグの選手が、大学、高校の選手が、日本代表になりたいという選手が一人でも増えてほしい」

日本―ロシア戦後半、突進するトンプソン

 ▽38歳トンプソンの思い

 列島の熱狂ぶりを見る限り、代表はもう憧れられる存在になったのではないか。目下世界ランキングは7位(10月15日時点)。もはやティア1に入ってもそん色はなかろう。ラグビー文化が広がりつつある。ラグビー人気を追い風とし、W杯後、地域密着のプロリーグ化に動き出す気配もある。

 大型台風の直撃により、釜石会場などで計3試合が中止となった。むろん安全第一、犠牲者への追悼、被災者への配慮が一番だ。

 団結。チームメートを信じ、ゲームプランを信じ、己を信じ、結束する。4大会連続のW杯出場で、スコットランド戦で日本では単独最多となる通算13試合目の出場を果たした38歳のトンプソン・ルークは「ONE TEAM」に心を震わせる。

 関西弁で続ける。「僕はもう、おじいちゃん、38歳だから、決勝トーナメント進出、めちゃめちゃうれしい。めちゃ、一つになった。でも、台風に比べれば、ラグビーはちっちゃいこと。亡くなられた人、家にダメージを受けた人、苦労されている人、みなさん、頑張ってください。僕たちも頑張ります」

 志がチームの力になる。まだ日本代表の闘いは続く。

 次は準々決勝、南アフリカ戦(20日・東京)。願わくは、日本代表が、台風で沈んだ空気を少しでも明るくする灯になればと。(日本体育大学准教授、ノンフィクション作家=松瀬学)