日産の羅針(1)トップ事件の混乱、現場は走る

日産本社

 じりじりと時間が経過し、横浜市西区の日産自動車本社の会見場に緊張が満ちていた。9月9日午後8時半。定刻を30分余り過ぎ、詰めかけた報道陣はいら立ち始めた。「なぜ遅れているんだ」「取締役会は終わったのか?」。

 「記者会見のための調整をしています。整い次第、会見を始めます」。混迷を極めた取締役会の焦点は、当時の社長、西川広人の処遇であった。

 やがて、社外取締役らが会見場に入り不祥事の調査報告と西川の辞任決定について1時間ほど説明した。

 その後、西川がひとりぽつんと着座した。昨年11月19日、前会長のカルロス・ゴーン被告が逮捕された日の単独会見と同じ構図だ。面持ちは神妙だが辞任会見が始まると、吹っ切れたかのように饒舌(じょうぜつ)に語り始めた。

■責任

 「昨年発覚した大事件の責任という意味では、過去経営に携わったすべての人間に責任がある。加えて私は、会社を混乱から抜け出させ、道筋を付けるという点で、果たすべき役割があった。当然、過去に起きたことの責任を取るという意味はある」

 ゴーン被告の暴走を食い止めるべき立場にありながら止められず、自身についても報酬を不正に受領していた事実が発覚した。そうした責任を示唆するものの、具体的に何に対して責任を取り、辞めるのか、明瞭な説明を避け続けた。

■先進

 首脳陣が揺らぐ中、しかしものづくりの現場はその瞬間も走り続けていた。

 辞任会見が行われるおよそ5時間前。日産本社では記者向けに、最新の運転支援技術「プロパイロット2.0」を搭載した新型「スカイライン」の試乗会が行われていた。

 シートに身を沈めた瞬間に感じる上質な空間。際立つ静寂性。世界初の技術を詰め込み高速道路では手放し運転(ハンズフリー)を可能にした先進の一台だ。

 開発を率いたエンジニアの徳岡茂利が言う。

 「さらに完全自動運転へと技術は進歩していく。日産はその最先端をいく」

 「技術の日産」「先進のスカイライン」を打ち出し、フロントグリルのエンブレムを「NISSAN」に変え、テールランプは「丸目の四灯」に戻した。原点への回帰と、最先端への挑戦を印象付ける狙いと、情熱をそこに見る。

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 豪腕を振るったゴーン被告の逮捕から11月で丸1年。不正追及の急先鋒(きゅうせんぽう)だった西川も11カ月足らずで退いた。販売台数世界2位を誇ったルノー・日産・三菱自動車の3社連合の巨艦は3位に沈む中、代表的ブランドの一つ「スカイライン」の新型が発売のときを迎えた。かすむガバナンス(統治構造)と、決して立ち止まることの許されない現場。その羅針を追う。 (敬称略)

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